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港に着くと小さな船が一艘あり、周りには人だかりができていた。兵士は船に積荷を乗せているのが数名と他の兵士は桟橋あたりでうろうろとしている。あれがどうやら島行きの船らしい。
先ほどの老人の話だと船に乗るには名簿と名前のチェックがあるから、そこをクリアできれば真正面から船に乗れるかもしれない。
それか積荷に紛れて荷物として船に乗るか。どちらもバレた時に大変な事になりそう。牢屋に入れられたり、スパイとして拷問にかけられたりとか……。
バレた時の事を考えると急に不安になってきた。ここは私のいる時代じゃないんだ。戦争の最中。こっそり船に乗り込んで軍の施設に行くって……こんなことをして大丈夫かな。
2人の兵士が桟橋のところにやってきて、人混みの中から1人の男の人が兵士の前へ出た。何かひと言、ふた言確認をして男の人は船に乗った。乗船が始まったようだ。
すると、人混みの中から白い動物が飛び出してきて兵士をすり抜け船の方に進んだ。
白い毛並みの耳の長い生き物。うさぎだった。
「嘘でしょ……」
うさぎには誰も気付いていないようで簡単に船のデッキに到達し、二本足で立つと私の方を振り返った。
あのうさぎが船に乗るなら私も追いかけないと。うさぎを捕まえないときっと元の時代には帰れない。行くなら今しかない。
人混みをかき分け、なんとか兵士の前に出ると、兵士は怪訝そうな顔をして私を見下ろした。
「船に……乗りますっ!」
「名前は?」
「……岩隈夏実です」
兵士は手にしている名簿らしきものを上から指でなぞり、一番下まで行って次の頁をめくり、また元の頁を見た。
「岩隈……岩隈? 名前が載っていない」
「あの、きゅ、急に決まったのでたぶんそこには載ってないです」
こんな嘘なんてすぐにバレるに決まってる。それでも咄嗟に出てしまったのがそれだった。私はどうしても船に乗って島に行かないといけない。早くうさぎを捕まえないと。
「許可証は?」
「は、発行も間に合って……ないって言ってました」
「所属はどこだ」
兵士は私に視線を合わせずに、手元の書類を眺めている。時折り帽子の下からちらちらと私に向けられる鋭い視線を感じる。こんな見え透いた嘘、きっとすぐにバレる。まずいかもしれない。
「食堂……身の回りのお世話……とか?」
めくっていた書類を閉じると、兵士は私を真っ直ぐに見据えた。その表情からは何の感情も読めない。ただ黙って私を見下ろしている。
あまりの緊張に喉がごくりとなった。絶対に怪しまれている。怖い。
私の目の前に立っている兵士の側にもう1人別の兵士が素早く寄って来て目の前の兵士に耳打ちをした。そして何度か頷くと、再び私を見下ろした。これは……まずい予感。
「……この娘を連れ――」
兵士が何かを言い終える前に後ろから強く服を引っ張られ、私は後ろへよろけた。先へ先へと行こうとする人の波に飲まれあっという間に後ろへと追いやられた。
「船はまだ出ないんですか! 早くして下さい! まだこんなに大勢が待ってるんですよ? 向こうの空が真っ暗です。じきに雨が降ります! 雨が降ったら船は出るんですか? 早くして下さい! みな早くお国の為に働きたいんです!」
「そ、そうだな……じゃあ、次の者。順番だ! 順番!」
私と同じくらいか、それよりも少し年上の若い女性がすごい剣幕で兵士に言い寄った。兵士はその勢いに気押されたのか、手早く次から次へと受付を済ませ、最後には先ほどの大声の女性ともう1人の年配の女性が残った。
「元気でね……何かあったら力になるからね」
「うん、うん……ありがとう」
大声の女性は年配の女性を抱きしめ、背中をぽんぽんと軽く叩くと、年配の女性は兵士との受付を済ませ船に乗って行った。
その時、ぽつりぽつりと頭に水滴が落ちるのを感じた。
年配の女性が乗船すると同時に、受付をしていた兵士と桟橋や周りにいた兵士達も素早く乗船し、船はすぐに出港をした。
うさぎの姿はもう見えなかったけれど、船でそのまま行ってしまったのだと思う。
ぽつりぽつりと降っている雨はやがて水の落ちる間隔が短くなり、その場に残った大声の女性は手にしていたレースの傘をひろげて傘をさした。
「手荒な事をしてごめんなさいね。怪我はないかしら?」
女性はぼんやりと突っ立っていた私にも傘を差し出してくれ、傘に当たる雨音がかすかにしている。
地面に落ちる雨は地面を色濃く染めようとしていた。
「とにかく、早くここから離れましょう。濡れちゃうわ」
私は女性が傘と共に進む方に一緒に歩く形となった。
この女性は私を助けてくれたってことで良いんだよね? たぶんあの兵士にはやっぱりスパイか何かだと思われたから助けてくれたってことかな?
突然のことにわけがわからなかったけど、うさぎも船で行ってしまった今、私は次に何をして良いかもわからずとりあえずこの女性について行くしかなかった。
「ここならもう良いかしらね」
港から少し離れた場所にある屋根のついた建物の下に来ると女性はひろげていた傘を閉じ、くるくると生地を回して雫を払った。
「通り雨だからじきに止むわ。それまでここで雨宿り」
空を見上げていた顔を私の方に向けて女性は微笑んだ。色白でまつ毛の長い綺麗な女性だった。大声で兵士に詰め寄った人とは思えない柔らかで上品な雰囲気。本当に同じ人かな?
「あ、ありがとうございます」
深々と頭を下げると、女性はまだ傘をバサバサと振り払っていた。手元を見ると女性は白い手袋をつけ服装も淡いピンク色のワンピースを着ている。身なりが小綺麗でおしとやかなお嬢様って感じ。
「そうね……何から聞いたらよいかしら。ごめんなさいね。何だか見ていられなくって。あなた、従業員でも無いのにあの島へ行こうとしたの? それはなぜ?」
「えっ……と」
何て答えれば良いのか迷い、しばらく黙っていると女性がぽつりと話し始めた。




