第42話 お出かけ
昼休みの形が変わってから、一週間ほど経った。
最初のうち、ひまりは何度か美咲たちのところへ戻った。三人の机に自分の机を足して、琴音の弁当を覗き込み、紗奈の愚痴を聞いて、美咲と笑った。
けれど、毎日ではなかった。
「今日どうする?」
ある日の昼休み、美咲が聞いた。
「んー。」
ひまりは遼の方を見る。
遼と榊はすでに机を向かい合わせていた。
「今日はあっち行こうかな。」
「そっか。」
「明日はこっち来る。」
「別に決めなくていいよ。」
「そう?」
「食べたいところで食べればいいじゃん。」
「じゃ、またあとで。」
ひまりが離れていく。
琴音がその背中を見送った。
「ほんとに半々になったね。」
「何が?」
「お昼。」
「そうだね。」
美咲は弁当箱を開けた。
紗奈がひまりの方を見る。
「仲直りしたんじゃなかったの?」
「してるよ。」
「ならいいけど。」
「喧嘩してないって。」
美咲は笑った。
「ひまりがあっちで食べたいだけ。」
それから数日後。
「美咲、これどうする?」
放課後、琴音がスマートフォンを見せた。
「何?」
「土曜日。」
紗奈が横から覗き込む。
「ああ、駅前のやつ?」
「そう。行かない?」
「いいよ。」
「美咲は?」
「私も行く。」
「じゃあ三人ね。」
そこで琴音が顔を上げた。
「ひまりは?」
美咲も顔を上げる。
教室の後ろで、ひまりが遼と話していた。
「聞けば?」
「ひまりー。」
琴音が呼ぶ。
「何ー?」
「土曜暇?」
「土曜?」
「駅前行こうって話してるんだけど。」
「あー。」
ひまりが少し考える。
「ごめん。土曜ちょっと予定ある。」
「そっか。」
「何しに行くの?」
「別に何も決めてない。」
「じゃあまた今度誘って。」
「うん。」
それで終わった。
土曜日、美咲たちは三人で駅前へ行った。
服を見て、昼を食べて、琴音が欲しがっていた小物を探した。
三人で写真も撮った。
その日の夜、グループに写真が何枚か送られた。
『楽しかったー』
『琴音買いすぎ』
『紗奈もでしょ』
ひまりもすぐに反応した。
『いいなー!』
『次私も行く』
琴音が返す。
『次は来て笑』
『行く行く』
そこで話題は別のものに移った。
月曜日。
「美咲、それ新しいやつ?」
ひまりが美咲の鞄についている小さな飾りに気付いた。
「うん。」
「かわいい。」
「土曜に買った。」
「あ、あのとき?」
「そう。」
「琴音も買った?」
「三人で色違い。」
「え。」
ひまりが琴音を見る。
琴音の鞄にもついている。
紗奈の鞄にも。
「ほんとだ。」
「琴音が見つけたんだよ。」
「たまたま三色あったから。」
「へえ。」
ひまりは笑った。
「いいじゃん。」
それだけだった。
自分は誘われていた。
予定があって断ったのも自分だ。
何もおかしくない。
その日の昼、ひまりは遼たちのところで食べた。
「夏川、それ土曜の?」
榊が聞いた。
「何が?」
「予定あるって言ってたじゃん。」
「ああ。」
ひまりは唐揚げを口へ入れる。
「家族と出かけてた。」
「へえ。」
「何。」
「いや、秋月とどっか行ったのかと思った。」
「何でそうなるの。」
「最近仲いいじゃん。」
「電話してるだけだよ。」
「毎日?」
「だいたい。」
榊が遼を見る。
「マジ?」
「まあ。」
「お前らそんな話すことあんの?」
「ない。」
遼が答える。
「ないね。」
ひまりも答える。
「じゃあ何で電話してんだよ。」
「知らない。」
「知らないね。」
「怖えよ。」
榊が笑う。
ひまりも笑った。
教室の前から、琴音の声がした。
「美咲、今度あそこも行こうよ。」
「どこ?」
「土曜話してたじゃん。」
「ああ、あそこね。」
「紗奈も行くでしょ?」
「行く。」
ひまりは箸を動かしながら、その会話を聞いていた。
何の店だろう。
少しだけ気になった。
けれど、わざわざ聞きに行くほどでもなかった。
次の週には、そういうことが少し増えた。
「この前のやつさ。」
「琴音が言ってたやつ?」
「違う違う、その前。」
「ああ。」
何の話か分からない。
「また送って。」
「グループにあるよ。」
「どこ?」
「三人の方。」
琴音が言ってから止まった。
「あ。」
ひまりも聞いていた。
琴音は慌てて付け足す。
「土曜の予定決めるとき作ったやつ。」
「ああ。」
ひまりは笑った。
「そりゃ私いないわ。」
「ごめん。」
「何で謝るの。」
「いや。」
「別にいいよ。」
本当に、別にいいと思った。
自分が行かなかった日のために作ったグループだ。
わざわざ消す必要もない。
その日の放課後。
「じゃあ行こ。」
琴音が立ち上がる。
「うん。」
紗奈も鞄を持つ。
美咲が席を立ったところで、ひまりが聞いた。
「今日どっか行くの?」
三人が止まる。
「え?」
「いや、行こって。」
「ああ。」
琴音が答える。
「この前話してた店。」
「今日だったんだ。」
「うん。」
「そっか。」
短い沈黙が落ちた。
紗奈が美咲を見る。
美咲も紗奈を見る。
「ひまりも来る?」
紗奈が言った。
「いいの?」
「別にいいでしょ。」
「でも予約とかしてない?」
「してないよ。」
「じゃあ行こうかな。」
ひまりが笑う。
その瞬間、美咲が言った。
「秋月くんはいいの?」
ひまりの笑顔が少し止まった。
「え?」
「今日、一緒に帰らなくて。」
「約束してないよ。」
「そうなんだ。」
「うん。」
「じゃあ行こ。」
美咲は普通に笑った。
四人で教室を出た。
駅前までの道も、店の中でも、特に何も起こらなかった。
ひまりも笑った。
琴音が変な商品を見つけて騒ぎ、紗奈に止められ、美咲が写真を撮った。
以前と同じだった。
ただ、話題の半分くらいを、ひまりは知らなかった。
「これ絶対あのときの美咲じゃん。」
「やめて。」
「何?」
ひまりが聞く。
「土曜にさ。」
「ああ。」
「美咲が――」
「言わなくていいから。」
「何それ、気になる。」
「知らなくていい。」
美咲が笑う。
「ひど。」
ひまりも笑った。
また別の商品を見る。
しばらくして琴音が言う。
「これ、紗奈が送ってきたやつじゃない?」
「それ私じゃない。」
「え、じゃあ美咲?」
「三人の方見れば?」
「あ、そっか。」
また。
ひまりは何も言わなかった。
帰り道、四人で駅へ向かう。
紗奈と琴音が前を歩き、美咲とひまりが後ろを歩いた。
「楽しかった。」
ひまりが言う。
「うん。」
「また誘ってよ。」
「今日も誘ったじゃん。」
「途中からだけど。」
冗談のつもりだった。
美咲がひまりを見る。
「だって。」
「うん?」
「ひまり、最近こっち来ないじゃん。」
「え。」
「昼も秋月くんたちと食べてるし。」
「毎日じゃないよ。」
「うん。」
「この前だって一緒に食べたじゃん。」
「うん。」
「じゃあ誘ってよ。」
美咲は少し黙った。
「私たちも、毎回ひまりが来るか確認しないと駄目なの?」
「……そういう意味じゃないけど。」
「だよね。」
美咲は笑った。
「なら、来たいとき来ればいいじゃん。」
前を歩いていた紗奈が少しだけ振り返った。
琴音は振り返らなかった。
「美咲。」
「何?」
「怒ってる?」
「怒ってないよ。」
「でも。」
「本当に怒ってない。」
美咲は前を向く。
「ただ、ひまりが秋月くんの方に行くたびに待ってるの、もうやめただけ。」
ひまりは何も言えなかった。
その日の夜。
十一時前に、遼のスマートフォンが鳴った。
「もしもし。」
『……もしもし。』
いつもより声が小さかった。
「どうした?」
『今日さ。』
「うん。」
『美咲たちと遊んできた。』
「よかったじゃん。」
『楽しかった。』
「うん。」
『楽しかったんだけど。』
そこで止まる。
「何。」
『なんかね。』
ひまりが息を吐く。
『知らない話、いっぱいあった。』
「そりゃあるだろ。」
『うん。分かってる。』
「夏川いなかった日もあるんだから。」
『分かってるって。』
「なら――」
遼は言いかけて、やめた。
『何?』
「いや。」
『言って。』
「なら、気にしなくていいんじゃない。」
『……うん。』
「別に仲間外れにされたわけじゃないんだろ。」
電話の向こうが静かになった。
遼は眉を寄せる。
「夏川?」
『その言葉、嫌い。』
「あ。」
昨日までなら、そこで謝っていたかもしれない。
けれど今夜の遼は、少し違った。
「じゃあ忘れて。」
『うん。』
「今日楽しかったんだろ。」
『楽しかった。』
「ならそれでいいじゃん。」
ひまりが少し笑った。
『またそれ。』
「便利だから。」
『秋月くんと話してると、何でもどうでもよくなる。』
「それ褒めてる?」
『褒めてる。』
「ならいいけど。」
『ねえ。』
「何。」
『明日、お昼そっち行っていい?』
「好きにすれば。」
『そうする。』
翌日の昼休み。
美咲たちは、いつものように三つの机を寄せた。
琴音が弁当を出す。
紗奈が椅子を動かす。
美咲は一度だけ、ひまりの席を見た。
ひまりはすでに弁当箱を持っていた。
目が合う。
「あ。」
ひまりが笑った。
「今日、秋月くんたちと食べるね。」
「うん。」
美咲も笑った。
「分かった。」
ひまりが教室の後ろへ行く。
琴音がその背中を見た。
「……昨日、一緒に帰ったのにね。」
美咲は弁当箱の蓋を開けた。
「いいんじゃない?」
「うん。」
「本人があっちの方が楽なんでしょ。」
紗奈が美咲を見る。
今までなら、そこで何か言っていた。
ひまりにも事情があるんじゃない。
仲直りしたならいいじゃん。
好きなところで食べればいいじゃん。
けれど。
「……まあ。」
紗奈は自分の椅子を引いた。
「美咲ばっかり気にする必要もないか。」
美咲が顔を上げる。
琴音も紗奈を見る。
「でしょ?」
美咲が笑った。
紗奈は少し迷ってから、頷いた。
「うん。」
三人の机の間に、もう一つ机を入れるだけの場所はあった。
誰もそこを塞いではいなかった。
ただ、その日から。
昼休みになっても、誰も四つ目の机を探さなくなった。




