第八章「炎と落ち葉」②
「大勢の人間が目の前で死んでいったよ。――あんなのはもうまっぴらだ」
シモンとセイヴ、二人の持つ悲壮な過去が、シモンをそうさせていた。それはまさにこの世界のしがらみそのものだった……
シモン=ナガンは、生まれてまもなく中東リージョンへ移住した。
父の仕事の都合だった。シモンの父は当時しがない舞台役者だったが、映画監督であったセイヴ=ガーリエルの父がたまたま渡航先で彼の芝居を観て、その才能に惚れ込んだ。出演のオファーが届いた時、シモンはまだ乳飲み子だった。この機会をどうしても掴みたかった父は妻と相談の末、撮影現場のある中東リージョンへの移住を決めた。
結果は期待以上だった。シモンの父はセイヴの父の眼に違わず見事な演技で名を馳せ、二人はその後も度々組んで作品を重ねた。
シモンとセイヴは、そんな父親たちに連れられてよく一緒に遊んだ。歳が近いこともあり、まるで兄弟のように育った。子供ながらに父親たちの映画が好きで、特にシモンの父が主演を務めたスパイ映画の真似事を飽きもせず繰り返した。
しかしある日、突然の悲劇が彼らを襲う。
西暦2138年――ヴィタルマナによる中東リージョンテロ事件。あろうことか、それは彼らが家族で訪れていた映画祭の会場がある観光区で勃発した。
*
「カトリーヌ、シモンを連れてハンスさんのところに行きなさい!」
シモンの父は正義感の強い男だった。目の前で銃を乱射するヴィタルマナに組みつくと、振り返らずにそう叫んだ。あのスパイ映画そのものだった。その父の姿を、シモンは今でも覚えている。
「パパ! パパ――!」
5歳のシモンは母の手に引かれ、泣きながら走った。何度も振り返り、何度も父を呼んだ。ようやく建物の陰に逃げ込んだその時、鈍い銃声が響いた。父の呻き声が聞こえ、母の足が止まった。見上げると、母の瞳から涙がこぼれていた。
子供ながらに、シモンは父が死んだのだと悟った。
初めて知る感情だった。足がすくみ、その場にしゃがみこんだ。心が錯乱し、意識を失うほど泣きじゃくった。その後自分がどのように助かったのか、シモンは覚えていない。
気がつくと、一人の若い軍人に抱えられていた。母と共にセイヴたちのもとへ辿り着いた時、シモンは気を失っており、母の背中には3発の銃痕があった。
セイヴと彼の父が駆け寄ると、シモンの母は安堵したようにその場に崩れ落ちた。
「この子を……どうか……お願いします」
最期にそう言い残し、セイヴの両親にシモンを託して絶命した。彼らは精一杯伝わるよう、何度も大きく頷いた。
それからシモンはセイヴの家族に連れられ、シェルターへ避難した。
*
数百人のヴィタルマナによる一斉蜂起。いくつかの施設が占拠され、抵抗したオリジンは制裁を受けた。軍と警察が鎮圧するまでの間に、死傷者はおよそ二千人に上った。
シモンはその後、ガーリエル家に引き取られた。だが当時のことを片時も忘れることはなかった。物心がつき、大人になるにつれて、ヴィタルマナへの憎しみは深く根を張った。
セイヴはそんなシモンの気持ちを理解し、本当の兄として常に寄り添った。憎しみに共感し、辛さを分かち合った。しかし同時に、ヴィタルマナという存在ではなくテロという行為そのものを否定するよう徹した。
それはセイヴの父の教えでもあった。映画監督であったセイヴの父は、社会風刺や歴史的事件を好んで題材にしたが、異なる価値観や背景への敬意を忘れず、偏った描写にならないよう心掛けた。そうした父の背中が、セイヴという人間を形づくっていた。
シモンがその憎しみを誤った方向へ向けなかったのは、セイヴの存在によるところが大きい。
「シモン、俺と一緒に軍へ入ろう」
シモンが14歳を迎えた誕生日に、セイヴは言った。決して消えることのないシモンの瞋恚の炎に、正しい意義を与えてやりたかった。
「セイヴも入るの?」
聞き返すシモンに、セイヴは頷いた。
幼い頃、セイヴには映画監督の父や役者の母のようになりたいと思った時期があった。しかしこの頃にはもう、特にやりたいことはなくなっていた。セイヴには我欲というものがなかった。家族に恵まれ、友人に恵まれ、才能にも恵まれた人生観は、若くしてすでに成熟していた。
セイヴにとって生きるということは、何かを探す旅ではなく、流水に漂う落ち葉のように運命に身を委ねることだった。シモンのせいでも、テロのせいでもない。――軍人になることは、そういう意味で必然だった。
多くの仕事は責任能力さえ担保できれば何歳からでも始められるが、いくつかの専門職には年齢制限がある。軍人は18歳以上と定められていた。セイヴは18歳になるとすぐに入隊した。自分が先に入ることで、シモンの道標になれると考えた。
いざ入ってみれば、想像以上だった。大半の軍人にとって訓練とは、うまい酒を飲むための前菜に過ぎない。臨場感のない机上の作戦で高得点を取っては悦に浸る連中を横目に、セイヴは二年間を過ごした。シモンの入隊を待ちながら。
ある日、声を掛けられた。
「俺の部隊に来ないか」
名乗ったのはバレンチノ=ボルト少佐。あの日――シモンとシモンの母を抱えてセイヴたちのもとへ駆け込んできた、あの若い軍人だった。セイヴはすぐにそれと判った。
「少佐、自分は軍の現状に不満があります」
セイヴは率直に言った。シモンを説得して、いっそ警察に転職することすら考えていた矢先だった。
「気が合うな」
ボルトは笑った。
「少佐は、なぜ軍人を続けているのですか」
「俺は12年前のテロの現場に参戦していた。あの時はお前よりもずっと新人で、右も左も分からないまま駆けずり回ることしかできなかった。大勢の人間が目の前で死んでいったよ。――あんなのはもうまっぴらだ」
セイヴを見るボルトの目は焦点が定まっておらず、遠くの何かを見ているようだった。
「世界連合統一国になって、外務は事実上なくなった。軍と警察を統合する話も耳にする。それならそれで俺は構わん。だがな――いつか争いは起きる。内戦だろうとテロだろうと、必ずだ。その時にちゃんと役に立つ人間を、俺は集めている。お前みたいな、な」
セイヴは不意に涙を流した。これまでどこか他者と一線を引いてきた自分が、この時ばかりは心を開いた。あの日の子供が自分であることをボルトに打ち明け、もうすぐ入隊するであろうシモンのことも告げた。ボルトはシモンも自分の隊に入れることを約束した。
*
シモンの視線が、天日を射抜いていた。
天日はその瞳を正面から受け止めた。この交錯した視線だけが、シモンとの関係をかろうじて繋ぐ細い糸のように思えた。手放せば二度と結び直せない。――天日はそれを手放すまいと、黙って立っていた。
セイヴがゆっくりとシモンに歩み寄り、その隣に並んだ。大きな掌がシモンの背に触れた。
「シモン、お前の気持ちは理解している。大佐もだ。だがなあシモン――俺たちはテロから人々を守るために入隊したんじゃないのか。それとも、お前は違うのか」
諭すような、やわらかい声だった。天日は二人の間に流れるものの正体を、言葉に纏わる空気で理解した。
シモンは何か言いかけて口を開いたが、言葉が見つからなかったのか再び閉じた。
「天日は、お前の敵なのか」
セイヴの不意の問いに、天日の心臓が跳ねた。思わず唾を飲み込む。
シモンは首を横に振った。
「……了解した」
短くそう言い、シモンはボルトに敬礼した。
ボルトは気持ちのよい風が吹き抜けたように目を細め、静かに微笑んだ。
ご拝読ありがとうございます。
回想パートですが、ヴィタルマナの世界に漂う空気を濃縮したような物語です。シモン・セイヴの人格と共に、楽しんでいただけると嬉しいです。
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