第七章「交わる掌」②
「『星が綺麗ですよ』と説いて回るより、大きな花火を打ち上げる方が効率が良い」
境界線の向こう側で、交わるもう一つの掌。マスクの男、ディマンドは何を思い、どこへ向かうのか。
アジアリージョン中央区。とある高層ビルの一室。
ディマンド=ツェツェはソファに腰を預け、組んだ足の上で指を遊ばせていた。白いベネチアンマスクが室内の照明を鈍く反射している。テーブルの上にはワインボトルと、グラスが二つ。片方だけに赤い液体が注がれていた。
扉が開いた。
「あら――何か嬉しいことでもあったのかしら。それとも悲しいこと?」
入ってきた婦人は、部屋のなかを一瞥するなり言った。上品な仕立ての衣服に身を包み、ベール付きのカクテル帽を被っている。一歩後ろに屈強な体躯の男が控えていた。
「さて、何のことでしょう。良いワインが手に入りましてね。旧友を招いて自慢の一つでもしようかと思った次第です」
ディマンドは立ち上がり、婦人をソファへ促した。
「結構よ。あまり好きではないの」
婦人はワイングラスに目もくれず腰を下ろした。それからマスクを指さした。
「それより――その変なマスク、外したらどう?」
「見苦しい顔をお見せするよりも、この方が幾分かましと言うもの――ご容赦を」
婦人は微笑を浮かべたが、追及はしなかった。ディマンドと向かい合わせに足を組み、膝の上で手を重ねる。姿勢に隙がない。
「しかし――やはりと言うべきか。お嬢様にご理解いただくのは難しそうですね」
ディマンドが切り出した。
「そう。あの子にはあの子の役割があるわ」
「ほう、そうですか」
それ以上は踏み込まなかった。婦人はベールの内側からグラスデバイスを掛けた。
「あなた、国防庁に出し抜かれたそうね」
「ええ。狼を飼っているとは聞いておりませんでした」
ディマンドは両手を広げ、大仰に嘆いてみせた。だが声音には笑みが滲んでいた。婦人はそんな猿芝居を気にも留めず、レンズに映る情報を目で追っている。
「その狼を使って、国防庁は警察庁と合同でテロ対策組織を立ち上げたわ。国防庁の長官がここぞとばかりに力説していたのは、そうね――なかなか見物だったわね」
「それは結構――で、議会のほうはいかがでしょう」
「小康状態というところかしら。警察と軍の統一化の話も、ひとまず頓挫するでしょうね。今はそのほうが都合がいいわ」
婦人はレンズから目を離し、初めてディマンドを正面から見た。
「それで? あなたはどうするの」
「どうということもありません。知りたいことは知れた。手札は揃っている。私は私の役割を果たすだけです」
ディマンドは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。眼下に広がる夜景を見下ろす。無数の灯りが雨に霞んでいた。
「しかし――多くの血が流れることになるかもしれない」
「最初からそのつもりだった、とは言わないでほしいものね」
「とんでもない。私は平和主義ですよ。しかし、私の小さな掌では零れ落ちるものもある。仕方のないことです」
婦人は黙って聞いていた。ディマンドは窓に向いたまま続けた。
「変化を起こすためには面倒な根回しよりも鮮烈な刺激の方が効果的――私の持論です。いくら星が輝いていても、空を見上げる習慣のある者などたかが知れている。『星が綺麗ですよ』と説いて回るより、大きな花火を打ち上げる方が効率が良い」
視線が空へ向いた。重たい雨雲が月を呑み込もうとしていた。
「一雨きそうですな」
ディマンドは振り返った。
「どうなさるので」
婦人は微笑んだ。穏やかで、どこまでも端整な笑みだった。
「私は果実が実るのを待つだけ。実らなければいつもの食事をいただくだけよ」
「それはずいぶん殊勝なことで」
「アルフレッド議長もその重責を長きに渡って一身に受けておいでですから。――ご苦労が過ぎてもいけませんわ」
その意味を正確に汲み、ディマンドは口元を歪めた。
婦人はグラスデバイスを外し、丁寧にケースへ収めると、背後の付き人に手渡した。
「ところで先生。――一つ、ご相談がありまして」
ソファに戻ったディマンドが言った。
婦人は脚を組み替え、ベールの奥から静かにディマンドを見た。
「私はあなたが何を考えているのかなんて解らないし、知りたくもないわ」
一拍の間。
「――けれど、困ったことがあれば理由を聞かずに手を差し伸べる。それが旧友というものなのでしょう?」
ディマンドの乾いた笑いが、薄暗い室内にこだました。
ご拝読ありがとうございます。
一方その頃、的な場面になります。物語的には表と裏、の裏にいるディマンドですが、その人格にも魅力を感じていただけると嬉しいです!
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