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この景色の先には  作者: 汐見かわ
見せたい景色
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24/31

7-2

「じゃあね」

「さようなら」


 思わずまたねって言うところだったけれど、次は来ないだろうからこれで芳子さんとは本当にお別れになる。元の時代に帰ったらおじいちゃんにひいおばあちゃんの話をたくさん聞こう。母もきっと思い出があるはず。あの部屋にも写真が飾ってあったのかもしれない。後で探さないと。

 別れは寂しいけど、寂しくないような変な感じがする。もう二度と会えないけれど私の中に芳子さんは生きていて、それはきっとこれからもずっと脈々と続いて行くんだと思う。

 

 飼育小屋を後にしたところで芳子さんとは別れた。校庭を抜けて行った方が芳子さんの家は近いらしい。ひいおじいちゃんがそう教えてくれた。

 芳子さんは少し進むと振り返り手を振った。またしばらく進むと振り返り手を振るので、私も何度も手を振った。最後はどんな表情をしていたかわからないけれど、手で顔を拭ったような仕草をしていたのでもしかしたら泣いていたのかもしれない。それを思うと私も涙が出そうだった。ひいおじいちゃんの手前、涙を出すのは我慢した。恥ずかしい気もするし、ひいおじいちゃんは私に目の前で泣かれたらきっと困るような気がする。また腕を組んで難しい顔をして行ったり来たり目の前をウロウロ歩くと思ったから。

 私とひいおじいちゃんは特に会話をすることもなく、小学校を後にして学校前の道を元来た通りに進んだ。途中、うさぎを見かけた二又の道に差し掛かった時はなるべく低木を見ないように歩いた。次にうさぎが目の前に現れた時には私はもうこの時代から消えていなくなる気がする。今になって私の居場所はここではないと強く感じる。うさぎ、どうか今、出ないでよと心の中で祈った。

 別れ際の最後に見た姿が白シャツを着たひいおじいちゃんの後ろ姿だなんて嫌だし、きちんと挨拶をしてからお別れをしたい。私もまだひいおじいちゃんに伝えたいことがたくさんあるのに。

 家に向かう坂道を上り、家の敷地が見えてきた。そういえばここから見る家の景色は今も昔も変わらないかも。正面に母屋の玄関があってその右側が庭で、その奥には使わなくなってしまった診療所があって……。

 そのまま敷地に入るかと思いきや、ひいおじいちゃんは敷地に入る手前で脇にある道を進んだ。歩道というほど道が整備されていない雑草のはえたじゃり道を進みだした。


「少し寄り道をしよう。見せたい景色があるんだ。すぐそこだ」


 私の方に少しだけ振り返ってそう告げた。ひいおじいちゃんも、もうすぐ私と別れるとわかっているからそう言ってくれたのかな。その気遣いが嬉しくて、まだ帰りたくないなと思ってしまう。どうかうさぎ、今ここで出てこないで。また心の中で祈った。

 人の足で踏みかためられている道を歩き、背の高い雑草は手でよけながらひいおじいちゃんについていくと開けた空き地に出た。


「この景色が気に入っているんだ」


 そう言ったひいおじいちゃんの視線の先には太陽に照らされきらきらと輝いている海が見えた。水平線は白く輝き青い空とどこまでも続いている。


「綺麗……」


 立っている場所から陸に視線をおいてから海へと視線を移すと両脇に点在して建っている建物と建物の間がちょうど道のように見え、道の先で空と海と大地が交わっている。そんな風に見えた。

 思わずスマホで撮影したい風景だなと思い、ズボンのポッケに手を入れた。そうだ、スマホを取り上げられて今は持っていないんだった。横にいるひいおじいちゃんを見ると、じっと海の方を見つめてとても話しかけられる雰囲気ではなかった。


「辛いことや嫌なことがあった時に俺はこの景色を思い出すようにしている。自分がしていることが間違いじゃない、自分が決めて進んだその先はきっと明るい未来だとそう言い聞かせるようにしている」


 私はとっさにこの風景を撮影したいと思ったことを少し恥ずかしく思った。風景をたくさん撮影はしてきたけどその風景に慰められたり勇気付けられることはあったかな。風景に想いを寄せて意味を持たせることもしてきていない。ひいおじいちゃんはこの景色から元気をもらっていたんだね。

 この目の前に広がる景色を目に焼き付けようとじっと眺めた。ひいおじいちゃんが教えてくれたこの景色を絶対一生忘れないようにしたい。そう強く思った。

 陸と青い空と青い海の風景、そして海に浮かぶ島と。

 ふいにひいおじいちゃんは神妙な面持ちで私の方を向いた。


「……なぁ、夏実。知っていたら教えて欲しいんだが、これはいつまで続くんだ? 夏実の生まれた時代で君は不自由なく幸せに過ごしているか?」

「うん……幸せに暮らしているよ。いろいろな問題は人それぞれであるけど、平和だよ」


 海の上には赤く染まった島が見えている。

 空も海も青い中で赤色はやっぱりこの風景に溶け込んでいない。


「……昭和20年8月6日。この日は広島市には絶対に近付かないで。芳子さんにも伝えてね。必ず。他の人にもできるだけ多く伝えてほしい」


 ひいおじいちゃんはうんともすんとも言わなかった。ただじっと静かに海を見つめていた。


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