51 真夏の攻防戦(1)
岸から三海里ほど離れた洋上に一隻のクルーザーが停泊していた。
「うーん。海の上って気持ちいぃ!」
岩咲桃子が大声で叫んだ。
「誘ってくれた真里に感謝だね!」
そう言ったのは三津井涼子だった。
「芹香と香里奈も来れば良かったのに。」
角共京華がボソッと翻した。
水着姿の三人はクルーザーのフロントデッキに寝転がり、日光浴を楽しんでいた。
桃子は名のとおりを狙っていたのかピンクのワンピース。
涼子は黄色のビキニ。
京華は黒のビキニ。
十八歳の現役女子高生の水着姿は健康的であり、大人になりつつある色香には妖艶さが混じり始めていた。
サンサンと降り注ぐ真夏の太陽の日差しが眩しい。日焼け止めを塗ってはいるものの、ジリジリと肌が焼かれる様な感覚。時折り吹く潮風が心地良かった。
後部デッキでは紀夫と真里が釣り糸を海に垂れていた。
「釣れませんね。」
フィッシングシートに座っていた真里が、愚痴を溢した。真里は水色のビキニの上にフードの付いた白いパーカーを羽織っていた。紀夫の好きな色が青と白だと知っての組み合わせだ。あざとい。
真里がつまらなさそうにしているのを見て、紀夫は言った。
「場所を変えるか?」
「ええ、そうしましょ。」
二人は釣り竿をしっかり握ると、電動リールのスイッチを入れ糸を巻き始めた。
竿を仕舞うと真里はフロントデッキに向けて叫んだ。
「船を移動させるから皆んな後ろに来て!」
寝転がっていた三人は体を起こすと後部デッキに移動する。
「全員ライフジャケットは着てるか?」
「はーい!」
四人がオレンジのジャケットを着用したのを確認して、紀夫はエンジンを始動した。スロットルを動かすとクルーザーは動き出す。
五人を乗せたクルーザーは、舳先から白い波飛沫をあげながら更に沖へと向かった。
何故、紀夫と真里が真里のクラスメイト達と海の上にいるのか。
それは数時間ほど前に遡る。
真里が運転するレクサスが行き着いたのは、海辺にある佐々倉家の別荘だった。
三階建ての別荘は外観が洋館風であり、寝室や客間などが二十部屋。会議室が大小合わせて三部屋。ちょっとしたパーティーが催せるくらい広いダイニング。十人が余裕で入れる浴場。そして別荘専属のメイドや料理人といったスタッフ達。住み込みのスタッフ達の為のアパートが別荘のすぐ側に建てられていた。
別荘裏に広がる海岸は五百メートルに渡る砂浜が広がり、プライベートビーチだった。
ちょっとしたプチリゾートホテルだ。
別荘は佐々倉家の個人所有なのだが、使ってない時は佐々倉で働く社員達に研修や会議、保養所として安く貸し出している。
真里と紀夫が到着したのは昼前だった。
「お待ちしてました。お嬢様。」
スタッフ達をまとめている管理人が出迎えた。
「お昼の用意をお願いします。」
「既に用意できてます。」
「アレは届いてますか?」
「はい。整備を終えてますので直ぐにでもお使いになれます。」
「ありがとう。」
「ではダイニングへどうぞ。」
レクサスに乗っている荷物はメイド達が運んでくれるらしく、真里は紀夫を促してダイニングへと移動した。
用意された昼食を食べ終え、玄関脇のロビーへ移動する。ソファに座ると、メイドがコーヒーを出してくれた。
紀夫がポケットからラッキーストライクを出し口に咥えると、メイドがデザインの凝った灰皿とマッチを持ってきてくれた。メイドがマッチを擦り紀夫に火をかざす。火の着いた煙草を吸うとマッチ独特のリンが燃えた香りがした。
煙草に火を着けてくれるメイドって、どこの水商売の娘なんだかと思いながら紀夫は苦笑いをし、メイドに『ありがとう』と礼を言った。
二十代前半と思われる顔の整ったメイドは、顔を少し赤らめながら下がっていった。
紀夫とメイドの様子を見ていた真里の頬がプーッと膨れていた。
一息ついていると、外では高級車が次々とやって来るのがロビーの窓ガラス越しに見えた。
「どうやら、皆んなが着いたようです。」
真里は出迎えの為、玄関から外に出た。
三台の車からは、それぞれ個性のある美少女達が降りてきた。
「皆んな、遠いところよく来てくれました。疲れたでしょ。」
真里がそう言うと、彼女達も応えた。
「真里、お招きありがとう。」
「お世話になるわ。」
「夜の接待なら任せてね。グフフ……」
若干一名が怪しすぎるのだが、真里はいつもの事とスルーした。
紀夫も三人の美少女達に挨拶した。
「やっぱり、カッコいいなぁ。」
「大人の色気、すごっ!」
「今夜、私はめちゃくちゃにしてもらえるのね……」
やはり一人だけ怪しすぎるのだが、紀夫は聞こえなかったフリをした。
月曜日に真里が言ったお願い事とは、別荘にクラスメイトを三泊四日で招待するので、紀夫に一緒に来て欲しいという事だった。女子高生ばかりの集まりに気が引けた紀夫は断ったのだが、業務命令だと言われ渋々頷いた。
内心は職権乱用の横暴だと言いたかったのだが、上目遣いで『お願い!』と懇願され、籠絡された。
三人はメイドに案内され、それぞれに割り当てられた部屋へと入っていった。
「私達も着替えましょう。」
「ん?着替える?」
「裏のプライベートビーチに行くんです。だから水着に着替えないと。」
そう言って真里は紀夫を連れて客間へと案内する。
部屋に入ると紀夫の荷物は届けられていた。が、何故か真里の荷物も一緒に置いてある。
真里は自分の荷物を開けると、中から水色のビキニを出した。
背中のファスナーを下ろしてワンピースを脱ごうとした。
「真里さんや、何をしようとしてるのかな?」
紀夫は真里に近づくと彼女の腕を掴み、脱ごうとしているのを止めた。
「え?水着に着替えようとしてるんですけど?」
何か問題でもありますか?と言わんばかりに、真里はコテンと首を傾げた。
「着替えるのなら自分の部屋でしてくれないか?」
「私の部屋はここですよ?」
「ここは俺の部屋じゃないのか?」
紀夫は置かれている自分の荷物を指差しながら言った。
「ええ、そうですよ。ここは紀夫さんと私の部屋です。」
「いやいやいや。なんでそうなるんだ?」
「婚約してるのですから、同衾って言うんでしたっけ。一緒の部屋で問題ないです。」
そう言いながら真里はチラッと大きなダブルベッドに視線を送った。
「大いに問題ありだ!俺も着替えるから、サッサと自分の部屋に行ってくれ!」
紀夫はワンピースのファスナーを閉め、真里に水着を持たせると部屋から追い出した。
「紀夫さん、いいじゃないですか!」
「全然良くない!真里の荷物は後でメイドさんに運んでもらうよう頼んでおくよ。」
紀夫はドアの鍵をかけ、フーッと息を吐いた。
水着に着替えた紀夫はロビーにいた。水着と言っても濃紺のサーフパンツに白のパーカーを羽織っただけだが。
しばらくして真里達もロビーに集まった。
「私から紀夫さんにプレゼントがあるんです。」
「何をくれるんだ?」
「ここには無いんです。ついてきて下さい。」
四人の美少女達は知っているらしく、ワクワクと期待感を表していた。彼女達の表情に紀夫は疑問を抱いた。
別荘を出ると真里を先頭にして、ビーチの端に向かって歩き出す。砂浜の端にはコンクリートの護岸で囲われた小さなマリーナが作られていた。
「これが紀夫さんへのプレゼントです。」
真里が右手で示す先には、新品の白いクルーザーが一隻、桟橋に係留されていた。
「真里?プレゼントってこのクルーザー?」
「ええ、そうです。」
「いやいや。こんな高価な物、貰えないよ。」
「遠慮なさらないで下さい。これは一種の対価ですから。」
「対価?どういう意味だ?」
「紀夫さん、一級小型船舶の免許をお持ちですよね。」
「ああ、持ってる。まぁ、それも調べてあるわなぁ。」
佐々倉に対し、隠し事は一切出来ないのでは無いかと紀夫は少し落胆した。
「気落ちしないで下さい。」
「大丈夫だ。と言うか、読めたぞ。俺にこのクルーザーを操縦して、海に連れ出せって事だな?」
「正解です。さすが私の紀夫さんです。」
「いや、俺は真里のモノでは無いんだがな……」
「何をゴニョゴニョ言ってるんですか?」
二人の惚気を見せつけられ、美少女三人は内心、勘弁して欲しいと思っていたのだが、これからクルーザーでクルージングに連れて行ってもらう立場から、ジッと我慢するしか無かった。
「真里、そろそろクルーザーに乗せてくれないかな?」
京華が代表して言った。
「あ!ごめんなさい。すぐに案内するわ。」
桟橋をつたい、クルーザーに乗り込んだ。
クルーザーは結構、大きかった。
全長、十七メートル。
全幅、五メートル
総重量、十九トン。
五百馬力のエンジン二基の二軸推進。
最大乗員数、九名。
キャビンは二層構造となっていて、後部デッキにはトローリングができる様な仕掛けとフィッシングシート。キャビンの上にもデッキがあり、上から周りの状況を見ながら操縦できる様になっている。
キャビンの中は一層目に操縦席があり、それを囲む様にソファシートが置かれている。キャビン後部にシャワールームとサニタリーがあった。
階段を降り、船艙部となる二層目にはミニキッチンのあるリビングルーム。奥には三段ベッドが三基ある寝室。
冷蔵冷凍庫なども装備されていて、外洋に出て何日間かトローリングができる仕様だ。
「良い船ねぇ。」
「私んちも買わないかなぁ。」
「誰か操縦できるの?」
「ん?うちは誰も船を操縦できない。」
「じゃ、買う意味無いじゃん。」
美少女達はクルーザーの豪華さにテンションアゲアゲの様だ。
「紀夫さん、これ。」
真里がクルーザーのエンジンキーを渡した。
「本当にコレ、貰って良いのか?」
「ええ。その代わり、私達を楽しませて下さいね。」
「ああ、お安い御用だ。」
紀夫は全員にライフジャケットを着せた。
美少女達からの要望で、出航はキャビン上の屋上デッキで操縦することになった。
桟橋では別荘の管理人が、係留していた舫を解いてくれた。
屋上デッキに上った美少女達は操縦席の紀夫の側に集まり、全員で声を合わせた。
「出発進行〜!」
いや、その掛け声は電車だから!と内心でツッコミを入れつつ、紀夫はエンジンをかけ、スロットル操作するとクルーザーはゆっくりと微速前進し始めた。
お読みいただきありがとうございました。
(`-ω-)y─ 〜oΟ




