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42 異母姉妹

 大阪メトロなんば駅の改札まで来た貴子は立ち止まるとスマートフォンを取り出した。メッセージアプリを起動し紀夫のトークルームを開く。先ほど送った写真に既読マークはついていなかった。


「まだ見てないのね。」


 独り言をゴチる。ドンと背中にぶつかった男性が『すいません』と謝りながら改札へと吸い込まれていくが、その表情は『そんなところに突っ立ってると邪魔なんだよ』と言っていた。改札機の前で立ち止まっていた自分に非がある。男性に申し訳なくなった貴子は心の中で謝った。

 改札機にスイカをあてがうとピッと無機質な音がする。改札機を通過して西梅田行きの電車に乗った。乗客は多かったがシートに座る事ができた。


「この後どうしようかな…」


 独り言をまたゴチる。心を覆うモヤモヤした霧が晴れない。このままホテルへ戻り、一人部屋に(こも)ってしまうか…そう考えていた時、電車は本町駅に着いた。

 ドアが開くと貴子は電車を降りた。歩きスマホは危険だとわかっていながら、プラットホームを歩きつつメッセージを入力する。


『今からそちらに向かいます』


 紀夫に向かって送信すると、貴子は中央線に乗り換えた。


 一方、天保山(てんぽうざん)から無事に(・・・)下山を果たした紀夫、楓、真里の三人は天保山公園の直ぐそばにあるショッピング施設を目指して歩いていた。


「なんだか変な感じですね。」


 真理は目の前にある大きな観覧車を見上げながら言った。直径百メートル。完成した当時は世界一大きな観覧車だった。


「どうしたの?」


 と楓が訊く。


「いえ、さっき登った山が僅か四メートルの高さなのに、目の前の観覧車があまりにも高くて…」

「私もそうよ。紀夫が登山しようなんて言ったものだから、もっと高い山を想像してたもの。あれが山だって言われてもね。」


 天保山は自然の山ではない。人が土を盛って作った言わば盛土である。石炭採掘が最盛期だった頃、掘削で出た土を盛った盛土の事をボタ山と呼んだ。人工物であろうと、ある程度の高さの土の塊を人は『山』と呼んでしまうのだろう。


 江戸時代、淀川(の一部である安治川)河口の浚渫により出た土砂を護岸用として河口沿岸に盛り土した。その高さは十間(約二十メートル)に達したという。浚渫工事がなされた時期の元号から盛土を『天保山』と呼ぶ様になった。

 明治になり諸外国から主だった都市を護る為、港付近に砲台を築く事になる。砲台を高い場所に設置する事は戦術的に有利である為、天保山の山頂を削り造成した後に砲台を置いた。天保山の高さは七メートル程度になった。

 昭和になり戦後の高度成長期に工業用水として地下水を汲み上げ、その結果大阪は地盤沈下が始まる。七メートルだった標高は瞬く間に海抜四メートルの標高となった。


 真里はスマートフォンで検索した天保山の成り立ちを読んでいた。

 もし二十メートルの高さのあった頃の天保山だったら、また違った感じだったのだろうか?

 あと少しで成人を迎える高校生の真里であるが、好奇心は衰える事が無い。


「紀夫さん!」

「なんだ?」

「後で観覧車に乗りませんか?」


 真里の好奇心は天保山から観覧車へと移行した。観覧車に男女のカップルで乗るという事。ウブな思春期カップルであれば、それこそ色々な妄想が沸き立つのであるが真里はそうではない。

 天保山があまりにも低く、目の前の観覧車があまりにも高く。もっと高い場所から大阪の街を眺めてみたいという単純な好奇心だった。


「そうだなぁ。それも良いかもな。」

「そうね、三人で乗りましょう。」


 紀夫が難色を示さなかったので、楓が三人で乗ろうと言った。楓にしてみれば当然の事だろう。


 ショッピング施設に入るとエアコンが効いていて、先ほどまでの暑さが嘘の様に感じられた。


 ブルルと紀夫のスマートフォンが振動する。紀夫はスマートフォンを手にした。三件の新着通知があった。メッセージアプリを開くと三件とも貴子からだった。

 まず目に入ってきたのは写真だった。グリコのネオン看板を背景に、貴子と見知らぬ二人の女性が写っていた。残り二件はテキストメッセージだ。


『今からそちらに向かいます』

『今大阪港駅に着いたよ』


 紀夫は音声通話ボタンをタップした。すぐに貴子が出た。


「もしもし。」

『もしもし。今タクシーを待ってるところよ。どこにいるの?』

「天保山のショッピング施設だ。」

『了解。もうすぐ着くから待ってて。』

「昼飯は?」

『食べてない。』

「わかった。待ってる。」

『ありがとう。』


 そう言って通話が切れた。紀夫がスマートフォンをポケットに入れ、気がついた。先ほどまでいた楓と真里がいない。キョロキョロと見回すと、フードコートのたこ焼き屋の前に二人がいた。やれやれといった感じで二人の元へと移動する。


「たこ焼き食べるのか?」


 紀夫の問いかけに二人が振り向いた。


「大阪に来てたこ焼きを食べずに何を食べるの?」


 そう言ったのは楓だった。


「楓さんがね、たこ焼き食べなかったら後悔するよって言うから、仕方ないですよね?」


 楓が言うからと言い訳をする真里。ジャンクフードなど普段は口にする事のない彼女の目は輝いていた。


 『はい、お待ちどう』と店員から言われ、たこ焼きの入った透明のパック容器を真里は受け取る。容器は一つしかなかったが、この後お昼を食べるのだから一人前をシェアして食べる事にしたらしい。三人はフードコート内のテーブルに腰を下ろした。


「いい匂いがしますね。」


 真里はソースの匂いにやられてしまった様だ。『いただきます』と言って竹串をたこ焼きに刺すと口にパクッと入れようとした。


「ちょっと待ちなさい。」


 楓はそう言って真里を制止した。


「なんですか?」

「貴女、そのまま食べてしまうと口の中が悲惨な事になるわよ?」


 真里がキョトンとする様がなんとも言えない。紀夫はドキッと心臓が跳ねるのを覚えた。


「真里。たこ焼きって表面が冷めてそうに見えても、中はけっこう熱いんだ。食べる時は口の中が火傷しないように注意して食べないとダメだぞ。」


 紀夫は楓の言った事を真里に分かるように言い直した。


「そうなんですね。楓さん、止めてくれて、ありがとう。」

「いいえ、気をつけて食べなさい。」


 真里はフーフーとたこ焼きに息を吹きかけてから口に運んだ。ハフハフと口から熱気を吐き出しつつ、咀嚼する。まだ中が熱かった様で若干涙目になりつつ、無事に飲み込む事ができた様だ。


「ああ、熱かった。でも美味しかった〜!」

「それは良かったわね。ほら、涙拭きなさい。」


 楓がハンカチを出して真里に渡す。真里は受け取ったハンカチで涙を拭くと『ありがとう』と言ってハンカチを返した。


「楓さんも食べて下さい。」

「ええ、遠慮なくいただくわ。」


 楓は竹串を器用に使って一つのたこ焼きを半分に割った。

 大阪のたこ焼きは関東のたこ焼きとは異なる。関東のたこ焼きは『外はカリカリ、中身はトロフワ』であるが、大阪の場合は外も中も絶妙に火が通っていて全体的にフワッとしている。竹串で半分に割いても中身がドロッと流れ出す事はない。

 楓は半分に割れたたこ焼きを串に刺し、フーフー息を吹きかけてから口に入れた。


「なるほど。そうやって食べるとスマートですね。」


 楓の食べ方に真里は感心し、真似する様にたこ焼きを串で半分に割きだした。が、上手に割る事が出来ず、たこ焼きは見るも無残な事となる。その成れの果てはいわゆる焼けすぎたモンジャ焼き…


「真里さん、貴女って不器用ね。」

「普段はそんな事無いんですよ?」

「疑問形になってる時点でダメなんじゃなくて?」


 そう言いながら楓はたこ焼きを綺麗に半分に割ると串に刺して『ほら!』と真里に渡す。真里は『ありがとう』と礼を言ってから串に刺さるたこ焼きを口に入れ、幸せそうな表情を浮かべる。


 そんな二人を見て、紀夫は思い出した。この二人は姉妹だったのだと。

 二人はお互いが異母姉妹だということは知らない。だが、紀夫の目の前にいる二人は自然と姉妹をしていた。

お読みいただきありがとうございました。


最近は関西でも関東風たこ焼きのお店が増えました。

しかしながら、たこ焼きは中までしっかり火が入ってる方が筆者は好みです。

関東風の外側を油で揚げた感が苦手なんです…


兵庫県明石市付近では『明石焼き』という、出汁につけて食べるたこ焼きがあります。

ソースにアオサ・鰹節もいいですけど、明石焼きも一度食べたら癖になります。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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