40 登山
サブタイトル変えました
土曜日、朝九時。
紀夫はホテルのビュッフェ・サービスで朝食を済ませ、一階のロビーにある喫茶ブースでコーヒーを飲んでいた。
昨夜、突然現れた楓(貴子は楓の来阪を想定していたのだが)は宿泊予約をしていなかった。貴子から紀夫達の泊まるホテルの週末の部屋は取れないと聞いていたが、紀夫の部屋に泊まればいいと確信犯的に大阪へやって来たのだ。
楓は紀夫の部屋に泊めて欲しいと懇願した。紀夫が泊まっている部屋についてはダブルベッドの二人部屋をシングルユースすると貴子から聞いていたので、二人で泊まる事になっても物理的に問題は無いと知っている。紀夫も一人で出張に来ているのなら楓の無茶振りを素直に聞き入れていたのだが、真里や貴子もいる手前、流石に楓の要求を受け入れる事は出来なかった。
紀夫は楓の親友である貴子の部屋に泊まる様、楓を根気よく説得した。終始、『紀夫の部屋がいい』と駄々を捏ねていた楓も、最後には貴子に諭され、折れた。フロントに貴子の部屋を二人で利用する事になった旨を告げ、部屋のカードキーを追加してもらった。カードキーを楓に渡すと、渋々ながら貴子と一緒におとなしく部屋へと入っていった。
「おはようございます。紀夫さん。」
九時半頃、真里がロビーへとやってきた。
「おはよう。早いな。」
貴子が十時頃に出かけると言ったので、紀夫、真里、楓も十時に一階のエントランスロビーに集合する事にしていた。
「それを言うなら、紀夫さんこそ早くないですか?いつからいらしたの?」
「九時くらいかな。」
「朝食は食べました?」
「ああ、食った。」
「何時頃に?」
「七時。」
「早っ!どうりでビュッフェでお会いできなかった訳ですね。」
「真里は何時頃だったんだ?」
「八時半頃だったかしら。」
「ん?お寝坊さんでもしたのか?」
「違いますよ。七時前には起きてました。女の朝は色々と忙しいんです。今の季節なんか日焼け対策とか一手間増えますからね。」
紀夫は真里の服装を見た。
肩が顕になっているグレーのオフショルダー・カットソーに白い膝丈のフレアスカート。ローヒールのシルバーのサンダル。いかにも日焼けしそうな出で立ちだ。日焼けが気になるなら、もう少し肌を隠す服を着ればいいのに…と思ったのだが、口に出せなかった。
隠されることなく露出した真里の綺麗なデコルテに目が奪われたからだ。
「その服、真里に似合ってる。」
「そうですか?紀夫さんに褒められると今日一日、いい事づくめになりそう。」
えへへと照れる様に真里は笑った。
真里はダージリンを頼み、たわいない話を紀夫としながら集合時間まで過ごすした。
「お待たせ!」
十時前に楓と貴子が現れた。
楓は萌黄色のゆったりしたノースリーブチュニックにスキニーデニム、青のローヒールパンプス。貴子は青と白のボーダーシャツの上に紺のサマージャケットを羽織り、白のスキニーパンツと白のハイヒールという出で立ちだった。
「佐伯さんの今日の予定は?」
「なんば駅で友達と落ち合って、ミナミをぶらぶらしてくるわ。帰ってくるのは九時くらいかな。」
「じゃあ、晩飯は別になるな。」
「そうね。でも、寝る前に一緒に飲めたらいいなぁ。」
「わかった。予定しておくよ。」
紀夫と貴子が夜の約束をしたのを聞いて、楓と真里も口を挟む。
「当然、私も一緒よね?」
「紀夫さん。私を一人ぼっちにしたりしませんよね?」
「真里はアルコール無しだぞ?」
「わかってます。こういう時、自分が成人していないのが恨めしいです。」
真里は悔しそうな表情をした。
「私はそろそろ行くね。」
ホテルの地下階にあるショッピングフロアは梅田の地下街とつながっていて、地下鉄の西梅田駅に行ける。
貴子が地下階へと降りて行こうとして、紀夫が声をかけた。
「佐伯さん、地下鉄に乗るんだろ?」
「ええ。」
「俺達も途中まで一緒に行くよ。」
紀夫は貴子と並んで西梅田駅へと歩き始めた。楓と真里は紀夫が何処へ行こうとしているのか聞いていないので、黙って後ろからついて行った。
改札口に着いて真里は紀夫にもらった水色のパスケースを鞄から出した。昨日、買ったイコカが収められている。
自動改札機にパスケースを当てるとピッと音がした。改札機を通過する。たったそれだけの事だが、真里にとっては嬉しい事だった。
大阪メトロ西梅田駅は四つ橋線の終端駅で駅構内で線路が終点となっている折り返し駅だ。二つ並んだ線路の片側には電車が停っていて発車時刻を待っていた。四人が乗り込んでしばらくすると自動ドアが閉まり、発車した。
西梅田駅が始点という事もあるが、四つ橋線は他の地下鉄路線と比べると乗車客が少ない。四人はベンチシートに並んで座った。
「どこへ行くんですか?」
真里が紀夫に尋ねた。
「登山しに行く。」
「へ?山登りですか?」
「ああ、そうだ。」
「私達の格好って登山する様な服じゃないですよ?」
真里は紀夫を見た。白のTシャツに麻のジャケット、リーヴァイスのジーンズにデッキシューズといつもと変わらない出で立ち。本格的な登山は言わずもなが、トレッキングに向いている服かと言われると、それも否であろう。
紀夫と真里の会話を聞いていた楓は頭に浮かんだ山の名前を口にした。
「この服装で行ける山となると、六甲山か生駒山かしら?」
どちらの山も麓から路線バスやケーブルカー、ロープウェイを使えば普段着姿でも山頂へ行ける。ただ、残念な事に四つ橋線ではどちらの山にも行けない。大阪に二、三回しか来たことのない楓では、そこまで土地勘が無いから仕方ないのだが。
「残念ながら違うよ。自分の足で山頂まで登ってもらう。」
紀夫は楓の言いたかった事を理解し、フッと謎めく様に笑った。
「紀夫さんが何処へ連れて行こうとしてるのか、全くわかりません。」
「新幹線で言ってたろ。富士山に登りたいなって。」
「はい、言いましたよ。」
「日本一の山は無理だけど、日本で二番目の山に今から登りに行くんだよ。」
「ますます分かりませんよ。」
貴子はアッと気付いた様子で紀夫を見た。紀夫は人差し指をたてると唇に当て、黙ってろと合図する。貴子はやれやれといった表情になった。
真里はスマートフォンを出すと日本で二番目に高い山を検索した。
南アルプス 北岳(山梨県)
標高 三千百九十三メートル
「二番目に高い山は北岳だそうですよ。山梨県です。私達が今いるのは大阪ですけど?八尾からヘリでもチャーターして行くんですか?」
「まあ、いいから、いいから。」
電車が本町駅に着いた。
「乗り換えだ。降りるぞ。」
紀夫が電車を降りたので、楓と真里も慌てて続く。貴子はそのままなんば駅まで行くので、ここでお別れだ。ドアが閉まり電車が動き出した。車内の貴子が手を振ったので、三人も手を振り返した。
大阪メトロ中央線に乗り換え、大阪港駅で降りた。地下鉄なのだが、大阪港駅は地上、しかも高架駅だ。ホームに降り立つと、かすかに磯の香りがした。海が近い証だ。
「紀夫。山らしき物は見当たらないんだけど?」
駅を出るとマンションや住宅が立ち並ぶ風景だった。『こっち、こっち』と紀夫がお構い無しに歩いて行く。二人は黙ってついて行くしかなかった。
十分ほど歩くと公園らしき広場が見えてきた。
「もうすぐだ。ここから登山道だから気をつけろ。」
公園に入り、公園によくある少しこんもりした丘の様なところを目指して歩く。しかし、全く持ってけもの道ではなく、至って普通の公園の様な整備のされた石階段と砂利道だ。
「着いた!登頂成功だ!」
紀夫がそう言い、楓も真里も不可思議そうにした。
「あのー、紀夫さん?」
「紀夫?山はどこ?」
真里と楓が周りをキョロキョロと見回す。木立ちの隙間から海が望める。小型の運搬船がゆっくりと通り過ぎて行く。
「ん?ここが日本で二番目に低い山。天保山の山頂だ。」
紀夫の言葉に二人は狐につままれた表情でキョトンとした。
「これを見てごらん。」
紀夫が指差す足元を見る。十センチ角のコンクリート製の杭が地面に埋まっていた。
「ここが山頂を示す三角点の標識だ。」
真里がスマートフォンを出して、天保山を検索した。
天保山(大阪市港区)
築山(人工造山)
標高四・五三メートル(二等三角点)
日本で二番目に標高の低い山
(2014年までは日本一低い山だった)
「へぇ。こんな山もあるんですね。」
真里が検索結果を見て感嘆した。
「と言うか、周りの建造物より低い山ってどうなの?」
そう言ったのは楓だった。
「ま、何にせよ誰一人として遭難する事なく登頂できて良かった。」
紀夫がそう言うと、真里が笑いながら言った。
「遭難なんて大袈裟ですよ。」
「いやいや、山を甘く見てはいけない。」
「どういう事ですか?」
「天保山にも山岳会があって、山岳救助隊が編成されてるらしいからな。それだけ危険な山だって事なんだろう。」
大真面目な顔の紀夫。もし楓と真里が関西弁を話せたなら『さいでっか…』と軽くあしらえたのだろうが、残念ながら二人とも関西人ではない。だから二人は呆れ顔をしながら声を合せてこう言った。
「「ソウナンダ…」」
お読みいただきありがとうございました。
天保山
地味に普通の公園です。笑
大阪市は天保山を『日本一低い山』と主張してます。
天保山山頂には『日本一低い山』とご丁寧に看板があります。
国土地理院は一番低い山を
日和山(宮城県仙台市)標高3メートル
としていますが日和山は三角点を持っていません。
三角点を持つ山での最低標高は天保山という事が大阪市の言い分なんでしょうか?
(`-ω-)y─ 〜oΟ




