↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無窮のヴィタルマナ(旧)  作者: 誤日脱日
PR
15/35

第八章「炎と落ち葉」①

「力そのものは、ただそこに在るだけです」

アウローラの告白を受けて、天日(アメノヒ)たちは地下8階作戦会議室にいた。未知に対する人間の本能的な恐怖にボルト隊はどう向き合っていくのか……

 雨は降っていない。だが晴れてもいない。


 灰白色の雲が低く垂れ込め、リグ・ベータ社の窓からは陽の差す気配すらない。

 もっとも、地下8階の作戦会議室には窓そのものが存在しないから、天候がどうであれ関係のない話だ。空調の微かな駆動音だけが満ちるこの部屋には、曇天がよく似合う気がした。

 ディスプレイにアウローラの声が流れている。


『――たとえ心にないようなことであっても、相手が自ら望んでいたかのように錯覚させ、その気にさせてしまう』

 先日の映像記録だった。

 SCTD(特殊テロ対策課)に与えられたこの一室。――テロの夜と同じリグ・ベータ社の会議室――に、あの日と同じ顔ぶれが揃っている。ボルト大佐、マリィ、セイヴ、シモン、アナスタシア。

 SCTD(特殊テロ対策課)には他にも人員が充てられているが、今この場にはいない。中央区に大掛かりな軍の設備はなく、警察への間借りは上層部いわく「軍の沽券に関わる」とのことで却下されたらしい。ボルトはそれを聞いて呆れていた。


 映像が途切れると、最初に声を上げたのはマリィだった。


「そんなことって。――それはもう洗脳と呼ぶべきよ」

 椅子の背に体を預けていたマリィが、身を起こしてテーブルに手を置いた。指先が立って、白くなるほど力がこもっている。

 アウローラが「呪い」と呼んだ、ヴィタルマナの持つ他者を感化する能力。――その輪郭が言語化されたことで、研究者としての警戒が一気に表層へ押し上げられたのだろう。


「もしそんなことが可能なら、政治はもちろん、宗教、産業、あらゆる分野でヴィタルマナが席巻することになるわ……議会が恐れるのも理解できる」

「落ち着け、マリィ」

 ボルトが片手をマリィの肩に置いた。視線が、促すように天日(アメノヒ)へ向く。マリィはその誘導に気づき、口を噤んだ。


「――ごめんなさい」

 天日(アメノヒ)に向けた謝罪だった。天日(アメノヒ)自身は気にしていなかったが、気にしていないと口にすればかえって気を遣わせる。黙って首を振るにとどめた。


「天日(アメノヒ)、君はどう思う」

 ボルトが問いに、天日(アメノヒ)は一拍おいて口を開いた。


「マリィさんの懸念はもっともですが、分からないことのほうが多い、というのが率直な感想です。ただ――単純に影響を与えるということだけであれば、現実に起きていることとさほど変わらない気もします。政治にしても宗教にしても、人は理屈として正しいから信じているわけではありませんから」

「つまり、その能力があるとして、だからどうした、とでも言うのか」

 ボルトの声に咎めの色はなかった。単に確認している。


「いえ。ただ――たった一人のカリスマが多くの民衆を巻き込んで起こした事件は、オリジンの歴史にもいくつもあります」

 天日(アメノヒ)は右手を持ち上げ、人差し指と親指で銃の形を作った。指先をボルトに向ける。


「たとえば、僕の指から銃弾が発射できるとしたら、ボルト大佐はどう思いますか」

「そりゃあまあ、ずいぶん物騒な話だ」

「ですよね。僕だって怖いです。しかし――」

 天日(アメノヒ)は指先の照準をずらし、ボルトの腰のホルスターを示した。


「ボルト大佐がそのハンドガンを持てば、同じことができてしまう。実際の脅威はさほど変わらない」

 ボルトはホルスターからハンドガンを抜き取り、手の中で転がすように眺めた。


「力なんてものは、使う者次第ってことか」

「力そのものは、ただそこに在るだけです」

 天日(アメノヒ)は一度言葉を切り、マリィに視線を移した。


「ですが、マリィさんの言うことも解ります。未知を恐れるのは生きる者の本能です。問題はその『程度』でしょう。どれほどの人数に、どれほどの行動を強制できるのか。どのくらいの時間有効なのか。仮に世界中の人間を自在にコントロールできる力なら、それは生物には過ぎたものです。かつて人類が生み出した核のように、存在そのものを罪に問うことにもなり得る。――いずれにしても、能力を正確に評価しないことには何とも言えません」

 もっともらしく述べたものの、煎じ詰めれば「よく分からない」と言っているに過ぎない。それは天日(アメノヒ)自身にも解っていた。

 ただ、力そのものを断罪の対象にすべきではない。――その思惑が多少は働いていた。


「でもアウローラ自身も『呪い』と――それに議会が恐れているなんて」

「決めつけるわけではありませんが、政治が間違えないのだとしたら、人類の歴史はこうなってはいません」

 天日(アメノヒ)は無責任に笑顔を作った。マリィの眉がわずかに動いたが、その表情は先刻より幾分やわらいでいた。


「確かに、冷静に考えてみれば天日(アメノヒ)くんの言うことも解るわ」

「あくまで憶測の上でですが」と天日(アメノヒ)は前置きした。「今のところ、議会が感じるほどの脅威があるとは感じていません。まず、この能力を扱えるヴィタルマナ自体が稀であること。そして仮に洗脳めいたことができたとしても、多少手続きが簡便だという程度ではないか。ディマンド=ツェツェも――『あれば便利』くらいに考えている気がします」

「十分怖いと思うけど……そんなにあっさり言うのね」

 マリィは呆れたように肩を落としたが、その声色にはどこか安堵が混じっていた。


「前々から思っていたけど、天日(アメノヒ)くんって、どこか浮世離れしてない?」

 天日(アメノヒ)はその評価を否定も肯定もしない。代わりに切り出した。


「実は――たぶんなんですけど、アウローラの力の影響を受けた気がするんです。僕が」

「なんでそれを先に言わないの、天日(アメノヒ)くん」

 ボルトが目を丸くした。


「すみません。あの時は小さな違和感を覚えた程度で、何が起きたかまでは分からなかったんです。突然、僕の中には存在しなかった使命感のようなものが芽生えた。ふと思い出した、そんな不思議な感覚でした。今になって思えば、それはディマンドを止めようとしたアウローラの想いに感化されたのかな、と」

 テロの起きた日の雨の中、アウローラと目が合ったあの一瞬を反芻しながら話した。


「ただ、記憶が操作されたり書き換わっている覚えはありません。少なくともアウローラの力に限っていえば、前後の文脈もなしに直接言動に影響を及ぼすことは難しいように感じます。もちろん意図的に出力をコントロールできるなら、その限りではありませんが」

「……そうね。私から見ても天日(アメノヒ)くんが突然変わったようには見えないわ」

「いずれにしても、もう一度アウローラに会って話すべきだと思っています。それに――ディマンドは僕にもその力を感じたそうなので」

 ボルト大佐は腕を組み、数秒だけ思案した。が、すぐに口を開いた。


「分かった。その能力の件はすまないが天日(アメノヒ)に頼む。ディマンドへ繋がる可能性もある。議会は知った上で隠しているんだ、聞いたところで何も教えてはくれんだろう」

 その言葉で天日(アメノヒ)は本題から逸れていたことに気づいた。

 SCTD(特殊テロ対策課)の本来の任務は新たなテロの予防と、いざ起きた場合の阻止だ。


「目下の作戦は内通者の調査とセキュリティ対策の強化だ。諜報活動は警察と合同になる。セイヴ、手筈どおりに動いてくれ」

「了解です」

 ここまで黙って聞いていたセイヴが、短く応じた。


「マリィはセキュリティ対策を頼む。内務省の防衛システムはもちろん、あらゆる機関システムへの攻撃を警戒する必要がある。中東リージョンの専門部署と連携してくれ。ラシドが久しぶりに『ペイル・ドゥ』と仕事ができると喜んでいたぞ」

「ペイル・ドゥ?」

 天日(アメノヒ)は思わず尋ねた。


「聞いてないのか。俺たちの界隈じゃあ、泣く子も黙る『ペイル・ドゥ』と言えば知る人ぞ知る有名人だぞ」

 ボルトは得意げだった。


「そうなんですか」

「バル、余計なこと言わないでよ。昔の話よ」

 マリィは気恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 ブラフマナスパティ社に来る以前のマリィについて、天日(アメノヒ)は詳しく聞いたことがなかった。まさかそんな異名を持つ人物が自分の上司だったとは、素直に驚いた。


「とにかく――ラシドのチームが協力してくれるのはありがたいわ。まずは課題の洗い出しから始めてみる」

「……とまあ、そんな具合で各々よろしく頼む。敵さんはいつ仕掛けてくるか分からん。適宜進捗を共有しながら進めよう」

 ボルトの言葉で会議は自然と閉じかけていた。だが天日(アメノヒ)は、ずっと考えていたことを切り出した。


「ボルト大佐、あの――お願いがあるのですが。僕に戦い方を教えてくれませんか」

「戦い方? ディマンドのことなら気にする必要はないぞ」

 それもあった。だが天日(アメノヒ)の脳裏にあったのは屋台街の光景だった。取り囲まれ、何もできないまま地面に押さえつけられた無力。


「そうよ」

 マリィが心配そうに天日(アメノヒ)を見ている。


「勝手なお願いだとは思っています。ですが、いざという時に何もできないのは――」

 天日(アメノヒ)が見上げると、ボルト大佐は眉を寄せて天井を仰いだ。

 数秒の逡巡のあと、両手を広げてお手上げという仕草をみせた。


「わかった、わかったよ。そんな目で見るな。――シモン、時間のある時でいいから天日(アメノヒ)に稽古をつけてやれ。護身程度の格闘術と銃の撃ち方を教えてやってくれ」

 溜息まじりの指示だった。


「シモンさん、お願いします」

 天日(アメノヒ)はすかさず頭を下げた。

 しかしシモンは天日(アメノヒ)に目もくれず、困惑した表情でボルト大佐を見た。


「自分が……でしょうか」

 露骨な拒絶だった。ただ嫌というだけではない。何かを含んだ、もっと複雑なものがその表情には滲んでいた。


「そうだ」

 ボルト大佐の声は、少し強引だった。


 シモンが口を噤む。


「シモン……」

 セイヴが心配そうに声を掛けた。シモンは目を伏せ、床の一点を見つめている。

 室内の空気が変わった。誰もが何かを察し、言葉を呑み込んでいる。


 わずかな静寂の後、シモンが口を開いた。


「自分は……ヴィタルマナを憎んでいます。だから自分は適任ではありません」


 その視線の先には、天日(アメノヒ)がいた。

ご拝読ありがとうございます。

シモンの胸の内を感じながら、ヴィタルマナの世界観をより感じていただけると幸いです!


↓Instagramでキャラクタービジュアル公開中

https://www.instagram.com/vitalmana2168/


↓TikTokでショートムービー公開中

https://www.tiktok.com/@sjrhsjm/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。