第四章「闇夜の泡影」②
「アウローラ=イェスニーと申します」
雨の中に佇む、銀髪灰眼の女性。避難遅れか、あるいは……天日はその不思議な魅力に目を奪られてしまう。
ヘッドプロテクターの暗視機能のおかげで、夜雨に閉ざされた視界は補正されていた。それでも天日の意識は、前を行くボルトの背中だけに注がれている。遅れないよう無心で脚を動かした。
ボルトが不意に立ち止まった。仲間たちは即座に反応したが、天日は勢いを殺しきれず、ボルトの背にぶつかった。石壁のように固く、分厚い背中だった。ボルトは一切気に留めず、他の仲間に「先に行け」と合図を送ると、道の反対側を指差した。
「あそこ――見えるか」
ボルトの示す先に人影があった。土砂降りの中、傘もささずに瓦礫のあいだを歩いている。
「避難遅れか。誘導する」
ボルトは天日を伴って人影に近づいた。若い女性だった。上品な衣服の上に深くフードを被っている。その出で立ちは、避難遅れというにはどこかアンバランスに思えたが、ボルトはスピードを優先したように見えた。
「国防庁アジアリージョン司令部、バレンチノ=ボルト大佐です。シェルターの場所は分かりますか?」
ボルトが名乗り、問いかけた。女性は静かに首を振った。
「お名前は?」
続けて名前を訊ねると、女性は背筋を正して答えた。
「アウローラ=イェスニーと申します」
深々と一礼した。起き上がる拍子にフードがめくれ落ち、隠れていた顔が露わになった。
淡麗な造作。雨粒を弾くほど長い睫毛の奥で、灰色の瞳が静かに光っている。ずぶ濡れであるにもかかわらず、みすぼらしさの欠片もない。纏っているのは衣服ではなく、品格そのものだった。
「イェスニーさん、申し訳ないが、我々は先を急いでおり、お送りできません。近くのシェルターをご案内します」
ボルトが道順を説明するあいだ、アウローラは頷きながら静かに聞いていた。この状況下にあってなお、その表情には焦りも恐怖も見てとれない。凪いだ水面のような沈着さが、むしろ天日の目には異様に映った。
天日はそんな彼女に、無意識に見入っていた。
――ふと、視線がぶつかった。
天日の胸中に、脈絡のない感情が芽生えた。前後の文脈を欠いた異質な衝動。何と呼ぶにも難しいような――使命感、と言えば近いようにも思う。しかし、どこに向けたものか。何のためのものか。それすら掴めずに、束の間、溶けるように掻き消えた。
気がつくと、アウローラの視線はすでにボルトへ戻っていた。天日は短い夢から覚めたような心地で瞬きをした。目が覚めると夢のほとんどを忘れてしまうように、残滓だけが記憶の片隅に取り残されている。
「では、気をつけて」
説明を終えたボルトに、アウローラは再び深く頭を下げた。フードを被り直し、夜雨の中を足早に去っていく。その後ろ姿をわずかなあいだ見送ってから、二人は再び走り出した。
ご拝読ありがとうございます。
アウローラの登場。また新たな運命の交錯がはじまります!
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