5-3
ひいおじいちゃんは口に手を当てて室内をうろうろと歩き出した。何か考え事をする時は動き回る癖があるのかな。前も同じ動きをしていた。
「彼女……夏実が言うには、自分は未来から来た人であると。住まいは東京で元いた時代の自分の家に帰りたいってことだったな?」
「別に自分の家じゃなくても……元の時代に戻れたらあとは何とかなるので大丈夫だと思う」
「え、待って。待って下さい。一体何の話をしているのでしょう?」
困惑した様子の芳子さんを少し見てからひいおじいちゃんはそのまま話を続けた。立ち止まり両腕を組んでひじのあたりを指でとんとんゆっくり叩いている。
「そうなんです。俺もよくわからないのでとりあず先に進めます」
「は、はい」
「この場所に来る前、不思議なうさぎを見てうさぎを追いかけて気づいたらこの家にいたと……」
「そう。そのうさぎは白色の毛並みで瞳が虹色をしていて……そんなうさぎいるはずがない。そのうさぎがタイムスリップの原因だと思う」
「タイムスリップ?」
芳子さんと目が合った。眉間をほんの少し寄せて怪訝そうな表情をしている。「あなた何を言っているの?」と言われているような気分になった。たぶん本当にそう思っていそう。
「彼女が言うには時間を移動することだそうです。タイムは時間、スリップは滑る、滑り落ちる。意図せずに時間を移動してしまった……といったところですかね」
「そんなことって……」
「まぁあったと仮定して、そのうさぎを島で見て、そして君の祖父の家で見て、気付いたら俺の家にいて……そして直近は船で見たというわけだな?」
「そう、そうです! 朝、若先生と別れた後に外に出たら……うさぎが木のところからガサガサって! それで追いかけて港に行って……」
「そこで私と出会った……ということですね」
「そうです!」
「何でまた橘高さんもそんな場所に……2人とも目を付けられたんじゃ」
そう言われ私と芳子さんはお互いに顔を見合わせた。
「その時はしょうがないですね」
「私は帰れたら関係ないし……」
「いや、だから。君たちは相手がどういう組織か知らないから!」
ひいおじいちゃんは組んでいた両腕を解いて、髪をがしがしとかいた。私や芳子さんが知らないことをひいおじいちゃんは知っているのかな。私の知っている知識ではこのあと何年か後に終戦をして、その前には……。ふと、映像で見たことのある特徴のある雲の形が頭に浮かんだ。
「あ……」
「何か思い出したか?」
「え、いえ。何でもない」
いつだっけ。でもそれを言うことによって歴史が変わったりしないかな。そんなものよりこの人たちの方が心配。ひいおじいちゃんが亡くなったら私も生まれてないし……。でも私が生まれてるってことはひいおじいちゃんは被害にはあっていないってこと?
難しい顔をしてその場で立っているひいおじいちゃんと、長椅子に座りながら自分の指先を見つめている芳子さんを見た。
2人ともこの時代に確かに生きている人なんだ。この先に起こることを伝えてしまえばその人の未来に関わってしまうかもしれない。そんなことしても良いのかな。私は神様でも何でもないのに。
もんもんと考えごとをしているとひいおじいちゃんの声ではっとして顔を上げた。
「そして君は俺の子孫だってことだったな? 夏実の祖父の家がこの家……」
「そう。たぶん若先生は私のひいおじいちゃんだと思う」
「ひいおじいちゃん!?」
芳子さんが急に大きな声を上げて立ち上がった。
「そ、それはつまり川本先生はどなたかと結婚をしてお子さんがいるってことですか!?」
「いや、いませんが……彼女の話を信じるなら将来的にそうなるってことですかね?」
「それはどなたなんですか!?」
私の目の前に立ち、腰を屈めて顔を近づけてきた。すごい圧……。芳子さんの瞳の中に私が映っているのがわかる。
たとえひいおばあちゃんのことを知っていても教えるわけにはいかないな。未来が変わっちゃいそう。誰と結婚するかとか、子供が何人で……とかそりゃあ聞きたくもなるよね。私も知りたいもの。
でも……若先生の、ひいおじいちゃんの相手が気になるって。自分のことならともかく、他人のことってそんなに気になる? 芳子さんとひいおじいちゃんは仲が良い知り合いなのかな? そんな風には見えなかったけど。
橘高っていう母から聞いたことの苗字。もしかして、芳子さんって……。
「ひいお――」
私は慌てて口を手で抑えた。芳子さんってまさか、ひいおばあちゃんってことはない?
「ほら、また。おじいちゃんって言われるのはさすがに不本意なんですよね。まだ21歳だってのに」
「夏実さんは東京の人ですってね。川本先生も後々に東京へ行ってしまうってことなんでしょうか……」
芳子さんは肩を落とし、力なく長椅子に座った。この感じ。芳子さんはひいおじいちゃんのこと好きなんじゃないの? ここへ来る時もやけに機嫌が良かったし。ピアノの習い事をサボってでもひいおじいちゃんに会いに来たかったってこと?
これが乙女の恋心ってやつだ。私は胸がどきどきして、何としてでも芳子さんを応援したいと思った。
きっと2人はこのまま恋に落ちて結婚をして、子供を産んで、その子供がまた子供を産んで、未来で私も産まれるってこと。何とかこの2人の恋を見守りたい。なんてロマンチックで素敵な話なんだろう。
「俺のことはどうでも良くて。そんなことよりも鍵を握っているであろう白いうさぎを見つけたいってことです。その白いうさぎはどうも神出鬼没であちこちに現れるようだっていう……」
「でも、なぜうさぎなんでしょう?」
2人はタイミングを合わせたように私の方を見た。
「それはあの島がうさぎ島って言われてる……から? そこで不思議なうさぎに触って……」
「うさぎ? そんなはずはないだろう」
「陸軍の施設にうさぎなんて」
「未来ではうさぎがたくさんいて……あ、そうだ。ほら」
私はスマホを取り出して島で撮った画像を見せた。




