第10話 大丈夫
結局、先生を呼んだ。
神谷が教室を飛び出し、戻ってきた担任がひまりの様子を見ると、すぐに保健室へ連れていくことになった。美咲が付き添い、神谷も途中まで一緒に行こうとしたが、「実行委員はこっち片付けといて」と美咲に言われ、少し迷った末に教室へ残った。
三人がいなくなると、教室には何とも言えない空気が残った。
「……大丈夫かな。」
誰かが呟く。
「前もあったよね。」
「アルバムのとき?」
「そうそう。」
「あれと同じ?」
「たぶん。」
さっきまで看板を持っていた男子は、いつの間にかそれを机の上へ置いていた。周囲ももう笑っていない。
「俺、なんかまずいこと言ったかな。」
「いや、別にお前悪くなくね?」
「でも夏川、嫌がってるじゃんって。」
「本人が嫌じゃないならよくね?」
「まあ……。」
誰も答えを持っていなかった。
遼も同じだった。
ただ、ひまりが反応した瞬間だけは覚えている。
笑い声が上がった。
誰かが写真を撮ろうとした。
ひまりが止めた。
そして、謝った。
私じゃない。
その言葉だけが、他の何よりも妙に引っ掛かっていた。
「秋月。」
榊が隣へ来る。
「まただったな。」
「ああ。」
「写真じゃなかった。」
遼は榊を見る。
「何?」
「いや。」
榊は机の上に置かれた看板へ目を向けた。
「前は集合写真見てたじゃん。だから写真が駄目なのかと思ってた。」
「俺も。」
「でも今回は違うよな。」
「……そうだな。」
遼は廊下を見る。
保健室へ向かった三人は、もう見えなかった。
「何なんだろうな。」
榊はそう言ったが、すぐに「まあ、考えても分かんねえか」と作業へ戻っていった。
その切り替えの早さを、遼は少し羨ましく思った。
教室では神谷が手を叩く。
「とりあえず片付けよう。今日はもう終わりでいいだろ。」
「そうだね。」
「これどうする?」
「乾かしとけば明日使える。」
「この看板は?」
一瞬だけ、みんなの視線が例の看板へ集まった。
作った男子が苦笑する。
「捨てる?」
「いや、使おうよ。」
「いいの?」
「別に俺は最初からいいって。」
それを聞いて何人かが笑った。
今度の笑い声は小さかった。
遼は何となく、教室の入口を見た。
もちろん、ひまりはいなかった。
片付けを終える頃には六時を過ぎていた。ほとんどの生徒が帰り、残っているのは実行委員と遼、榊、それから数人だけになっていた。
「美咲から来た。」
女子の一人がスマートフォンを見る。
「夏川さん、落ち着いたって。」
「よかった。」
神谷がすぐに反応する。
「帰れるって?」
「今、保健室出たみたい。」
「じゃあ迎え行ってくる。」
「神谷。」
榊が呼び止める。
「美咲いるんだろ?」
「あ。」
「お前が行っても人数増えるだけじゃね。」
「……それもそうか。」
神谷は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「じゃあ待ってる。」
その言葉通り、神谷は残った。
十分ほどすると、廊下から話し声が聞こえてきた。
「だから大丈夫だって。」
「大丈夫な人は保健室で三十分寝ないの。」
「寝てないし。」
「横になってたじゃん。」
「それは寝たって言わない。」
ひまりと美咲だった。
教室へ入ってきたひまりは、少し目が赤かった。それでも口元にはもう笑顔が戻っている。
「お騒がせしましたー。」
両手を合わせる。
「夏川さん、大丈夫?」
神谷がすぐに立ち上がった。
「大丈夫!」
「ほんとか?」
「ほんとほんと。」
「無理すんなよ。」
「神谷くん、美咲より心配性になってない?」
「お前が信用ないんだよ。」
「ひど。」
ひまりが笑う。
美咲も笑った。
教室の空気が少しだけ緩む。




