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39 やっぱり来たのね

作中ではコロナウィルスの蔓延していない世界に設定しています。


サブタイトル変えました

 金曜日の十七時。終業のチャイムが鳴ると同時に楓は席を立った。


「お先に失礼します!」


 週末、楓が定時で帰るのはいつもの事なので、同僚達は気にする事なく『お疲れ』と返事をするだけだった。

 出入り口付近に置いてあったキャリーバッグを引っ張ると、コロコロとキャスターの車輪が音をたてる。

 出入り口ドアの取手に手をかけようとした時、ガチャとドアが開いて女性が入ってきた。


「あら、吉田さん。お疲れさま。」


 ドアを開けて入ってきたのは先輩社員の前田だった。


「お先に失礼します。お疲れさまでした。」


 楓がキャリーバッグを引っ張っているのを見た前田は不思議に思い、訊いてみた。


「吉田さん、今からどこか行くの?確か出張の予定はなかったはずよね。」

「あ、出張じゃないですよ。ちょっと大阪に。」

「あ〜。そういう事ね。いいなぁ。彼とお泊まりで旅行かぁ。」

「え…ええ。そんなところです…」

「楽しんでらっしゃい。気をつけてね。」

「ありがとうございます。いってきます。」

「お土産、気にしなくていいわよ。」


 前田が軽く手を振り、自分の席に座った。彼女がこう言う時は絶対にお土産を買って帰らなければならない。大阪のお土産って意外と難しいのよねと楓は考えながら駅へと足を早めた。


 楓が駅弁と缶ビールを買って新幹線に乗車した頃、紀夫達も新大阪駅に来ていた。兼吉(かねよし)の見送りの為だ。新幹線改札口の前に佐々倉家執事の近藤がいた。


「お爺様、お疲れさまでした。」


 真里の労いの言葉に兼吉は『うむ』と頷くだけだった。


「会長。申し訳ありません。本来であればご一緒に帰るべきところを、私事で…」

「気にせんでよい。業務が終われば後の時間はプライベートなのじゃからな。」

「ありがとうございます。」


 貴子は兼吉にペコリと頭を下げ、次に近藤に向かって言った。


「近藤さん、後は宜しくお願いします。」

「はい。佐伯さん、お疲れさまでした。」


 二人は同時に頭を下げた。


「久保田君、真里のこと頼んだぞ。」

「はい。」

「なんせ世間知らずじゃからな。なにかと迷惑かけるかも知れんが、見捨てずにやってくれ。」


 真里が大阪に残っている土日の二日間、一切佐々倉の世話にならない旨を紀夫は兼吉に言っておいた。兼吉も紀夫の提案する意図を直ぐに理解したらしく、すんなりと紀夫の希望を受け入れた。


「では近藤、帰るとするかの。」


 兼吉がそう言うと改札口に向かって歩き出した。近藤はペコリと紀夫達に頭を下げ、兼吉の後についていく。

 兼吉が紀夫の横を通り過ぎる際、ボソッと呟いた。


「真里の調教を思う存分、楽しむと良い。」

「な!なに言ってんすか、会長!」


 フハハと笑いながら兼吉は改札の中へと消えていった。


「紀夫さん。お爺様が言われていた調教とはなんですか?」


 紀夫の隣に立っていた真里には兼吉の声が聞こえていたようだ。


「いや、真里は知らなくていい。」


 実際、兼吉がどんな意図で調教と言う単語を使ったのか紀夫も分かりかねたので、答えようがなかったのが事実であった。


「久保田君。この後どうするの?」

「時間的には夕食だなぁ。とりあえず大阪駅まで戻るか。」


 貴子の質問に紀夫は答えた。新大阪駅まで送ってハイヤーは契約が切れたので、すでにいない。移動するにはタクシーを使うか公共交通機関の利用となる。タクシーの方が楽なのだが、せっかくの機会だ。真里に電車の乗り方を覚えて貰おうと考え、紀夫はJRで移動する事にした。

 真里がスイカやパスモといった交通系カードを持っていない事はわかっていたので、真里の切符を買うために自動券売機のところにやってきた。

 紀夫は券売機の上に掲げられている料金表を指差しながら真里に説明する。


「あそこに大阪駅までの料金が書かれている。大阪駅まで百六十円だ。券売機にお金を入れて百六十のボタンをタッチすれば切符が買える。一人で買ってみろ。」


 紀夫は説明を終わると真里の顔を見た。


「あの、紀夫さん…」

「どうした?切符を買うのは小学生でもできる事だぞ?」

「いえ、そうではなくてですね。私も欲しいんです。紀夫さんが持ってるような乗車カードが…」

「ん?スイカが欲しいのか?」

「はい。」

「そうか…だがな、このスイカはJR東日本の駅でないと手に入らないんだ。ここは新大阪駅でJR西日本だから、手に入るのはイコカになる。」

「紀夫さん。スイカとイコカって違いがあるのですか?」

「細かい違いはあるが、電車に乗れるという本来の目的は同じだ。」

「では問題無いですね。ここで入手する方が私としては嬉しいかな。」

「どうして?」

「以前、言いましたよね。紀夫さんは私の知らない世界を教えてくれるって。乗車カードを手に入れるという事も、その一つに含まれるんです。だから大阪で手に入れるという事が私としては記念になるんですよ。」


 真里はそう言うと、嬉しそうにニコッと笑った。


「そうか。ではイコカを買いに行こか。」


 紀夫はふざけて慣れない関西弁を使ってみた。元々、イコカのネーミング自体が関西弁を意識したものである。それを倣ったのかは不明だがJR九州の場合はスゴカだ。遊び心のあるネーミングは何となく親しみを持てる。

 真里はウフフと笑ったが、貴子はしらけた顔をしていた。


 券売機の前に立った真里に、紀夫はタッチパネルの操作を指導し、イコカ購入の手続きを進める。明日以降も電車で移動するつもりなので五千円チャージさせる。もし大阪滞在中に使い切れなくても交通系電子マネーなので帰ってからでも使えるから問題は無い。

 券売機から水色のカードが発券され、それを手にした真里は大切そうにイコカカードを手にした。


 改札口へ移動し、早速手に入れたイコカを自動改札機にかざすとピッと音がした。改札機を通り過ぎると真里の顔は何かに納得した顔をした。

 在来線ホームに降りると、ちょうど姫路行き快速列車が到着したので三人は階段を降りて直ぐ近くのドアから乗った。大阪駅まで一駅、数分で大阪駅に着いた。


「デパートに寄りたいけど、いいか?」


 紀夫がホームを歩きながら二人に言った。別に用事があるわけでも無い。この後、三人で夕食を食べに行くだけだ。二人は頷いた。

 大阪駅周辺にはデパートが三店ある。大阪駅駅ビルに大丸。大阪駅南側に人気プロ野球チームを有する阪神。東に阪急。

 紀夫は夕食を食べに行く先のルート途中になる阪急百貨店へと入った。婦人用小物を扱うフロアに来た時、真里が尋ねた。


「紀夫さん。何を買い求めるの?ここは婦人用ばかりのフロアみたいですけど。」

「そうだな。あ、真里は何色が好き?」

「えっと…青が好きですね。」

「そっか。ではこれなんかどうだ?」


 紀夫は水色のパスケースを手に取った。


「紀夫さん、これ…」

「ああ、そうだ。さっき手に入れたイコカと新幹線のEXカードを入れておくパスケースだ。俺がプレゼントするよ。」

「紀夫さん…」


 真里の目が潤んだ。紀夫はパスケースを店員に渡し購入の意思を伝えた。店員の後に続きレジの所へと移動する。プレゼント用にラッピングを依頼すると、店員は真里に向かってニコリと笑った。真里は気恥ずかしくなって完熟したリンゴのように顔を真っ赤にした。

 支払いを終えラッピングされたパスケースを紀夫が受け取る。『ありがとうございました』と店員が言うのを背にして売り場を後にした。


 阪急百貨店を出て直ぐの交差点で信号待ちとなる。


「久保田君、どこへ行くの?」


 貴子が訊いた。


「大阪に来たんだから、やっぱ粉もん食べないとな。」

「なるほど。私は賛成よ。」


 貴子は紀夫に同意した。真里は『粉もん?ピカ◯ュウの仲間かしら?』と呟いた。真里がポ◯モンを知っている事がある意味脅威ではある。


 信号が青になり横断歩道を渡るとそこには『阪急東通商店街』と看板の上がったアーケードの始まりだった。週末の為、道幅数メートルの繁華街は人混みで中々進めない。

 紀夫が『はぐれるなよ』と言ったら、左にいた貴子は紀夫の左腕をとり腕を組んだ。貴子の双丘に腕が飲み込まれる。それを見た真里は紀夫の右腕にしがみつくように腕を組む。真里の双丘も貴子に負けてはいない。右腕は真里の胸中へと埋まった。

 二人の美女に両腕を組まれたイケメン。すれ違う人達から視線を集めるのは当然の事だった。中には『チッ』と舌打ちする(やから)もいたが三人は気にしなかった。


「こっちだ。」


 紀夫がそう言って商店街から路地へと入っていく。しばらく行くと一件の店に着いた。外見は古ぼけた店だった。暖簾をくぐり店内に入ると、鉄板のあるテーブルが置かれた店だった。ほぼ満席だったが、ちょうど四人テーブルが一つ空いたところらしく、待つ事なく座る事ができた。


「紀夫さん、このお店って…」

「ああ、お好み焼きのお店だ。」


 真里が珍しそうに店内を見回す。あちこちでジュージューと鉄板でお好み焼きの焼ける音がしている。


「佐伯さんは何を頼む?」

「そうねぇ…」


 紀夫の問いに貴子は少し考えた。


「どうせなら皆んな違うものを頼まない?取り分けて食べたら、色々と楽しめるし。お嬢様もこういったお店は初めてなんですよね?」

「ええ。何を頼めばいいのか見当がつきません。お任せしてもいいかしら?」


 貴子の提案に真里も紀夫も賛成した。豚玉、イカ玉、スジコンと醤油焼きそば、豚平(とんぺい)焼きを注文する。

 飲み物は紀夫と貴子は生ビールの中ジョッキ、真里は烏龍茶を頼んだ。

 飲み物が先に届いて乾杯をする。店員が目の前の鉄板の上でお好み焼きを焼き始める。三つの塊がジュージューと音を立てている。


「これ、渡しておくよ。」


 そう言って先程買ったパスケースを紀夫は真里に渡した。お好み焼き屋でプレゼントを渡すなど、色気もへったくれも無いシチュエーションだが、それを気にしないのが紀夫スペックとも言える。


「ありがとうございます、紀夫さん。大切に使いますね。」


 真里はそういって包装を丁寧に開けるとパスケースを手に取り、大事そうに両手で抱えると胸に当てた。


「お嬢様、いいなぁ。久保田君、私には何かプレゼントないのかしら?」


 貴子にそう言われて紀夫は思い出した。


「そう言えば佐伯さんの誕生日って来月だったっけ。」

「え?もしかして…」

「ああ、誕生日プレゼント、用意するよ。」

「あ、ありがとう!嬉しすぎて涙が出そう。」


 まだプレゼントされていないのに貴子の目には涙が浮かんでいた。


 二人のやり取りを見ていた真里は、先程とはうってかわって表情がキツくなった。


「紀夫さん。私、誕生日プレゼントをもらってませんが?」

「え?誕生日デートを要求されて応えただろ?」

「それはそれです。私も誕生日プレゼントを要求します。」

「さっきパスケースを…」

「これは別腹です。」

「何を食後のデザートの様に…」


 店員がやってきて、鉄板の上に出来上がった焼きそばと豚平焼きを置いていった。紀夫は助かったと言わんばかりに二人に促した。


「ほら、食べようぜ。」

「仕方ないですね。お腹も空きましたし、先にいただく事にします。」


 納得のいかない顔をした真里を見て、貴子は苦笑いをし、紀夫は安堵の表情となった。


 その後、焼き上がったお好み焼き焼きも三人でペロリと平らげると時刻も十時前となり、ホテルへと引き上げた。


 エントランスロビーに入るとソファに座っていた女性が立ち上がり、ツカツカと紀夫の元へとやってきた。

 紀夫と真里は女性の顔を見て驚き、貴子は『やはり来たのね』と悟った様な表情をする。


「えへへ、来ちゃった。」


 紀夫の前に立つと、楓は少女の様に甘えた声で言った。

お読みいただきありがとうございました。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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