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鳥の鳴き声で目が覚めた。雀ではない聞いたこともない鳥の鳴き声。
薄っすらとまぶたを開けると見慣れない木造の古めかしい建物の中にいた。
そうか……ここは私の住んでいる場所じゃないんだった。夢でありますようにと願いながらいつの間にか診療所の長椅子で寝ていたようで、椅子も硬かった為か体のあちこちが痛い。
ゆっくりと体を起こすと改めて周りを見回した。見慣れない濃い茶色をした長椅子、そして受付と思われる四角い机。病院の待合室と言えば壁にはポスターがいくつか貼られていたり、床や天井も白を基調とした清潔感のある室内のイメージがあるけれど、この場所は木造で全体的に濃い茶色、植栽や本などの雑誌類、飾りもなくシンプルでどことなく寂しい雰囲気だった。「健康は国のため!」と書かれたレトロなイラストのポスターが1枚だけ貼られていた。
私はいつの時代に来たのだろう……もしかしておじいちゃんがもういるのかもしれない。小さい子供時代かそれよりももっと若い赤ちゃんかもしれない。
ふいに外から足音が聞こえ身構えた。
引き戸が開けられるとトレーを手にした昨夜の男の人……ひいおじいちゃんが入ってきた。
「おはよう。良く寝られたか?」
「……おはようございます」
手にしていたトレーを受付に置くと、
「おっと、電気が付けっぱなしじゃないか。そのまま寝たのか?」
そう言って天井から吊り下げられている電球のつまみをひねった。
窓から差し込む光で電気がついているのかついていないのかわからないほどの明るさだったけど、悪い事をしたかもしれない。家でも電気の付けっぱなしは母に怒られる。もしかしてこの時代は電気がすごく貴重なのかもしれないし。
「ごめんなさい。消し方がわからなくて」
「君の家には電気が通ってないのかい? 東京から来たんだろう?」
「え、スイッチなので……スイッチがどこにも見当たらなくて」
「スイッチ? 切り替え式ということ? へぇ、なるほど」
改めてひいおじいちゃんを見上げると、姉と同じ年くらいか、もう少し年上かもしれない。とても落ち着いていて、ちゃらついた雰囲気もないし、あまり学生のようにも見えない。もう医師として働いているのかな。
瞳はぱっちりと大きく、鼻筋が通っている。凛としていて涼しげで。見栄えのする姉の顔をもう少し精悍にした感じ。広島弁も言わないし、本当にこの人は私のひいおじいちゃんなのかな。母方の親戚にこんな雰囲気の人がいることも信じられない。
それに……ほんの少し格好良いかもしれない。
私ははっとして、まじまじと見ていたひいおじいちゃんの横顔から慌てて視線を逸らした。
「食欲は?」
「……まぁまぁです」
両腕を伸ばし、背伸びをしていたひいおじいちゃんは動きをぴたりと止めて私の方に振り返った。
「まあまあというのはどういう状態か?」
「えっと……良くもなく悪くもなく。少しだけお腹空いてますってこと」
「難解な言葉を使うなぁ」
受付に置いてあるトレーを私の側に置き直してくれた。トレーの上にはお米、汁物、漬物、箸が乗っている。お米の色は完全に白くはなく、薄い茶色に近い色をしていて、お米に何かが混ぜられていた。何が入ってるんだろう。これ……食べられるの?
とりあえず私が知っているそのままの味噌汁の見た目をしている汁をいただくことにした。具は細かく刻まれていて良くわからなかったけどたぶん葉物野菜が入っていそう。お椀に口をつけてひと口すすると、紛れもなく味噌汁で少ししょっぱいみその味が体に染みた。自分が思っていたよりもずっとお腹が空いていたのかも。美味しい。
「食べながらで良いから聞いてくれ。まず、夏実は自分の家に帰りたいんだろう? 東京に戻りたいってことだな? 金を返すのはあとで良いのでまずは国鉄で大阪の方まで出れば……」
「だから、もとの時代に戻りたいんですって」
「やっぱりそうきたか……う~ん、困ったな」
「私も困ってます」
恐る恐る見たこともない色をしたお米を食べてみた。これ、腐ったりしてないよね? お米は思ったよりもパサパサとしていて、でも味は変ではなかった。そういうものだと思えば食べられなくもない。このお米の硬さに味噌汁の塩気がちょうどよい感じで意外と合うかもしれない。
「だから、とりあえず何かの手がかりが島にあるから島に行きた――」
「それは絶対に無理だ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
空気が張りつめた。まただ。昨日もそうだった。ひいおじいちゃんは眉間にしわを寄せ、難しそうな表情をしている。
島には行けないってこと? 島の話を出すと空気がおかしくなる。ひいおじいちゃんには頼れないなら、何とか自分の力で行くしかないのかも。本土からすごく近い島だから船が出ればすぐに着くのに。
「とりあえず家の周辺でうさぎを探してみるか。俺はこれから往診に行かなきゃならないから難しいが、午後からなら手伝える」
「あのぅ、ひいおじいちゃんはやっぱり医師なの? いくつなの?」
「そのひいおじいちゃんってのはやめて欲しいんだけど……結婚もまだなのに」
「じゃあこれから結婚しておじいちゃんが生まれてお母さんが生まれて私が生まれるんだ! すごい」
食事を食べてすっかり元気になった私は馴れ馴れしくしゃべってしまった。ひいおじいちゃんは何とも言えない苦い顔をして自分の髪をかいた。
「俺は21歳だ。川本省吾。若先生と呼ばれている」
「へぇ! じゃあ若先生って呼ぶね」
「……好きにしてくれ。母には医専の友人の妹ってことにしてここで療養中と伝えてある。暇になったら母の手伝いをしてくれると嬉しい」
若先生ことひいおじいちゃんは頭を掻きながら診療所から出て行った。




