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この景色の先には  作者: 汐見かわ
見せたい景色
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23/31

7-1

 ふと、座っている石のそばに置いた残りのきゅうりに蟻がたかろうとしているのが目についた。

 

 「あ、きゅうりが残ってる。どうしよう」


 蟻を手ではらいきゅうりを持つときゅうりはまだみずみずしく、折った断面は水分を含み輝いていた。せっかくだし白うさぎが食べるならあげようかな。餌でつって小屋に入れたのに何もあげないのはかわいそうだし。小屋に視線をやるとちょうど白うさぎが小屋の端の方にいて暇そうにじっと一点を見つめていた。

 網の隙間から白うさぎの近くにきゅうりを差し出すと、また鼻をひくつかせてきゅうりに近寄って来た。こうやって餌につられ、まんまと飼育小屋に入れられたのに、またこりずに餌に近寄るだなんて少し間抜けで可愛いなと思った。

 小屋の入り口付近でうろうろしているにわとりもこちらを見ている。食べるなら早く食べてよと思った矢先、白うさぎが前歯を見せてきゅうりにかじりついた。


「可愛いですね」


 そばでその様子を見ていた芳子(よしこ)さんも愛くるしいうさぎの姿を見て言った。


「私もあげてみてもよろしいですか? 可愛い」

「いいよ。はい」


 きゅうりを芳子さんに手渡して、網の隙間から小屋の中に入れようとした時、急にひいおじいちゃんに腕がつかまれ、驚いて私も芳子さんも同時にひいおじいちゃんの方に振り向いた。

 

「だめです」


 ひいおじいちゃんは神妙な顔をしている。

 きゅうりは急につかまれた拍子に小屋の中に落としてしまい、白うさぎは落ちたきゅうりをかじっていた。


「あなたはうさぎに触ってはいけない」

「どういう……」

「あっ、これは失礼しました」


 芳子さんをつかんでいた手をぱっと離しひいおじいちゃんは私たちから少し離れたところに立った。


「そのうさぎに触って時間を移動してしまうなら、夏実だけでなく他の人にも影響があるかもしれないと思って。橘高(きったか)さん、もし触れていたら過去なのか……もしかすると未来に行ってしまうかもしれませんよ」

「そうですね……それはうかつでした。ありがとうございます」

「いえ、急に腕を引っ張られてびっくりしたでしょう。失礼しました」

「そんなこと……」


 芳子さんは少し照れくさそうに下を向いている。ひいおじいちゃんがとっさに止めてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 深読みし過ぎかもしれないけど、自分の目の前からいなくならないでほしいっていう芳子さんへの思いがあったからなんじゃないのかな。とっさにそう思うってことはひいおじいちゃんも、もしかして? 親の馴れ初めだって聞いたことないのに。急に私も恥ずかしくなってきてしまい、あわてて小屋の中に視線を戻した。

 入れたきゅうりはにわとりに取られたようで、奥の方できゅうりは何度もつつかれかなり小さくなっていた。白うさぎは他のうさぎと同じようにぴょこぴょこただ水場のまわりを動いていた。


「あ、今日はこれから家に帰るんだっけ? その前にスマホ返してほしいんだけど」


 はっと思い出して振り向くと後ろに立っているひいおじいちゃんに声をかけた。

 

「すまほ? 取り上げたあの重い板のことか?」

「そう。あれがないとすごく困る。受け取る前に元の時代に帰ったらショックなんだけど。お母さんにキレられるし」


 ひいおじいちゃんは目も合わせずに何も答えてくれなかった。

 保存されてる画像をまだ見ていたいのかな? 何が見たいんだろう。あ、おじいちゃんの画像とか? 自分の子供になるんだもんね。もう誰がどう見てもお年寄りだけど……。とにかく早く返してほしいな。まだ写真もたくさん撮りたいし。


「そろそろ行くか、ずっと見ていてもうさぎはそこから動かないような気もするしな」

「そうですね……じゃあ私はここでおいとましますわ。そろそろ帰らないと」

「え、芳子さんとはここでさよなら?」

「……そうなりますね」


 もう? と思ってしまった。寂しい。


「きっと夏実さんとはもう会うことはないのでしょうね。寂しくなりますが」

「将来会うこともたぶん……無いと思う。え、寂しい」

「私もです」


 芳子さんは私の両手を握りしめた。その手は温かい。

 

「元の時代に戻っても健やかにお過ごし下さいね」

「うん。芳子さんも」

「あ、そうだこれあげる」


 私はポッケに入っていた白いイヤホンケースを取り出した。これがあってもこの時代には音楽は聞くことはできないし、使えないけど、何か私のものを芳子さんに渡しておきたかった。元の時代に戻るってことは、私はここで出会ったひいおじいちゃんや芳子さんにもう二度と会うことはできないと思う。

 物を無くして母には怒られると思うけど、イヤホンはまた父に買ってもらうようにお願いするし。


「これは……?」

「耳につけるイヤリングみたいなものっていうか。耳につけなくてもいいんだけど。小物入れとして使って」

 

 芳子さんはイヤホンケースを開けて中のイヤホンを手に取り眺めている。丸くてころんとした形の白いイヤホンはさすがに見たことないよね。もっと可愛らしいものを渡したかったけど、今はこれしか持ってないから。


「点が白く光ってますね。不思議な入れ物」

「お守りみたいなものかな。光はそのうち消えちゃうけどね。私だと思って大事にしてね」

「……ありがとうございます。夏実さんのことは忘れません」

「大変な時代かもしれないけど、芳子さん、大丈夫だから。きっと幸せに暮らしているからね」


 ゆっくりとうなずき、お互いに抱き合った。


「カステラありがとう美味しかった。ピアノ、頑張ってね」

「……はい」

「船の時も……助けてくれてありがとう。桶もありがとう。私、絶対に芳子さんのこと忘れない。絶対に」

「はい。私もです」


 しばらく抱き合い、腕を離した。少し先でひいおじいちゃんがこちらを向いて待っている。

 大きく深呼吸をして私たちは歩き出した。

 

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