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うさぎは信じられない速さでそのまま坂道をかけ、私が走るのに疲れてへとへとになりながら坂道の終わりに到着した頃にはうさぎの姿はどこにも見えなかった。
これがうさぎの本来の力なのかと感心してしまう。次に見た時はもっとゆっくりエサでおびき寄せるようにしないとまた逃げられてしまう。次があるのかわからないけれど……。
「この辺にまだいるかも」
きょろきょろと辺りを見渡しながら海の方へと歩くと、若先生の家から見えていた島がもっとはっきりと近くに見えた。
やはり山が赤い。紅葉の季節でもないのになぜこんなに赤いのか。その奥に見える島の山は濃い緑色をしている中で、この島だけは赤色をしている。
ポケットからスマホを取り出し、何枚か赤い山の画像を撮った。季節が秋であれば何にも疑問に思わないのに、今の季節は夏だ。夏に紅葉するなんて聞いたことがない。
私のいる時代よりも風が涼しくずっと過ごしやすいようだけれど、青色や水色の海の優しい色合いの中でこの赤色はやけに目立っている。
もう少し海側に行ってみようと思い、スマホをポケットにしまうとそのまま南へと進み海を目指した。地形は変わっていないはずだから、このまま真っ直ぐに歩けば川があって駅や港なんかもあるはず。
波の音が次第に聞こえ、山の輪郭もはっきりとしてきた。海岸が見えるとあることに気が付いた。
軍服を着た兵士が何人か立っている。
銃を背負い、等間隔で海岸沿いに何人かが並んでいる。休憩をしているとかそういうことはなく、人家の方、陸地の方を見て見張っているようにも見える。今が戦時中だから当たり前の光景なのかもしれないけれど……。
「兵士……」
見慣れない緑色の軍服は重々しくとても近寄れる気がしない。でも、あの島にはきっとうさぎの手掛かりがあるはずだからあの島に行きたい。
声を掛けてみようか……? 気軽に軍人に話し掛けても良いのかな。
『あそこは陸軍の施設がありますけぇ……』
若先生のお母さんが言っていた言葉を思い出した。あの島には陸軍の施設があると。
ということは、あそこに立っている兵士は島の関係者かな? 島に行けるか聞いてみようか……。もし、ダメだった場合はどうしたら良いのだろう。なぜか若先生も島については話したがらないし。変な空気になるし。
急に兵士に話し掛けても大丈夫なのかな? 不審者として銃を向けられたりしないかな……。
「同じ日本人だし、日本語は通じるもんね……」
すごく怖いし、緊張もするけど聞いてみないことには何にもわからない。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、立っている兵士に話し掛けてみる事に決めた。
「よし……」
不審者に思われないようあまり周りをキョロキョロと見ないように、背筋を伸ばし堂々とゆっくり歩いた。
何人かいる兵士の中で、一番年齢も若そうで、業務にもあまり慣れていなさそうな人に狙いを定め、その兵士に聞こうと思った。
若い兵士と目が合うと、あっちへ行けと片手で払われるジェスチャーをされてしまった。
「え?」
すると急に横から大きな声で
「立ち止まるな! 行け! ここで立ち止まるな! 命令に従わなければ次は銃を構える事が許されている! 立ち止まるな!」
若い兵士ではないその横にいる少し年配の兵士が大声で言った。そんな物騒な事を言われてしまい立ち止まることができず、そのまま通り過ぎるしかなかった。止まったら後ろから発砲されるかもしれない。早歩きでその場を立ち去ることにした。
兵士の姿が見えない場所までやってきて、へたりとその場にしゃがみ込んでしまった。
「びっくりしたぁ……」
海岸沿いにいた兵士に話し掛けることができなかった。島に行きたかったのに。
あんなに大声を出さなくても良いのに。国の施設だから警備しているのかな。島なのに? 海があって簡単には近づけないのに? こんな陸地からも警備する必要ってあるの? 軍の施設の警備ってそんなに大事なことなのかな。国の施設だからかな。社会科見学で国会議事堂に行った時も確かに門には警備員はいたけれど……。ものすごい警戒しているってこと?
どうしたらあの島に渡れるんだろう。そう簡単にはいかなさそうで大きなため息が出る。
「どーしよー」
顔を上げて空を見上げると、雲ひとつない抜けるような青空が広がっていた。
「どうかしたんかいの」
急に声を掛けられ振り返ると、首に白いタオルを巻いたお年寄りがいた。しわの目立ったほとんどの頭髪が白髪の老人だった。
「具合でも悪いんか?」
白い頭に日焼けをした褐色の肌で、漁師のような出で立ちだった。
地元の人かな。この人に島に行く方法を聞いてみようか。若先生やお母さんのようにあまり話したがらないかもしれないけど、この時代の人は全員知らない人だし、変に思われても良いから聞いてみよう。
立ち上がり、服についている土ほこりを手で払ってから老人に聞いた。
「あの島に行きたいんですけど、どうやって行くかわかりますか?」
「はぁ、島か」
老人は表情を変えずに、首にかけているタオルで自分の顔をぬぐった。
「あんた、島に働きに来た人なんか?」
「いえ……そういうんじゃないんですけど、でもどうしても島に行きたくて。確かめたいことがあって」
「ほうほう」
しばらく黙り、腕を組んで私ではないその後ろ、海の方を見ながら言った。
「……わしの息子がそこで働いとるんじゃが、なかなか帰って来んのじゃ。帰って来た思うたら何も話さん。どう見てもおかしいじゃろう。あんな色になっとる島なんて」
老人は一歩、二歩と私の方ににじり寄り、腰を屈め私の顔に顔を近づけた。何かを確かめるようにじっと目を見つめられ私は体が固まってしまった。何? ちょっと怖い……。
「あんた、あそこで何が起きとるんかわかったらわしに教えてくれんかの。息子の様子もな。わしの家はそこの裏手にある、大きなくすのきがある家じゃ」
「え? あ……わかりました」
「約束じゃけぇの」
老人はすぐに顔を離し、目尻の下がった目をさらに細めて穏やかな口調で言った。
「近くの港から船が出とる。港はこの道を真っすぐに東じゃ。船に乗るにゃあ名簿と名前を確かめてから乗船しとる。そこをどうにかできりゃあ……」
「本当ですか? ありがとうございますっ!」
「このことは絶対に人から聞いた言うたらいけんぞ。あんたが困っとたけぇ、親切で教えただけなんじゃからな。なぁに、困っとる時ゃあお互い様じゃ」
「はいっ! 助かります!」
老人に深々と頭を下げて私は小走りに道を進んだ。途中で後ろを振り返ると老人がタオルを手に持ち、手を降っていたので私も大きく手を振り返した。




