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私が黙っていると、芳子さんが手をパチンと叩いた。
「私は川本先生も夏実さんもそれぞれ素敵だと思いますわ。良いところも悪いところもいろんなところがあってのその人ですから。私は気にしたことないです。自分は自分なので。比較するようなきょうだいもおりませんけどね」
芳子さんが私の手にしていたスマホを覗き込み言った。
「もう一度、そちらを見せてもらえませんか?」
「そうだった、そうだった」
長椅子に座っていたひいおじいちゃんも立ち上がり、私のそばに寄って来た。みんなでスマホをもう一度覗き込んでいる。
「あの島はこんな感じなんですか? うさぎがたくさん……未来では軍の施設は無くなったってことでしょうか?」
「そんな施設なんて無いですけど……資料館はありましたけど、何が展示されているかはちょっと私はわからないです」
あ、そうだとスマホの画面を切り替え検索エンジンを表示した。わかってはいたけど、インターネットには繋がらず「圏外」の文字が画面の右上に表示されている。あの建物は島の歴史が展示されている資料館かな。それがわかれば何かの手がかりになったかもしれない。
「その板、本当に不思議な機械」
「私の時代ではみんなこれを使ってますよ。写真や動画も撮れるし、調べ物もできる。絵も描けるしお金も払えるし何でもできる」
「魔法みたいね」
さっきから不思議だったけど、芳子さんはわりとすぐに物や人を受け入れてくれる人みたい。不思議な人……でも、すごくあたたかい人でもあるな。何で他人にこんなに親切にできるんだろう。ひいおじいちゃんにも言えることだけど。私にはそれが不思議でならなかった。
手にしているスマホをひいおじいちゃんが熱いものを触る時のように指でつんと触った。
「別に危なくないよ。赤いここを押すと写真が撮影できてレンズはここ。はいチーズ」
腕を伸ばして私も写るようにレンズのモードを自分たちの方に操作した。シャッター音がしてカメラ目線の私と目を丸くした真顔のひいおじいちゃんが撮影された。
「そのチーズっていうのは?」
「写真撮影する時の掛け声だけど……」
「確か乳製品の食べ物だったな。なんでそんな食品の名前を?」
「え、知らない」
これもネットが繋がればすぐに理由がわかったのに。私、身近ないろんなことをほとんど知らないのかもしれない。
芳子さんがスマホの画面をのぞき込み、
「まぁ! 私も写して下さい」
そう言って髪型や服を整え始めた。すぐに背筋を伸ばし姿勢良く立ったので、せっかくだからひいおじいちゃんと芳子さんの2人を撮影することにした。
「若先生、もう少し近付いて……ああ、そう。良い感じ。じゃあ撮りますよ。はい、チーズ」
シャッター音が鳴り、2人の姿がスマホの中におさめられた。芳子さんは満面の笑みで、その隣りに写るひいおじいちゃんは真顔でつっ立ていてその様子が少しおかしかった。
「もう一枚撮りますよー。はい、チーズ」
次はスマホを横向きにして撮影した。
さっきと同じような表情の2人と、2人の後ろの診療所内の背景も少し広めに撮影できた。
「撮影者は絶対に食品名を言うんだな。何で食品名を言うんだ? 撮影にチーズが関係あるのか? もしかしてそういう法律なのか?」
「もーだから知らないってば。未来ではわけのわからない言葉が流行るの。はい、チーズはたぶん勢いの掛け声みたいなもの」
「いや……全然わからん」
「私にもお写真を見せて下さいな」
難しそうな顔をしているひいおじいちゃんとは違い、芳子さんは私のスマホを覗き込み目を輝かせている。
「まぁ素敵。これはどうやって現像するんです? 私もほしいわ」
「んー、ここでは無理……ですかね」
「あら、それは残念」
この画像は一生消さないでとっておこう。それで帰った時にまた見返して、起こった出来事や出会った人のことは一生忘れないようにするんだ。
「写真は何枚くらい撮影できるんだ?」
「さぁ? スマホの容量にもよるから……何千枚とかかな? もっとかも」
「そんな小さな機械の中にそんなに?」
「データっていうか、物体じゃないからですかね? 電子の量っていうか?」
「夏実はおかしなことを言うなぁ。 他の写真も見せてくれないか」
「良いよ。ここを指で触れると前の画面に戻るから他のも見れるよ」
画面のスワイプの仕方を教えて、スマホをひいおじいちゃんに渡した。最初は戸惑ったみたいだけど、指の動かし方で画面が切り替わることがわかると、すぐにスムーズに他の画像も見だした。見られて困る画像なんてたぶん入ってなかったよね。
「やっぱりまずはうさぎを見つけることよね? でもうさぎは神出鬼没でどこにいるかわからない。最後に見たのは船なのでしょう?」
「でも船で島に行ったっていうのもわからないんです。行ってないかもしれないし」
「もしかしたらまた外に行けば道にひょっこりいたりするのかもしれませんね。とりあず外を探してみるしかないでしょうか……」
「そうですね……どこを探しに行くのが良いのか」
「この辺でうさぎがいるのは小学校ですけれど……」
「じゃあ小学校?」
ひいおじいちゃんの意見を聞いてみようと顔を向けると、ひいおじいちゃんは眉間にしわを寄せて画面を凝視していた。見たいものでもあったのかな。東京のいろんな建物とか、新幹線も撮ったりしたし全部が初めて見るような画像ばかりだもんね。
「こうやって指を広げると拡大できるよ」
手にしているスマホを覗くと木々が生い茂る画像だった。いつ撮った画像だろう? 何か変なのが写ってたかな。ま、良いか。
「この写真は全部夏実が撮影したものなのか?」
「そうだけど……」
「これは俺が預かっておく。何かあった時に危険だ」
「え、何で! スマホがないと困る」
「何でもだ」
スマホはそのままひいおじいちゃんの履いているズボンのポケットに入れられた。
「返してもらわないと困るんだけど……」
手を伸ばしてもひいおじいちゃんはうんともすんとも言わない。眉間に深いしわを寄せて今まで見たこともない深刻な表情をしている。そんなひいおじいちゃんと私を見て、芳子さんはおろおろとし始めた。
「あ、あの、そろそろ外にうさぎを探しに行きませんか? いつまでもここにいてもしょうがないですし」
「……そうですね。橘高さんも一緒に探してもらえるんでしょうか?」
「もちろんです」
「探す目が3人分あるのは心強い。よろしくお願いします」
芳子さんに頭を下げてひいおじいちゃんは診療所を先に出て行った。私のスマホはそのまま持って行かれてしまった。
いつか返してくれるんだよね? スマホがないと生きていけないんだけど……。




