第九章「祈りの水深」②
「平等とは、何でしょうか。公平とは、何でしょうか」
天日に感化され食事を終えた二人、アウローラが語る決意とは……
「私たちもディマンドの行方を追っているのですが、あれ以来、こちらからは連絡が取れなくなってしまい――」
アクアリウムを出た二人は、トクズタワー内のナチュラルフードのレストランで食事をしていた。マリィが教えてくれたブラフマナスパティ社系列の店だ。
他愛のない話をしていたアウローラが、食事を終えると表情を切り替え、ディマンドのことを切り出した。
「アウローラが責任を感じることじゃないと思うけど」
天日はヴィタルマナ特区のホテルで聞いた、アウローラの告白を思い返していた。
「確かに、私には彼を正しい方向へ導くことができませんでした。彼だけではありません。彼についていったシン・シティの仲間たちも大勢――けれど、それだけが理由ではないのです」
窓際の席からは、アジアリージョンの巨大な街並みが一望できた。上海区の高層ビル群の向こう、西には中央区、北にはヴィタルマナ特区が霞んでいる。
「天日――平等とは、何でしょうか。公平とは、何でしょうか。長い時間をかけて議論され尽くしたはずなのに、私たちは、また同じ過ちを繰り返しています」
アウローラはそう言うと、長い沈黙を選んだ。自問の答えを探すように窓の外を見つめている。その視線の先に、境界が見えた。
雲がゆっくりとテーブルの上を横切り、影を落とした。天日は考える振りをしながら、彼女の言葉の続きを待った。
「――誰もが望むことを認められ、休むことが許される。幸せのかたちを自ら決めることができる、絶望のない世界。生きることも、死ぬことさえも、奪われてはなりません。だからこそ私は、正しく糺さなくてはならない。そう思っているのです」
その瞬間のアウローラの眼差しには、一点の曇りもなかった。
「ディマンドのやり方では真に世界は変わらないと――そういうこと?」
「ええ。私はそう信じています。だから、天日――どうか彼を、お願いします」
彼女が今日天日に会った目的は、SCTDへの期待を伝えることだったのだろう。あるいは、見極めることだったか。違法行為に手を染めてはいないとはいえ、アウローラたちシン・シティが急進的な思想の持ち主であることに変わりはない。シン・シティ自体は議会も注視する存在だ。
「アウローラの言っていることは、理解できる。――でも正直に言うと、僕にはよく解らない」
天日は視線をガラスに向けた。透明なアウローラの横顔が、街並みの上に重なっている。世界を憂う気持ちは本物だ。糺そうとする決意も。自らもまた正しくあろうとする覚悟が、その小さな体を何倍にも大きく見せている。
「ヴィタルマナだからって、不自由だとか、生き辛いとか。そういうのは……僕には解らない。経験がない。辛い記憶を探すほうが難しいくらいで、むしろ感謝している」
「天日……」
「僕にはむしろ、オリジンたちのほうがずっと苦しそうに見える」
天日はカップの縁を指先でなぞった。指の上を、マリィの声が通り過ぎていく。
「――マリィさんが言ったんだ。『魂が宿っていなかった』って。そう言って――多分、泣いていた。だからきっと、そういうことも君の言う間違いの断片なんだ。あんな思いをする必要なんて、ないほうがいい」
アウローラにとっては脈絡のない話だったはずだが、彼女はそれを静かに聞いていた。
マリィはつい漏らしてしまったのだと思う。だから「忘れて」と天日に言った。けれど天日はその一言が忘れられず、オリジン区画に来るたびに思い出してしまう。
「心配しないで。軍も警察もディマンドを止めたいと思っている。僕も――僕は、アウローラの言っていることは正しいと思う。だから、僕にできることはやってみるよ」
「ありがとう、天日」
アウローラの声は小さかった。その響きには、世界を変えようとする者の強さではなく、誰かを信じようとする者の覚悟があった。天日はそれに、何も返さなかった。
窓の外では、さきほどまでテーブルに影を落としていた雲が、いつの間にか流れ去っていた。
ご拝読いただきありがとうございます。
短い話ですが、①でお伝えしきれなかったアウローラの想いについて強くふれてみました。お楽しみいただけると幸いです。
↓Instagramでキャラクタービジュアル公開中
https://www.instagram.com/vitalmana2168/
↓TikTokでショートムービー公開中
https://www.tiktok.com/@sjrhsjm/




