8-3
ふと思い立ち、そのまま自分達家族が使わせてもらっている仏間に行った。
部屋の真ん中にあるひも付きの電気をつけ、天井付近に並べて飾られている写真を見た。
「これはおばあちゃんで……」
紫色の着物を着た祖母が微笑んでいる写真のその隣りに、グレーのスーツを着た目尻の下がった白髪の老人の写真が飾ってある。鼻筋の通った、ぱっちりとした少したれ目の優し気な顔。あの時に見た顔が年齢を重ねて自信と威厳のある姿でそこに写っていた。
そしてその横には形のきれいな眉に涼しげな目元の、紺色のワンピースを着た上品な夫人が写っていた。
「ひいおじいちゃんと芳子さんだ……」
私は口を押えて、また目の奥から涙がにじむのを感じた。
そして芳子さんの隣りには白黒の写真が飾られており、着物を着たあの時に号泣をしていたお母さん、そしてその隣りには着物を着た恰幅の良い男性が洋風の椅子にゆったりとした様子で写っていた。
「軍人さんのお父さん!」
また涙があふれ出て、畳にしゃがみこんだ。近くにあったティッシュを何枚もつかみ、飾られている写真を見ながら泣いた。
仏間の襖が勢い良くあいて、
「げ、なっちゃん何で泣いてるの? さっきから怖いんだけど……」
姉が入ってきてすぐそばに座った。
「だって……ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんとそのお父さん、お母さんもいる……」
「ええ? そりゃそうでしょ……こんだけ写真が飾ってあるのは怖いけどね。さっきからそれで泣いてるの? 変なの」
姉は立ち上がり、飾られている写真に近付いた。その中のひいおじいちゃんの写真を見ながら言った。
「ひいおじいちゃん、ちょっと私に似てるよね。なっちゃんはひいおばあちゃんに少し似てるよね、あとお母さんも。遺伝ってすごくない?」
「え……」
私が? 芳子さんと似てるの? 全然わからなかったし、そんな風に思ったことなかった。優しくて上品で少し大胆で。すごく素敵な人だった。私にはそんなところ一個も無いのに。
「そういえば、私が生まれた時、ひいおじいちゃんは生きてたんだって。私は全然覚えてないけどね。その時にさぁ、まだ赤ん坊の私を見て『妹によろしく』って言ったんだって。何でまだ生まれてもいないなっちゃんのことわかるんだろうねって。ね、すごくない?」
私はその話を聞いてまた涙が止まらなくなった。ひいおじいちゃん、私のこと信じてずっと忘れないでいてくれてたんだ。あれから何十年も経つって言うのに。
「まぁ、どうせお母さんの作り話だろうけど……って何でそんなに泣いてんの? 怖いんだけど」
泣きじゃくる私を見て姉はけたけた笑った。
ひいおじいちゃん私の事、ずっと覚えていてくれたんだ。きっと芳子さんも同じだ。あの後にひいおじいちゃんと結婚して、おじいちゃんが生まれて、お母さんが生まれて、そして私が生まれた。時代が変わってもずっと続く流れにどうしてだろう、涙があふれてくる。悲しい涙ではなくて、温かくなるような切なくなるようなそんな涙だった。
「ねぇ、なっちゃん。みんなのところに行こうよ。ここ写真たくさんあって何か怖いしさ。見られてるみたいで。おじさんスイカ切るって言ってたよ」
「うん……ねぇ、ひいおじいちゃん達って戦争を生き抜いたってことだよね」
「ん? そうだねぇ」
姉は飾られている他の写真を端から眺めているようだった。
「その……ひいおじいちゃんって、戦争に行ったでしょ? その……大丈夫だったのかなって。お姉ちゃん、何か知ってる?」
「さぁ? 大久野島に行ってたってヤツ? 詳しくは知らないけど……おじいちゃんが知ってるんじゃない?」
「……あの島は何だったの?」
「なっちゃん知らないの? おじいちゃんの家がここにあるのに知らないの? 嘘でしょ……島の資料館に行きたいって行ってたじゃん。てっきり知ってるものだと……」
「うん……私、何にも知らなくて」
「あー前に行った時、なっちゃん小さかったもんねぇ」
私はティッシュで鼻をかんだ。姉がゴミ箱を側に置いてくれ、その中にティシュはまとめて捨てた。
「私、中学生の時、島のことを調べて表彰されてるんだよね。家でお祝いもしたのになぁ」
「そうだったの?」
「そうだよ。私、それで何とかって賞をとって表彰されたんだよね。なっちゃん知らなかったんだ。大久野島ではね。戦時中に毒ガスを作ってたんだよ。けっこう有名な話だと思ったけどな」
今この瞬間に出会った人達が島に関して言っていたことがようやく繋がった。
軍の施設と赤く変色した島、みんなが何も言おうとしない異様な雰囲気。
「国際法で禁止されているのに隠して作ってたんだよね。島は毒の影響で赤く染まってたって。軍でそういうのを作っているのを知られたらヤバいから、電車でこの辺りを通る時は窓が閉められたんだってさ」
「もしかして今いるうさぎはその時の実験に使われてたうさぎが繁殖したの?」
「んーそれは違うみたいよ。敗戦後に全部殺処分されたって。今いるのは誰かが持ち込んだのが繁殖したらしいけど、本当のところはどうなんだろうね。あ、そろそろ泣き止んだ? 私、スイカ食べたいんだけど。早く行かないとまたあの子達に全部食べられちゃうよ」
「うん……」
「でもさ、私達がここにいるってことはひいおじいちゃん達も、この辺りに住んでいる人達もみんなそんな時代を生き延びたってことだもんね。そう思うと人って不思議だよね」
「……お姉ちゃん、なんでそんなに知ってるの? だって写真ばっかり撮ってたし、そういうのには興味ないんだと思ってた」
「んー……」
姉は明るい茶色の髪の毛先を指でくるくると巻いている。円を描くように動いていた指がピタリと止まった。
「映えを狙うのと知ってるのってイコールじゃないじゃん。そうやって判断するのはもったいないよ。なっちゃん」
そして仏間の襖を開けながら言った。冷たい風が部屋に流れた。襖の先には電球で照らされたうす暗い木造の廊下が続いている。
「せっかく親戚がみんな集まってるんだし昔の事とか聞いてみたら? 先行ってるね」
私は涙を拭き、もう一度鼻をかんでからみんなのいる居間へ行くことにした。




