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この景色の先には  作者: 汐見かわ
尋常小学校
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21/31

6-3

 芳子さんはうさぎの方を真っすぐに見ているけれど、頬や耳が赤くなっている。

 どうしよう。

 たぶんひいおじいちゃんの結婚相手は芳子さんだと思うけどそれを今答えて良いのかな。ひいおじいちゃんはどう思っているかわからない。でも芳子さんはひいおじいちゃんのことが好きで、それも小学校の時からその思いを持っているってことだよね。今、ここで教えてしまったらその気持ちはどうなってしまうの。

 どうしよう。

 相手が自分のことをどう思っているかわからない片思いの時って苦しいよね。それは私にもわかる。相手のことが気になって何も手が付かなくなって。眠れない時もあるよね。そんな苦しい夜を芳子さんも過ごした時もあるのかな。私が教えればその苦しみから少しは抜け出すことができるのかな。

 黙ってうさぎを見ている芳子さんは何を思って私に聞いたんだろう。もし、違う人ですって言われたらどうするつもりだったんだろう。

 私は何も言えなくなってしまい、芳子さんの横顔をただ見つめているしかなかった。


「あら……」


 芳子さんの声に反応してうさぎの方を見ると、うさぎがぴょこぴょこと移動を始めた。走って逃げているのではなく、ただ別の場所に行きたいだけみたい。


「見失わないようにゆっくりついて行きましょうか」

「……そうだね」


 助かったと思った。芳子さんの問いに答えられず、あのまま無言でいるのは重苦しいと思ってしまった。

 うさぎはマイペースに学校のある方面に進んだ。後ろに私たちがいるのも気づいていないのか後ろは振り向かなかった。

 私と芳子さんはそんなうさぎのあとをゆっくりとついていく。


「どこに行く気でしょう」

「このまま進むと小学校?」

「そうですが……校庭には身を隠すところがなくて。校庭の脇を通り抜けるのかしら? わきを通ればそのまま飼育小屋に行けます。飼育小屋を抜けてずっと奥に行くと林があって、林に逃げられると追いかけるのは難しくなりますわね」

「餌でおびきよせてみる?」

「そうですねぇ……」


 少しずつ前に進むうさぎをそれよりもさらに遅い歩きで後ろから追っていく。私が追いかけた時は信じられないくらい速い走りだったのに、こののんびりとした動きは何なんだろう。あの時は急に大声を出してびっくりしたからかな。

 ぴょこぴょこと前に進んではあたりにある雑草に鼻を近づけて匂いをかいでみたり、またゆっくりと進みその場の土を掘ってみたり警戒心がまるでないように見える。そうこうしているうちにうさぎは校庭を通らずわきにそれた。

 体を隠せない場所には近付かないらしく、校庭のわきにある雑草や植木がある庭のようなところへ進んだ。


「ここを真っ直ぐ進めば飼育小屋です。私たちに気付いてなさそうですね。可愛いですね」

「こんなに警戒心が無くて大丈夫なのかな。猫にやられちゃうよ」

「私たちを呼んでいるのかもしれませんね」

「なるほどね。でも何で?」

「さぁ……動物の気持ちはわかりません。ほんの気まぐれかもしれないですし」


 校舎の正面出入り口から人影が出て来るのが見えた。


「話をつけてきたぞー」


 ひいおじいちゃんが小走りでこちらに近付いて来る。それと同時にうさぎは耳をピンと立て、声のする方を凝視している。


『しー』


 私と芳子さんは同じタイミングで人差し指を唇に当てた。その様子を見たひいおじいちゃんは走るのをやめ、ゆっくりと歩いてこちらに近付いて来た。


「うさぎは? 逃げられた?」

「草を食べてます。ほら」


 指をさした先には鼻をひくひくさせながら、また草を食べ始めたうさぎがいる。


「あのうさぎ、逃げる気配は無さそうだ。餌は飼育小屋の中であげてくれって。それだけ言われたよ」

「小屋に誘導する?」

「そうしてみるか……夏実できそうか?」

「やってみる」


 餌用のきゅうりを渡され私はゆっくりとうさぎに近付いた。雑草を口に頬張り、小刻みに口を動かしている。

 うさぎのいるところから飼育小屋はすでに見えていた。

 驚かせるようなことをすると逃げられるので、最初からこちらの姿が見えていた方が良いんじゃないかと思った。うさぎをぐるりと迂回して、正面から近付くことにした。

 私、うさぎ、そしてうさぎの向こう側にはひいおじいちゃんと芳子さんが身をかがめて見守っている。

 一歩足を踏み出すと、うさぎは動かしていた口をピタリと止めて一瞬だけ固まる。またもぐもぐと口を動かし始めたら一歩を踏み出す。それを何度も繰り返してうさぎが手を伸ばせば触れそうな距離まで近付いた。

 少し警戒はされていそうだったけど人間に慣れているのか、やはり逃げる気配は無かった。

 きゅうりを出すと手に持っていた草は下に置き、きゅうりに鼻先を近付けて匂いを嗅いでいる。食べられるものか確認しているのかな。

 きゅうりの先の部分をほんの少しかじり、食べだした。食い付きはまずまず良い。このまま飼育小屋まで連れて行こう。

 食べられるか食べられないかの距離できゅうりを顔の目の前に差し出すと、うさぎはきゅうりを食べようと前に動いた。

 そのまま飼育小屋までゆっくりと移動をしよう。

 きゅうりを取ろうとして素直に前へぴょこぴょこ移動をするうさぎを見るのは少しかわいそうな気もするけれど今はそんなことは言っていられない。ここへ来ることになったうさぎが目の前にいるのに、今逃げられたらもう次は無いかもしれないし。

 やっとのことで飼育小屋の前まで来ると、棒が扉のところにかけられ、中からは開かないようになっていた。


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