47 いつもと違う朝
初めて評価いただきました!
嬉しいッス!
ありがとうございました!
ドドドドド…
重低音のエキゾーストノートが道幅の狭いオフィス街に響く。朝とは言え夏の日差しは強烈で、照らされたブルーメタリックの燃料タンクがギラギラと輝く。
黒のヘルメット、マジックミラーのレイバン、白のヘインズ、インディゴブルーのリーヴァイス、編み上げのハッシュパピーを身に纏ったライダーが乗るハーレーは、佐々倉ビルディングの地下駐車場へと吸い込まれていった。
ハーレーを駐めた紀夫は入り口へと向かう。『おはようございます』といつもの様に挨拶すると、警備員達からも『おはようございます』といつもの様に挨拶が返ってくる。
いつもの様にエレベーターに乗る事はせず、紀夫は警備員詰所の横にある非常階段を上りだした。
駐車場は地下二階にあり、地下一階には飲食店や理髪店などがテナントとして入っている、ちょっとした地下街になっていた。地下街は佐々倉の社員だけでなく一般にも開放されている。地下街は地下鉄の駅へと繋がっているので通勤客の需要が見込めるからだ。
非常階段から地下一階に出た紀夫は、地下街の端にあるクリーニング店の前に来た。朝の早い時間にも関わらず、クリーニング店は開いていた。早朝から需要があるからだ。
「おはようございます。」
紀夫がそう言いながら店に入ると、
「いらっしゃいませ。」
と店の奥から声がした。しばらくして店の奥から声の主がカウンターの前にやって来た。
「久保田さん、おはよう。」
満面の笑みを浮かべた女性が、手に持っていた品をカウンターの上に置いた。紀夫がクリーニングに出していたYシャツとTシャツだった。
夏に入り紀夫の通勤時の装いはラフだ。会社についてからスーツに着替える。仕事を終えると一日着ていたシャツをクリーニング店に預け洗濯を頼む。仕上がったシャツを朝受けとり、それを着る。最近のルーティンだ。
今来ているTシャツは既に汗を吸っていて肌にピタリと貼り付く感じがある。このシャツも着替えた後はクリーニングに出す。
汗を吸ったシャツは少し透け気味だ。痩せマッチョの大胸筋がシャツ越しに浮かぶ。
目の前の若い女性、歳は二十代後半かと思われる川野冴子の熱い視線は自然とそこに向けられている。
「毎日、暑い中、バイクで通勤って凄いね。」
「そうですか?俺からするとエアコンが全開にも関わらず、全く効果の無い満員電車に詰め込まれて通勤する人達の方が凄いと思いますよ。俺にはムリ。」
紀夫はそう言って袋に入ったYシャツとTシャツを受けとった。
「じゃ、いつも通りにお願いします。」
紀夫は自分の社員証を冴子に渡した。冴子がレジのカード読み取り機に紀夫の社員証を当てると、ピッと音がした。
クリーニング代はツケにできる。月末精算の翌月給与から天引きされる仕組みになっている。佐々倉ビルディング地下街の店舗利用において、同様にツケが利く。
「はい。ご利用ありがとうございました。」
冴子は社員証を紀夫に返した。紀夫が社員証を受け取る際に、紀夫の指が社員証を持つ冴子の手に触れた。『アン…』と冴子から艶のある呻きが溢れる。紀夫は気にせず社員証を掴むと、今度はその手を冴子の手が包み込んだ。
「久保田さん。」
「はい。」
「お願いがあります。」
「なんでしょう?」
「久保田さんのハーレーに乗せてください。」
「えっと…それは後ろに乗りたいって事ですか?」
「いいえ、違いますよ。私、大型二輪の免許を持ってるんです。」
「ああ、そう言う事ですか。」
「そう言う事です。ついでに言うと、久保田さんにも乗りたいです。」
「冗談はやめてください。」
「冗談は言ってませんよ?」
「朝の爽やかな時間に似合わない話です。」
「では言いなおしますね。久保田さんを襲いたいです。」
「もっとダメになってます。」
「ウフフ…お仕事、頑張って下さい。」
「川野さんも。」
「ありがとう。」
「では。」
「ええ。」
いつもと少し違う会話を終え、紀夫はクリーニング店を後にした。
地下街からは直接職場には行けない。駐車場に戻るか、一階に上がって社員玄関口から入るルートをとらなければならない。紀夫の今の格好からして、一階の玄関から入るのは目立つ。
非常階段から地下駐車場へと戻り、エレベーターで三階へと向かう。シャワールームでシャワーで汗を流す。
冴子から受け取ったシャツを出すとサッと身につけ、ロッカーからスーツを出す。スラックスに足を通し、ジャケットを羽織る。クールビズという事でノーネクタイは許される。プレーントゥを履くとロッカールームを後にした。
エレベーターで三十二階まで上がると、そこが紀夫の職場だ。
ゴンドラを降り、目の前にある秘書室には入らず、エレベーターホールを右に向かって歩いて行く。
既に出勤していた木島洋子が『久保田さん、おはよう』と手を振っていたが、紀夫は聞こえなかったフリをして無視する。
「あ…今日も朝から無視された…ハァッハァッ…」
洋子が上気して息を荒くしているのを見ていた上司である山岸香澄が、右手で自分の両眼を押さえながら「はぁ…」と溜息を吐くのも、いつもの事。
廊下の突き当たりにある男性用トイレの入り口付近には、『掃除中(ご利用できます)』と書かれた立て看板が置いてあった。これもいつもの事。掃除をしているのはトイレの女神様。
…のはずだった。
「おはようございます!」
いつもの様に挨拶をしながら紀夫はトイレに入っていく。
が、挨拶の返事がない。
ピンクの作業着を着た掃除婦は無言で洗面台を掃除していた。髪型がいつもと違う。会長夫人の貴美子はいつもヘアクリップを使って、髪をアップにまとめている。目の前で掃除をする彼女はヘアゴムを使い髪をポニーテールにまとめていた。
洗面台の前にある鏡越しに掃除婦の顔が確認できた。
「おはよう、真里。」
紀夫の呼びかけに応えるかの様にして彼女は掃除の手を止めた。中腰だった姿勢を起立させるとクルリと回り、紀夫に向かった。
「おはようございます。紀夫さん。」
真里は満面の笑みを浮かべ、紀夫の顔を見た。
「質問してもいいか?」
「はい、なんですか?」
「なぜ、真里がここにいる?」
「私の職場だからですよ?」
「いや、君の本分は学生だろ?学校は?」
「夏休みになりました。」
七月も三分の二を過ぎている。真里の通う聖神女学園は夏季休業期間へと入っていた。
「そうか。では、なぜ真里がトイレ掃除をしてる?」
「お婆様の代わりです。お婆様は今日、所用で出勤できないそうで、代わりをしなさいとお婆様に言われました。」
「そうか。」
真里にそう言われて納得したのか、それ以上、紀夫は真里に質問する事は無かった。蛇口をひねり水を出すと両手で掬い口へと運ぶ。
ガラガラッとうがいをして、ペッと吐き出す。何度かうがいを繰り返す紀夫を真里はジッと見ていた。
「どうした?」
紀夫は洗面台に備えられているペーパータオルを引き出し、手を拭いながら訊いた。使い終わったペーパータオルをゴミ箱に捨てた右手を真里の両手が掴んだ。
「紀夫さん…」
真里は掴んだ紀夫の手を引っ張りながら、個室へと紀夫を引き摺り込む。
真里はガチャッと個室の鍵をかけた。
「真里、なにをし…」
紀夫が訊こうとした口を、真里の唇が塞いだ。すぐさま真里の舌が紀夫の咥内へと進軍してくる。咥内暴力だ。『ンッ…ンッ…』と真里から艶のある呻きがあがる。
紀夫より少し背の低い真里は踵を浮かして背伸びをしなければ、紀夫の口に唇を合わせる事はできない。背伸びしている足がプルプルと震え、我慢出来なくなり踵を地面につけると自然に唇が離れる。離れる口と口の間にキラキラ光る透明の糸がツツツと伸び、プツッと切れた。
「真里さんや、なにをしてるのかな?」
「キスですが?」
「いや、そう言う事じゃなくてな。ここは会社なんだぞ?」
「ええ、そうですね。」
「君はここのなんなんだ?」
「非常勤取締役。」
「俺から言わせると非常識取締役だ!」
「ウフッ、上手いこと言いますね。」
「おい。わかってる?」
「わかってます。心配御無用。」
そう言いながら真里は紀夫に抱きついた。真里の豊かな双丘がムギュッと形を潰しながら紀夫の体に押しつけられる。真里は下腹部に棒状の固形物の感触を得た。自然と笑みが浮かぶ。
「そろそろ行きたいんだが?」
紀夫がそう言うと真里の笑みが更に深くなった。
「そろそろイきたいんですか?」
真里の顔を見て紀夫は溜息を吐いた。
「真里、オイタも大概にしろよ?」
「わかってます。仕事に影響しますよね?」
そう言うと真里は紀夫から離れた。
「私もここの掃除が終わったら顔を出しますね。」
真里が鍵を開けると紀夫は逃げる様にして個室から出ていった。
『やれやれ、参ったな…』
そう思いながら紀夫は職場である秘書室へと向かった。
お読みいただきありがとうございました。
(`-ω-)y─ 〜oΟ




