第十三話「欠けた蛙」①
「……悪くないな」
ウムコント社の地下への侵攻を開始。最有力戦略地点を目指して、ボルトたちは速やかに行軍していく。
地下への階段は、思ったよりも長かった。
排水施設に偽装されたハッチの先は、コンクリートの壁に囲まれた細い通路が続いている。二人並べば肩が触れる幅しかない。天井も低く、ボルトとシモンは自然と背を屈めた。
配管が壁を這い、等間隔に設置された非常灯だけが足元をぼんやりと照らしている。
空気は冷たく、かすかに機械油の匂いがした。生活の気配はない。
踊り場に突き当たった。そこから先は設計図に存在しない空間だ。マリィが地層調査と通信傍受を重ね合わせて割り出した、ウムコント社の「裏の骨格」。
ボルトが先頭。右手にカービン、左手のサイバネティック・フレームは光量を落として待機状態。その後ろにシモン。同じくカービンを構え、無言で周囲を睥睨している。さらにアナスタシア。天日挟んで、セイヴが殿を務めた。肩に吊ったライフルの銃口を後方に向け、五人は声を発さず、ハンドサインだけで意思疎通を図った。
イヤーデバイスにマリィの声が入る。
『50メートル先にポイント・ブラボー。分岐を右折。予定通り、ポイント・チャーリーへ進行』
ボルトが右手の人差し指で右を示した。全員が頷く。
分岐点に差しかかった、その瞬間だった。
前方の暗がりから、乾いた金属音が響いた。靴底がコンクリートを擦る音。一つではない。複数。
ボルトの左手が拳を握った。停止の合図。全員がその場に凍りついた。
0.5秒の静寂。
そして、銃声。先に撃ったのは相手だった。閃光が通路の暗闇を引き裂き、弾丸がボルトの頭上を掠めてコンクリート壁に食い込んだ。
破片が飛び散る。
ボルトは身を沈めると同時に応射した。サイバネティック・フレームの左腕が淡い燐光を放ち、反動を完全に吸収する。
正確な二連射。前方で短い悲鳴が上がり、一つの影が崩れ落ちた。
「シモン!アナスタシア!」
ボルトの号令と同時に、シモンとアナスタシアが左右に散開した。
狭い通路での散開には限界があるが、二人はそれを心得ていた。壁を盾にしながら交互に前進し、制圧射撃を加える。
アナスタシアのサブマシンガンが短い連射音を刻み、全身のサイバネティック・フレームが薄い光を帯びた。常人では不可能な正確性で射線を切り替えていく。
天日は腰のホルスターからハンドガンを抜いた。半年前には握り方すら知らなかったものが、今は手の中で「居場所」を見つけている。
ただし、引き金に指をかけるたびに、あのコントロールセンターの記憶が一瞬だけよぎる。引けなかった引き金。あの夜の自分と今の自分の間にある距離を、天日は正確に測れずにいた。
戦闘は30秒で終わった。
通路に横たわるのは3人。黒い戦闘服、顔を覆うバラクラバ。装備は軍用に近い水準だったが、練度はSCTDの相手ではなかった。
「見張り程度だな」シモンが低く呟いた。
「本番前の準備運動にもならない」
アナスタシアが無表情のまま言った。シモンが一瞬だけ彼女を見たが、何も言わなかった。同意なのか不服なのか判然としないところが、この二人らしかった。
『ウルフ・ワンよりディアー・ワン。会敵、3名を制圧。被害なし。ただし発砲音で社内に感づかれた可能性がある』
『こちらディアー・ワン、了解。――ウムコント社の内部通信に動きが出ています。セキュリティ部門が緊急対応を開始。社内に警報が発令されました』
マリィの報告が終わるか終わらないかのうちに、頭上のスピーカーから鋭い電子音が鳴り響いた。
『緊急警報。本社ビル地下区画において不審者の侵入を確認。全社員は直ちに指定の避難経路に従い退避してください。繰り返します――』
事務的なアナウンスが、金属の壁に反響して幾重にも重なる。ディマンドの存在を知る者は、この会社のごく一部だろう。大多数の社員にとっては、突然の不審者侵入でしかない。
「好都合だ」
セイヴが冷静に言った。眼鏡の奥の目は、戦闘の直後にもかかわらず凪いでいた。
「社員の避難動線とルートが干渉しない経路へリルートするわ」
マリィの声に続いて、ゴーグルのレンズに修正ルートが表示された。天日はそれを目に焼きつけた。
「行くぞ」
ボルトが銃を構え直し、先頭に立った。
後ろに戻る選択肢は、最初からなかった。
*
修正ルートを進むにつれ、通路の様相が変わっていった。
排水管と非常灯だけの無骨な空間から、壁面に補強パネルが貼られ、天井には換気ダクトと照明が整備された区画へ。
地下2層に入ったあたりから、明らかに「使われている」空気に変わった。
3回目の会敵は、階段の踊り場だった。降りようとした瞬間、下方から銃火が上がった。
今度は5人。前の3人より動きが良い。連携も取れている。踊り場を挟んでの撃ち合いは一進一退で、狭い空間に硝煙が充満した。
シモンがカバーファイアを浴びせる中、アナスタシアが踊り場の手すりを掴み、サイバネティック・フレームの出力で一気に跳躍した。
頭上を飛び越え、敵の背後に着地する。不意を突かれた敵が振り向く間もなく、二人を無力化した。
残りの3人はシモンとボルトの射撃で沈黙した。
天日は階段を駆け降りながら、最後に動いた一人に照準を合わせた。相手はよろめきながらも銃を持ち上げようとしていた。
天日は躊躇わなかった。引き金を絞る。反動が腕を走り、弾丸は相手の肩を撃ち抜いた。男が銃を取り落とし、壁にもたれて崩れる。
「……悪くないな」
シモンが横を通り過ぎざまに言った。それだけだった。だが、その一言に含まれる温度を天日は正確に受け取った。
訓練で何十回と矯正された射撃姿勢、何百回と繰り返した引き金の感触。寡黙な教官が認めたのは技術ではなく、迷わなかったことの方だろう。
「周囲を確認」
ボルトの指示にセイヴが応じ、制圧した区画の安全を手際よく確保した。「クリア」セイヴが答える。
『ポイント・チャーリーまで160。最有力戦略地点よ』マリィが告げた。
『ただし注意して。地層調査で検出した設計図外スペースの中で、最も広い空間――構造が不明な部分が多い。何があるか分からない』
「了解。――油断するなよ」
ボルトの声はいつも通りだった。
だがその歩調が半歩だけ速くなったことに天日は気づいた。
ご拝読いただきありがとうございます。
決戦に向けたホップ、ステップ、ジャンプのホップに当たる話になります。疾走感を損なわないよう、続きを綴りたいと思います!ぜひ飽きずに読んでいただけると嬉しいです。
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