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この景色の先には  作者: 汐見かわ
川本診療所
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2-2

 きっとそうだ。おじいちゃんが若返ったとしてもこんな姿なはずがない。顔も雰囲気も似てないし、体型ももっと小柄だしぽやんとしているもの。この人はきっとおじいちゃんのお父さん、医師だったひいおじいちゃんだ。ということは私は過去にいるの? 明治? 大正? それとも昭和? おじいちゃんって何歳だったっけ?

 目の前にいるひいおじいちゃん……と思われる男の人はぽかんと口をあけていた。目をぱちぱちとさせている。

 

「あ、いや。おじいちゃんだなんて、すごく傷つくんだが……そんなに老けてるように見えるってことか?」


 自分の顔をぺたぺたと触り、しわやたるみがないか入念に確認しているようだった。

 

「いえ、あの……違くて」

「そりゃあ君みたいな娘から見たら老けてると思われるかもしれないが……白髪もまだないのに」


 ひいおじいちゃんは頭を抱えて下を向いてしまった。


「私は岩隈夏実(いわくまなつみ)です。母の旧姓が川本で……その、あの……川本さんはたぶん私のひいおじいちゃんじゃないかって。姉と顔が似ていて……ひいおじいちゃんの代までは医者をしてたみたいで……ここは病院っぽいし。おじいちゃんの家はこの場所で、おじいちゃんの家に来ていたら急に――」

「いやいやいやいやいや、ちょっと待て。えっと……何を言ってる?」


 ひいおじいちゃんは急に立ち上がり、口に手を当てて薄暗い室内をうろうろと歩き出した。


「えっと……こういう場合は……幻覚と妄想。心身の急激な衝撃による心疾患なのか? 治療法は睡眠療法、電気ショック、ロボトミー……ここではできないな。どうしたら……父に連絡をとるか」


 ぶつくさひとりごとを言っているけど、その内容からして私は頭のおかしい人だと思われているみたい。どうしようどうしよう。そうだ――!

 私はデニムズボンのポケットに入っていたスマホを取り出した。


「たぶん、私は過去にタイムスリップしちゃったんじゃないかなと思うんです。病気じゃない。私のいる時代はみんながこういう電子機器を持ってます」


 スマホを見せると、ひいおじいちゃんは部屋の中を行ったり来たりしていた足を止めた。

 私はスマホを操作し、今朝撮った――ここに来る前に過ごしていたおじいちゃんの家での動画を見せた。


『うわぁ、朝から豪華だね』

『昨日おじいちゃんが市場で買ってきた干物だって。やっぱりこの辺りは魚が美味しいよね』

『何の魚?』

『太刀魚だって』

『いただきまーす』


 動画はその後に目の前に置かれている立派な干物を映して終了した。

 おじいちゃんの家で出てくる少し特別な今朝の朝食風景。

 次に私はスマホの録画ボタンを押し、困惑して目の前で立ち尽くしているひいおじいちゃんを撮影し始めた。


「私は過去にタイムスリップしてしまったんだと思うんです。タイムスリップってわかります? 時間を移動すること。この時代にこんなスマホなんてないですよね?」


 そこで停止ボタンを押した。

 再びスマホをひいおじいちゃんの方に向け、先ほどの動画を再生して見せた。


『私は過去にタイムスリップしてしまったんだと思うんです。タイムスリップってわかります? 時間を移動すること。この時代にこんなスマホなんてないですよね?』


 同じ言葉がもう一度繰り返された……と同時にひいおじいちゃんはスマホの中で立ち尽くしているついさっきまでの自分の姿を見ているはず。

 目の前にいるひいおじいちゃんはどさりと崩れ落ちるようにして長椅子に座った。親指と人差し指で自分の眉間をつまんでいる。


「……何てことだ。わけがわからない」

「私もです」

「つまり、えーっと、君は未来から来た人だって言いたいわけか? そして、俺の子孫だと」

「そうです」

「にわかには信じがたいんだが……」

「音楽も聴けます」


 音符マークのアプリをタップし、適当な音楽を流した。流行りのジェイポップアーティストの曲だ。


「わかったわかった! 止めてくれ」


 両手を大きく振って「止めて」と大きく主張をした。私はすぐさま画面をタップし、鳴らした曲をすぐに消した。


「君が摩訶不思議な道具を持っているのは認める。写真とはどうも違うみたいだなぁ……音声も聞こえるし。しかも色が付いてる。君は一体何なんだ」


 ひいおじいちゃんは難しい顔をしてうなっている。私の扱いに困っているみたい。


「信じるか信じないかは置いておいて。で、君はどうしたいんだい?」

「帰りたいです。元の時代に戻りたい」

「なるほど。まぁそうなるか」


 帰るって言ってもどうしたら良いのかわからないけど……。ここに来てしまう前、おじいちゃんの家ではいるはずもないうさぎを見た。うさぎが何か関係しているのかも。


「うさぎ……うさぎを飼ってませんか? ここに来る前に不思議なうさぎを見かけて追いかけたら、気が付いたらここにいたんです」

「ほう」

「目が虹色で毛は白くてふかふかしていて」


 ひいおじいちゃんは話を聞いてはくれているけどたぶんまだ信じてくれていなさそう。きっと私を病気か何かだと思ってる。患者と接しているような慎重さを感じる。でもとりあえず泥棒認定はされていないから良いかな。


「うさぎはどこで見たんだ?」

「えっと……おじいちゃんの家と……その前は海にある大久野(おおくの)――」


 途端にひいおじいちゃんの顔が強張った。

 それもスマホを見せた時とはまた違う、重苦しい感じ。空気が凍りついたに近い。

 淡いオレンジ色の明かりの下でひいおじいちゃんの表情は重く、少し悲しそうだった。

 外のカエルの鳴き声がやけにうるさく聞こえる。1匹や2匹ではない。何十といるカエルが一斉に鳴いているように聞こえる。

 しばらくの沈黙の後にやっとひいおじいちゃんが口を開いた。


「島に……いたってことか?」

「え? はい。家族で行って……その時に見たうさぎがなんでかおじいちゃんの家にもいて……それを追ってみたらなぜかここに……」

「うさぎ……?」

「白くて瞳が虹色のうさぎです。そんなうさぎは今まで見たことないからそれが関係してるのかも」

「なるほどな。よし、わかった。今日はとりあえず寝よう。君も疲れただろう」


 おじいちゃんは勢いよく立ち上がった。

 重苦しい空気はすっかり無くなった。


「きっといろいろあって興奮と……錯乱してるのかもしれないな。明日、そのうさぎとやらを探してみるか。今日は寝よう。君……名前はなんだっけ?」

岩隈夏実(いわくまなつみ)です」

「俺より年下だろうし、夏実と呼ぼう。ここのベッドを使って良いから君はここで寝なさい。さすがに家にあげるわけにはいかない」

「はい」

「明日、朝食を持ってくるからその時にまた話を聞くよ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあおやすみ夏実」


 ポンと右肩を軽く叩かれ、ひいおじいちゃんは診療所から出て行った。

 ひいおじいちゃんが出て行った後、私は力が抜けたように長椅子にペタリと座った。疲れがどっと出て体がすごく重い。

 私、今夜眠れるのかな……目をつぶると心臓の音がやけに大きく聞こえた。

 

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