↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/63

第31話 嘘

 それから、夜の電話はまた続くようになった。


 ただ、以前とは少し違っていた。


 フラバしたから電話するのではない。


 眠れないからでもない。


 十一時を過ぎると、何となく電話が掛かってくる。


「もしもし。」


『もしもし。』


「今日も?」


『今日も。』


「元気じゃん。」


『元気だよ。』


「じゃあ寝れば。」


『まだ寝たくない。』


「何で。」


『話したいから。』


 それだけだった。


 昼間にも話している。


 学校では同じ教室にいるし、昼休みに一緒に食べることもある。帰り道が重なれば駅まで歩く。


 それでも、夜になると電話する。


 最初の頃は、ひまりが眠るまでだった。


 最近は違う。


 どうでもいい話を一時間近くして、それから眠る。


『今日さ、美咲が授業中寝てたの。』


「見た。」


『先生に当てられて起きた瞬間、教科書逆さだったんだよ。』


「そこまでは見てない。」


『めっちゃ面白かった。』


「本人に言った?」


『言った。怒られた。』


「そりゃそうだろ。」


『でも秋月くんも笑うでしょ。』


「ちょっと。」


『ほら。』


 ひまりが笑う。


 こうしていると、フラバのことなど忘れそうになる。


 電話の向こうにいるのは、ただの女子高生だった。


『ねえ。』


「何。」


『秋月くんって、好きな人いる?』


「急だな。」


『夜だから。』


「理由になってない。」


『夜ってこういう話する時間じゃん。』


「知らないよ。」


『いる?』


 遼は少し考える。


「どうだろ。」


『何それ。』


「分かんない。」


『好きかどうか分かんない人はいるってこと?』


「……まあ。」


『え。』


 声が少し大きくなる。


『誰?』


「言わない。」


『同じクラス?』


「言わない。」


『美咲?』


「何で。」


『仲良さそうじゃん。』


「どこが。」


『たまに話してる。』


「夏川の話しかしてないよ。」


 一瞬、沈黙した。


「何。」


『私の話してるの?』


「たまに。」


『何話すの。』


「言わない。」


『気になる。』


「じゃあ今度美咲に聞けば。」


『それは嫌。』


「何で。」


『恥ずかしいじゃん。』


「じゃあ諦めろ。」


『けち。』


 ひまりが笑う。


 遼も笑った。


『でも。』


「うん。」


『好きな人いるんだ。』


「いるとは言ってない。」


『分かんない人がいる。』


「そう。」


『ふーん。』


「何。」


『別に。』


「夏川は?」


『何が?』


「好きな人。」


『いない。』


 即答だった。


「神谷は?」


『また神谷くん。』


「いい奴じゃん。」


『いい人だよ。』


「じゃあ。」


『いい人と好きな人は違うでしょ。』


「そういうもん?」


『そういうもんです。』


「へえ。」


『何その反応。』


「勉強になります。」


『恋愛初心者?』


「夏川は経験豊富なの。」


『……普通。』


「怪しい。」


『うるさい。』


 少し間が空いた。


『でも今は、ほんとにいないよ。』


「そっか。」


『うん。』


 なぜわざわざ言い直したのだろう。


 遼は少し気になったが、聞かなかった。


 その夜も、ひまりが眠るまで通話は続いた。


 翌朝。


「秋月。」


 榊が遼の顔を見るなり言った。


「お前最近ずっと眠そうじゃん。」


「そう?」


「そうだろ。」


「寝てるよ。」


「何時間。」


「五時間くらい。」


「少な。」


「普通じゃない?」


「俺は七時間寝たい。」


「健康優良児。」


「お前がおかしいんだよ。」


 榊は自分の席へ座る。


「夜何してんの?」


「スマホ。」


「ゲーム?」


「まあ、いろいろ。」


「エロ動画?」


「何でだよ。」


「高校男子が夜中までスマホ触る理由なんて、ゲームかエロだろ。」


「発想が終わってる。」


「じゃあ何。」


「YouTubeとか。」


「それなら寝ろよ。」


「うるさいな。」


 遼は笑った。


 嘘をつくのにも慣れてきた。


 そこへひまりが入ってくる。


「おはよー。」


「おはよ。」


 ひまりはいつものように美咲のところへ行く。


 遼の方は見なかった。


 昨夜、一時間以上話していたことなど最初からなかったように。


 それが少し面白かった。


 秘密というのは、こういうものなのかもしれない。


 昼間は知らないふりをする。


 夜になると、二人だけになる。


 遼はそれが気に入っていた。


 昼休み。


「秋月くん。」


 ひまりがやって来る。


「今日一緒に食べよ。」


「美咲は?」


「神谷くんたちと購買行った。」


「じゃあ待ってれば。」


「嫌なの?」


「別に。」


「じゃあいいじゃん。」


 ひまりは前の席へ座る。


「今日ね、卵焼き作った。」


「自分で?」


「うん。」


「昨日卵しか作れないって言ったから?」


「見返してやろうと思って。」


「それ卵じゃん。」


「あ。」


「結局卵じゃん。」


「……うるさい。」


 遼は笑う。


「食べる?」


「いいの。」


「一個だけ。」


「じゃあ。」


 ひまりが弁当箱を少し前へ出す。


「ほら、早く取って。」


「はいはい。」


自分の箸が、ひまりの弁当箱の中に入る。


「どう?」


「普通。」


「えー。」


「普通にうまい。」


「最初からそう言ってよ。」


「褒めると調子乗るじゃん。」


「乗らないし。」


「彼氏いませんって自己紹介する人が?」


「まだ言う?」


「一生言う。」


「最悪。」


 ひまりが笑う。


 そのときだった。


「何食べてんの?」


 美咲が戻ってきた。


「卵焼き。」


「ひまりの?」


「うん。」


 美咲が二人を見る。


「……仲良すぎじゃない?」


「そう?」


 ひまりが答える。


「そうでしょ。」


「卵焼き一個だよ。」


「そういう話じゃなくて。」


 美咲は自分の席を持ってくる。


「最近また距離近くなってない?」


「気のせいじゃん。」


「そうかな。」


「そうそう。」


 ひまりは何でもないように弁当を食べる。


 遼も何も言わなかった。


 美咲はしばらく二人を見ていたが、やがて別の話を始めた。


 放課後。


 遼が榊と教室を出ようとすると、後ろからひまりが追いかけてきた。


「秋月くん。」


「何。」


「今日、駅まで一緒に帰れる?」


「いいよ。」


「おい。」


 榊が言う。


「俺は?」


「あ。」


 ひまりが笑う。


「榊くんも一緒でいいよ。」


「ついでみたいに言うなよ。」


「違う違う。」


「俺が先約だったんだけど。」


「じゃあ三人。」


「そうしようぜ。」


 三人で学校を出る。


 榊がいるせいか、ひまりは夜の話をしなかった。


 文化祭の打ち上げをするか。


 期末試験が近い。


 冬休みはどこへ行くか。


 そんな普通の話だけだった。


 駅前へ着く。


「じゃあ俺こっち。」


 榊が手を上げる。


「また明日。」


「またねー。」


「じゃあな。」


 榊が人混みへ消える。


 ひまりと二人になる。


「榊くん、面白いね。」


「今さら?」


「ちゃんと話したの最近じゃん。」


「そうだっけ。」


「うん。」


「結構いい奴だよ。」


「知ってる。」


「何で。」


「見てれば分かる。」


「夏川、人のことよく見てるじゃん。」


「秋月くんに言われたくない。」


 ひまりが笑う。


 改札の前まで来る。


「じゃあね。」


「うん。」


「また夜。」


 ひまりが小さな声で言った。


「うん。」


「十一時くらい。」


「分かった。」


「出てね。」


「寝てたら?」


「起こす。」


「最悪。」


「じゃあ起きてて。」


「はいはい。」


 ひまりが笑う。


 そのまま改札へ入っていく。


 遼はその背中を見送った。


「また夜。」


 その言葉が妙に嬉しかった。


 約束になっている。


 ひまりが苦しい夜だけではない。


 何でもない夜にも、自分がいる。


 それなら。


 もうフラバなんてなくてもいい。


 遼はそう思った。


 今度は、心からそう思えた。


 夜十一時。


 約束通り電話が来た。


「もしもし。」


『もしもし。』


「時間ぴったり。」


『偉い?』


「何が。」


『約束守った。』


「普通だろ。」


『褒めてよ。』


「偉い偉い。」


『雑。』


 いつものやり取り。


 遼はベッドへ横になる。


『今日さ。』


「うん。」


『美咲に言われた。』


「何を。」


『秋月くんと仲良すぎじゃないって。』


「ああ。」


『どう思う?』


「別に普通じゃない。」


『だよね。』


「うん。」


『……普通だよね。』


「何。」


『何でもない。』


 少し沈黙。


『でもさ。』


「うん。」


『美咲、気付くかな。』


「電話?」


『うん。』


「どうだろ。」


『最近、秋月くん眠そうだし。』


「それで分かるか?」


『榊くんは?』


「今日聞かれた。」


『え。』


「夜何してるのって。」


『何て言ったの?』


「スマホ。」


『電話って言ってない?』


「言ってないよ。」


『よかった。』


 明らかに安心した声だった。


「そんな隠したい?」


『うん。』


「何で。」


『だって。』


 少し間が空く。


『取られそうだから。』


「何を。」


『この時間。』


 遼は黙った。


『美咲に知られたら、毎日はやめなって言われそう。』


「まあ言いそう。」


『先生に知られたらもっと面倒。』


「先生には言わないだろ。」


『でも何かの拍子に。』


「そんな心配しなくても。」


『だから秘密がいい。』


「うん。」


『秋月くんも嫌じゃないでしょ?』


「何が。」


『毎日電話。』


「嫌なら出てないよ。」


『そっか。』


「うん。」


『よかった。』


 また沈黙。


 しばらくして、ひまりが小さく言った。


『ねえ。』


「何。」


『もし美咲に聞かれても、言わないでね。』


「言わないよ。」


『絶対?』


「絶対。」


『約束。』


「約束。」


 ひまりが小さく笑う。


『じゃあ安心。』


 その言葉を聞いて、遼も笑った。


 何も悪くない。


 誰かを傷つけているわけでもない。


 ただ話しているだけ。


 ひまりも楽しんでいる。


 自分も楽しい。


 だから、秘密にすることにも問題はない。


 そう思った。


 翌日の昼休み。


 遼が一人で教室に残っていると、美咲がやって来た。


「秋月くん。」


「何?」


「ちょっと聞いていい?」


「うん。」


 美咲は遼の前の席へ座った。


 いつもの軽い調子ではなかった。


「最近さ。」


「うん。」


「ひまりと、夜連絡取ってる?」


 遼は美咲を見た。


 一瞬だけ、昨夜の声が蘇る。


『絶対?』


『絶対。』


『約束。』


 遼はほとんど迷わなかった。


「取ってないよ。」


 美咲は遼の顔を見ていた。


「ほんと?」


「うん。」


「そっか。」


 それだけ言って、少し笑った。


「ならいいや。」


 美咲は立ち上がる。


「変なこと聞いてごめん。」


「別に。」


「じゃ。」


 教室を出ていく。


 遼はその背中を見送った。


 嘘をついた。


 昨日までとは違う。


 誤魔化したのではない。


 聞かれたことに、はっきり嘘で答えた。


 それでも、不思議と罪悪感はなかった。


 約束を守っただけだ。


 ひまりとの。


 それだけだった。


 遼はそう思った。


 美咲がなぜ、その質問をしたのか。


 それを考えることもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。