第六話「問い」
第六話「問い」
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黄泉ネットが正式に動き始めてから、しばらくが経った。
私たちOS班の仕事は、保守と改善に移っていた。
新しい問題が出れば対応する。
からくり箱が増えれば設定を整える。
忙しいが、開発の頃のような壁にぶつかり続ける日々ではなかった。
時間ができた。
私は書庫に通い始めた。
忠清に関する本を、一冊ずつ読んでいった。
歴史書。
研究書。
歴史小説。
読めば読むほど、疑問が増えた。
本の中の忠清像は、一致していなかった。
悪役として描く本もあれば、
有能な行政官として評価する記録もあった。
宮将軍擁立説を断定する本もあれば、
近年ではそれを否定する研究もあった。
伊達騒動の黒幕とする小説もあれば、
史実では命じた証拠がないとする記録もあった。
どれが本当なのか。
いや、どれもある側面では本当なのかもしれない。
だが、私が最も気になったのは、一点だった。
堀田正俊のことだった。
忠清殿が失脚した後、堀田正俊が大老になった。
私の先祖が、忠清殿の後釜に座った。
忠清殿は、それをどう思っていたのか。
本には書いていなかった。
書けるはずもなかった。
本人に聞くしかなかった。
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ある日の夕方。
作業場に、忠清殿と二人になった。
今しかない、と思った。
「忠清さま。」
「なんだ。」
「一つ、お聞きしてもよいですか。」
「言ってみよ。」
私は少し間を置いてから言った。
「以前、老中堀田は優秀だったと仰っていましたね。」
「そうだな。」
「後釜として大老になった堀田を、
本当はどう思っていましたか。」
忠清殿はしばらく黙った。
その沈黙が、少し長かった。
私は待った。
やがて、忠清殿は静かに口を開いた。
「私の死後の状況はわからんが、
堀田が大老になったのであれば、
家綱様を支えたに違いない。」
「はい。」
「堀田が大老ならば、
幕府の安定と民のことを考えた政を行ったのだろうと
思う。」
「……それと、忠清さまが役職を解かれたこととは。」
「関係ない。」
忠清殿は静かに言った。
「自分が役職を解かれたことは、不本意だった。
だがそれと、堀田がのちに大老になったこととは、別の話だ。」
私は黙って聞いていた。
「対立していたと見えることもあったであろう。」
「……はい。そう書かれている本もありました。」
「それこそ合議だ。」
忠清殿は続けた。
「合議とは、意見がぶつかることだ。
ぶつかって、すり合わせて、決める。
それが合議というものだ。
対立しているように見えても、
同じ方向を向いていることがある。」
私は静かに頷いた。
忠清殿は少し間を置いてから言った。
「堀田がどう思っていたかは、知らんがな。」
穏やかな顔であったが、その一言に、少し苦さも感じられた。
対立していたと言われた相手の心の内は、知らない。
知ることができなかった。
それが三百年以上経った今も、
忠清殿の中に残っているのかもしれなかった。
「……ありがとうございます。」
私はそう言った。
忠清殿は何も言わなかった。
ただ、静かに窓の外を見ていた。
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私はメモを開いた。
「ついに、忠清殿に聞いた。
先祖・堀田正俊のことを。
忠清殿の答えは、こうだった。
「死後の状況はわからんが、堀田が大老になったのであれば、
家綱様を支えたに違いない。」
「自分が役職を解かれたことは関係ない。
対立していたと見えることもあったであろうが、
それこそ合議。堀田はどう思っていたか知らんがな。」
責めなかった。
評価していた。
そして、先祖の心の内は知らないと言った。
三百年以上経って、初めて聞けた言葉だった。
本の中には、書いていなかった。
書けるはずもなかった。
目の前にいる人に、直接聞いて、初めて分かった。
これが、歴史というものの限界で、そして面白さなのかもしれない。」
私はメモを閉じた。
窓の外に、黄泉の国の白い光が満ちていた。




