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この景色の先には  作者: 汐見かわ
尋常小学校
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22/31

6-4

 扉のすぐ前までうさぎを近付け、棒をゆっくりと外す。

 中からはにわとりの鳴き声が聞こえ、人間が近づいたことで餌がもらえると思ったのか扉の近くまで集まってきている。うさぎも何匹かいるようだった。

 その場に屈み、きゅうりを白いうさぎの鼻先に近付けると匂いを嗅ぎ始めた。ガラス玉のような目は虹色で確かに島で見た不思議なうさぎに違いなかった。

 きゅうりを半分に折り、開いた扉の隙間から小屋の中へ投げるとにわとりが騒がしい羽音を立てながら群がった。そのすきに手にしているきゅうりをうさぎの目の前に出しておびき寄せながら中へと誘導する。

 このまま中へ入れば扉を閉めようと思ったが、扉のすぐ横までくると興味をなくしたのか鼻を近づけるしぐさをしなくなった。


「えぇ……そのまま入ってほしいのに」


 やっぱりきゅうりじゃなくてにんじんの方が良かったんじゃ。うさぎはにんじんをよく食べるイメージがある。にんじんは夕飯に使うからって言われて持っていけなかったんだ。

 そうこうしているうちに飼育小屋の中に入れたきゅうりは食い尽くされたらしく、にわとりのついばむ音が聞こえなくなった。

 開けた扉の隙間から中の動物が外に出られるとすごくやっかい。

 目の前の白いうさぎはそこに座ったまま動かなくなった。中にいるにわとりを見て怖がっているのかもしれない。にわとりの方が体が大きくよく鳴くし、さっきのきゅうりもほとんどにわとりが食べたみたいだし。


「ごめんね、でも中に入って」


 その場から動かない白うさぎを後ろからそっと押した。体に触れた時、ぴりと手の平に何か衝撃があった……ような気がする。

 押された白うさぎはしぶしぶ自分で前に進み、飼育小屋の中に入った。急いで扉を閉め棒をひっかけると緊張が解けたのか疲れがどっと出てきた。


「うまくいったな!」


 ひいおじいちゃんと芳子さんが走って駆けつけてきた。小屋の中のうさぎの様子を見るとこちらに振り返りその場で鼻をひくひく動かしていた。何だか餌でだまして捕まえたみたいで悪いことをしたかな。ほんの少し申し訳ない気持ちになった。手にはうさぎが食べなかったきゅうりが残されている。


「小屋には入ったけど、逃げようと思えばいつでも逃げられるし……意味あるのこれ?」

「わからん。夏実の方は何か変わったことは?」


 自分の両手のひらをみつめ、ふと何となくそういう気持ちになった。確信に近い。


「私、そろそろ帰れると思う」

「え……もうですの? いえ、あの何が?」

「うさぎを触ったら前に触った時と同じ感覚がしたから。私、そろそろ帰れる」

「そろそろっていうのはいつなんだ?」

「わかんない……」


 この時代に来たタイミングがわからない。あの時はおじいちゃんの家でうさぎを見て、何だろうと思って追いかけて気が付いたらここにいた。次にうさぎの姿を見て、追いかけたら元の時代に戻れるってこと?

 小屋の中で水を飲んでいる白うさぎを見た。水を飲むのをやめて立ち上がると辺りを見渡している。虹色の瞳はどこを見て何を考えているのだろう。


「そうか……夏実がそう思うならきっとそうなんだろう」

「力になりたいとは強く思いましたが、いざ帰るとなると寂しくなりますね」


 芳子さんが力なく微笑んだ。胸が締め付けられる思いがする。

 もっといろいろ話がしたかったな。カステラもご馳走になったし、ひいおじいちゃんにもお世話になったし。


「とりあえず腹が減ったからもってきた飯でも食べるとするか。夢みたいな出来事だったなぁ」

「まだ帰ってないけどね」

「それもそうですよね」


 3人でくすくす笑い、その場には緊迫した空気はもうなかった。

 ひいおじいちゃんが持っていた竹の葉で包まれているおにぎりをその場でひろげた。竹の葉の香りがふわりとただよい、それぞれ1つずつ配った。手のひらサイズの、のりがまかれていないお米が握られただけのおにぎり。

 飼育小屋の近くに人が座れるほどの大きな石があり、私と芳子さんは2人でそこに腰を掛けた。


「そろそろっていうのはすごく不確かだなぁ。明日かもしれないってことだろう?」

「たぶん次にうさぎが私の前に現れた時かなって……」


 全員が飼育小屋を見た。白いうさぎは他のうさぎにまざり、体をまん丸にしてうずくまり眠たそうにしている。


「この飼育小屋からいなくなって、また目の前に出た時ってことか?」

「うーん、たぶん」

「この後はどうされますか?」

「飯を食べたらいったん家に帰るか。その時まで夏実には聞きたいことがいくつかある。知っていたらで良いんだが」

「何?」

「……家で話す」


 ひいおじいちゃんはおにぎりを食べ終えると飼育小屋に近付いた。小屋を覆っている目の粗い網に手をかけ、中を覗いている。


「懐かしいなぁ、俺がいた時にも飼育小屋はこのままの形であったもんな。その後に補修でもしたかな? あの当時は屋根に穴があいていて雨漏れしていた気がする」

「そこからすずめが入ってにわとりの餌を食べていた気がします」

「そういえばたぬきが入っているのもみたことがある。あわてて追い払っていたなぁ」

「たぬきが? 屋根まで登ったんでしょうか」

「やけに食い意地のはったたぬきだな、根性があるなと思ったものだ」

「たぬきにですか?」

「そう、たぬきに」


 2人はくすくすと笑っている。すごく良い雰囲気だなあ。やっぱりこの2人は将来結婚するんだ。医者のひいおじいちゃんと、浜旦那のお嬢さんか。すごくお似合いだし、きっと周りからもたくさん祝福された結婚だったんだろうな。

 おにぎりを頬張りながらそんなことをぼんやりと思っていた。おにぎりは何の具もない塩味のご飯だったけれど美味しかった。素朴でお米の味が感じられて。仲睦まじい若い頃のひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの姿を見られるだなんて、私はこの時本当に幸せで誇らしい気持ちになった。

 

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