6-2
「見えるか? あそこに白いものが見えているのがわかるか? 道の端の雑草のところ」
ひいおじいちゃんが指をさしたところに背の高い雑草が少し茂っているところがあり、その雑草の根元のところに白いもふもふとしたものがいた。ころんとした尻尾で耳が長い。
「うさぎだ……うそ……」
うさぎはこちらにお尻を向けてじっとしている。
「あれが探しているうさぎでしょうか?」
「そうかもしれない。こんな道端に突然うさぎがいることが不自然だし、その可能性がある……」
「近付くと逃げるしどうしよう」
ひいおじいちゃんは人差し指を唇に当てて「しー」のジャスチャーをした。よりいっそう声をひそめて私達はひそひそと小声で話した。
「一番最初に触った時は逃げなかったんだろう?」
「餌をあげていたような……」
「走ったり大声を出したりすると逃げますよ。ゆっくり近付くんです。餌を持ちながらゆっくりゆっくり近付けば……」
「捕まえるの?」
「どうでしょう……激しく抵抗すると思いますけど……足は思っているよりも速いです」
「うさぎには触れられれば良いのか?」
「わかんないけど、触った時にぴりっとした」
「逃げられてまた姿を見失うのが一番やっかいか?」
「うん……そこにいるってわかっていれば安心だけど、自由にどっかに行けるみたいだし……意味はあんまりないかも」
「とりあず飼育小屋まで追い込むか……仲間がいて居心地が良ければうさぎもそこに居座るだろ」
そんなざっくりとした感じで大丈夫なのかなと思ったけれど、うさぎをゆっくり追い込んで触ってみるっていうのは良いアイデアな気もした。もう何が正解かわからないので行動してみるしかないと思う。
お尻を向けていたうさぎがこちらに振り向いた。瞳は虹色だった。やっぱりあのうさぎだった。
しばらくの沈黙のあとひいおじいちゃんが口を開いた。
「今は休み期間だからさすがに校舎には入れないが、小屋くらいは入れるだろうね」
「飼育小屋は校舎の裏側にありましたね。確か」
「いちおう守衛に声をかけておくか」
「何て?」
「野菜が余ったんでうさぎに餌をあげたいとでも言っておくか。俺が話をつけてくるから2人はあいつを見張っててくれ」
あいつと呼ばれたうさぎを見守る係に任命した私と芳子さんを置いてひいおじいちゃんは道を大きく迂回した。雑草にいるうさぎを刺激しないようになるべく遠くを歩きたいのだと思う。小さな雑草がうっそうとはえている整備のされていない芝生のような道を歩いてうさぎを通り越し、学校の校庭へ向かった。うさぎはひいおじいちゃんには気づいていないのか、そちらの方を向くこともなくあたりの雑草に鼻をつけては鼻を動かしている。
「私、うさぎ小屋の掃除が好きでしたの。にわとりもいて。後で行ったらわかると思うけど、校舎からは少し離れていてひっそりとしていて良いんです」
「そうなんだ……怖くなかったの?」
「いいえ、私には落ち着ける場所でした。小学校はとても……あまり居心地は良くなかったんです」
「うん?」
芳子さんはぽつぽつと話し始めた。
うさぎを見失いたくはないのでうさぎから視線を動かせず、芳子さんが今どんな表情をしているのかはわからない。どうしたんだろう急に。久しぶりに学校へ来て昔を思い出したのかな。
うさぎはまた私達にお尻を向けて近くの葉を食べ始めた。逃げるそぶりはない。
「私立に行けば良かったんでしょうけど、お父様の方針で地元の尋常小学校に入学したのですが……川本先生もおっしゃっていたように入学した時からいろんな人から注目されるようになって。お弁当をひっくり返されたり、物を捨てられたり。私、小学校であったことは家で話さなかったのでそういう事をしてくる生徒はそれはもうやりたい放題でした」
「ひどい……」
「浜子の仕事は大変ですからね。体力がないとすぐにクビになりますし。親が大変な思いされている生徒もいたのでしょうね」
横にいる芳子さんを見ると、視線は前に向いて表情は特に変わらず普通だった。小学校での嫌な思い出は彼女の中では過去の出来事として終わった話になったんだろうな。
「3年生の頃でしたか。何かのきっかけで口げんかになったんでしょうね。頭にきて相手の生徒に言い返したら余計に相手を怒らせてしまって。女のくせにって思ったんでしょう。私、生意気でしたからね。裏の飼育小屋に閉じ込められて。小屋は外から鍵をかけるつくりなんです」
「ひどい。出られないじゃないですか」
「そう。うさぎやにわとりなんかが飼われていて。小屋に向かって外から石を投げられたんです。その石が小屋の中の池というか少し窪んで水の溜まっているところにぽちゃんと入って。うさぎがその音に驚いて混乱して。当時、何匹いたんでしょうかね。中にいた動物が全部暴れて。わけもわからずに暴れる動物って見た事あります? 悲惨なんですよ。私、怖くて泣いて。泣いても動物は静まらないので。そうしていたら扉を開けて中から出してくれた人がいたんですよ」
「それが……若先生?」
芳子さんは静かにうなずいた。
「どうしたって言ってくれて。先生を呼んで来てくれて。ご自身のハンカチも差し出してくれたんですよ。私、涙をふいたのでハンカチを汚してしまったんですけど、そんなのは気にしなくて良いから使いなさいって。教員室まで付き添ってくれたんです」
「わぁ、優しい!」
「そうでしょう!?」
お互いに一瞬顔を見合わせてすぐに視線をうさぎに戻した。うさぎはのんびりとまだ草を食べている。
「ハンカチを洗ってから返そうと6年生の教室に行ったのですが、3年生からすると6年生はとても年上に見えて。扉で様子を伺っていたら、中から出て来てくれて。その後大丈夫かって。後から知ったのですけれど、私にちょっかいを出していた生徒について川本先生が教員に報告してくれたみたいで。あれ以来、ひどいことはされなくなったんです。川本先生は覚えていらっしゃないみたいですけど」
「ひいおじいちゃんやるじゃん」
「ひい……あぁ、そうでしたね。夏実さんはひ孫ってことですもんね。あの……」
芳子さんは急に言いよどみ、頬を赤く染めた。
「……川本先生と結婚をしているのは私でしょうか?」




