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第六話「問い」

第六話「問い」


--------------


黄泉ネットが正式に動き始めてから、しばらくが経った。


私たちOS班の仕事は、保守と改善に移っていた。


新しい問題が出れば対応する。

からくり箱が増えれば設定を整える。

忙しいが、開発の頃のような壁にぶつかり続ける日々ではなかった。


時間ができた。


私は書庫に通い始めた。


忠清に関する本を、一冊ずつ読んでいった。

歴史書。

研究書。

歴史小説。

読めば読むほど、疑問が増えた。


本の中の忠清像は、一致していなかった。


悪役として描く本もあれば、

有能な行政官として評価する記録もあった。


宮将軍擁立説を断定する本もあれば、

近年ではそれを否定する研究もあった。


伊達騒動の黒幕とする小説もあれば、

史実では命じた証拠がないとする記録もあった。


どれが本当なのか。


いや、どれもある側面では本当なのかもしれない。

だが、私が最も気になったのは、一点だった。


堀田正俊のことだった。


忠清殿が失脚した後、堀田正俊が大老になった。


私の先祖が、忠清殿の後釜に座った。


忠清殿は、それをどう思っていたのか。


本には書いていなかった。

書けるはずもなかった。

本人に聞くしかなかった。


--------------


ある日の夕方。

作業場に、忠清殿と二人になった。


今しかない、と思った。

「忠清さま。」

「なんだ。」

「一つ、お聞きしてもよいですか。」

「言ってみよ。」


私は少し間を置いてから言った。

「以前、老中堀田は優秀だったと仰っていましたね。」


「そうだな。」


「後釜として大老になった堀田を、

本当はどう思っていましたか。」


忠清殿はしばらく黙った。

その沈黙が、少し長かった。

私は待った。

やがて、忠清殿は静かに口を開いた。

「私の死後の状況はわからんが、

堀田が大老になったのであれば、

家綱様を支えたに違いない。」


「はい。」


「堀田が大老ならば、

 幕府の安定と民のことを考えた政を行ったのだろうと

 思う。」


「……それと、忠清さまが役職を解かれたこととは。」


「関係ない。」


忠清殿は静かに言った。

「自分が役職を解かれたことは、不本意だった。

 だがそれと、堀田がのちに大老になったこととは、別の話だ。」

私は黙って聞いていた。


「対立していたと見えることもあったであろう。」


「……はい。そう書かれている本もありました。」


「それこそ合議だ。」


忠清殿は続けた。

「合議とは、意見がぶつかることだ。

 ぶつかって、すり合わせて、決める。

 それが合議というものだ。

 対立しているように見えても、

 同じ方向を向いていることがある。」

私は静かに頷いた。


忠清殿は少し間を置いてから言った。

「堀田がどう思っていたかは、知らんがな。」

穏やかな顔であったが、その一言に、少し苦さも感じられた。


対立していたと言われた相手の心の内は、知らない。

知ることができなかった。

それが三百年以上経った今も、

忠清殿の中に残っているのかもしれなかった。


「……ありがとうございます。」

私はそう言った。


忠清殿は何も言わなかった。


ただ、静かに窓の外を見ていた。


--------------


私はメモを開いた。

「ついに、忠清殿に聞いた。

 先祖・堀田正俊のことを。


 忠清殿の答えは、こうだった。


「死後の状況はわからんが、堀田が大老になったのであれば、

家綱様を支えたに違いない。」

「自分が役職を解かれたことは関係ない。

対立していたと見えることもあったであろうが、 

 それこそ合議。堀田はどう思っていたか知らんがな。」

 責めなかった。

 評価していた。

 そして、先祖の心の内は知らないと言った。

 三百年以上経って、初めて聞けた言葉だった。

 本の中には、書いていなかった。

 書けるはずもなかった。

 目の前にいる人に、直接聞いて、初めて分かった。

 これが、歴史というものの限界で、そして面白さなのかもしれない。」


私はメモを閉じた。


窓の外に、黄泉の国の白い光が満ちていた。

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