第三話「仕事で判断する人」
第三話「仕事で判断する人」
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仕事が始まった。
黄泉ネットの開発は、
私が想像していたより遥かに大規模なものだった。
電力、真空管、ブラウン管、からくり箱の設計。
それぞれに専門家が集められ、
作業場は日々賑やかになっていった。
私たちOS班は、からくり箱が出来るまでは
いろいろな班の仕事のサポートを任されていた。
阿部が設計図を広げ、稲葉が実装を考え、久世が記録をまとめる。
いつものやり方だった。
だが一つだけ、生前と違うことがあった。
酒井忠清という男が、取りまとめ役としてそこにいた。
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仕事の合間、私はよく忠清殿を観察した。
田中殿と話している時の忠清殿は、
生前の本の中の男とは違った。
「田中殿。それは、川の流れと同じだな。」
「そうです。忠清さま、その理解で合っています。」
「では、堰を作るようなものか。」
「まさにそういうことです。」
難しい技術の話を、
自分の言葉に置き換えながら理解しようとしている。
権力の亡者が、そういうことをするだろうか。
本の中の忠清像と、
目の前の忠清殿が、どんどん剥がれていく感覚があった。
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「忠清さまって、あんなに熱心に田中さんの話を聞くんですね。」
久世が私の隣で静かに言った。
「そうだな。」
「偉い人って、分からないことを分からないって言えない人が
多いじゃないですか。」
「……確かにそうだな。」
「あの方は違いますね。」
私は頷いた。
確かに違う。
そしてそれが、私には少し意外だった。
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ある日のことだった。
私が設計図を確認していると、忠清殿が近づいてきた。
「堀田殿。」
「はい。」
「少し、聞いてもよいか。」
「何でしょう。」
忠清殿は私の仕事ぶりをしばらく眺めてから、静かに言った。
「お主、チームをまとめるのが上手いな。」
「……恐れ入ります。」
「全体を見渡しながら、誰が何で詰まっているかを把握している。
その上で、動く。」
私は何も言えなかった。
忠清殿は続けた。
「先祖に、老中はいなかったか。」
その言葉が、私の胸を打った。
家柄を聞いているのではなかった。
仕事ぶりを見て、聞いているのだった。
私の仕事を見て、そう聞いた。
それが分かった瞬間、私は少し胸が熱くなった。
「……はい。おります。」
私は素直に答えた。
「老中・堀田正俊が、先祖でございます。」
忠清殿は少し黙った。
その沈黙が、どんな意味を持つのか。
私には分からなかった。
忠清殿と堀田正俊は、対立していたとも言われていた。
綱吉を将軍に擁立した側と、反対した側。
その子孫が今、目の前にいる。
忠清殿はどう思うだろうか。
しばらくして、忠清殿は静かに言った。
「……そうか。」
それだけだった。
喜ぶでもなく。
ただ、静かに受け取った。
忠清殿はそれだけ言って、また仕事に戻った。
私はしばらく、その場に立っていた。
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私はメモを開いた。
「忠清殿に、先祖に老中はいなかったかと聞かれた。
家柄ではなく、仕事ぶりを見て聞いていた。
本の中の忠清像は、権力と家柄で人を判断する男だった。
だが目の前の忠清殿は、仕事ぶりで人を見る。
堀田正俊の子孫だと告げた時、忠清殿は静かに受け取った。
それがどういう意味を持つのか、まだ分からない。
だが、この人と仕事ができる幸運を、有難く感じている。
もっとこの方のことを知りたい。
黄泉の国の書庫を、もっと探してみよう。」
私はメモを閉じた。
翌日から、仕事の合間に書庫を探し始めた。
忠清に関する歴史書を、一冊ずつ手に取った。
本の中の忠清像と、目の前の忠清殿。
どちらが本物か。
いや、きっとどちらも本物なのだ。
だからこそ、もっとよく知りたかった。




