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34 会社はホストクラブじゃねぇ!

ドッドッドッドッ…


 地下駐車場に入ったハーレーは、徐行速度でゆっくりと進む。指定された駐車スペースに車体を入れるとサイドスタンドを下ろして荷重を預けると、ハーレーは少しだけ左に傾いた。

 キーシリンダーをオフまで捻るとハーレーの心臓は停止し、駐車場は静寂に包まれる。


 六月になってから、紀夫の出勤時刻は三十分ほど早くなった。その理由は紀夫の服装にある。

 ヘインズの白いTシャツにリーヴァイスのストレートジーンズ。靴はハッシュパピーの編み上げブーツ。昨今、IT関係やベンチャーなどのオフィスでは、男性の服装がフリーな会社も増えてきているらしいが、紀夫の務め先は超大手企業、しかも役員達を下支えする秘書室である。通勤姿とはとても思えない。


 いつもの如く、ヘルメットを脱ぐとサイドミラーで軽く髪型を整える。タンデムシートに括り付けていた大きなショルダーバッグを外すと肩に掛け、サッサと入り口へと向かう。

 『おはようございます』と警備室の守衛達に挨拶をすると、彼等も紀夫のスタイルを見慣れてるので咎める事なく通過を許す。

 紀夫が真里の婚約者だと言う噂はここにも伝わっているらしく、社員証を見せる事もなく顔パスだ。


 エレベーターに乗ると紀夫は三階のボタンを押した。ゴンドラが三階で停止しドアが開く。紀夫はエレベーターを降りると右手に向かって歩き出した。三階には社員の福利厚生施設としてフィットネスジムや室内プールがあった。その他には着替えるためのロッカールーム、汗を流すシャワールームも完備されている。

 役員は個人用ロッカーが用意されているが、一般社員はロッカーは共用であり使い終わったらロッカーの中は空にしなければならない。


 バイク通勤の紀夫は暑くなるとスーツでハーレーに乗るのは難しい。今日のような軽装で通勤するには、出社後にスーツに着替える必要がある。スーツを収納しておくための個人用ロッカーをあてがってくれるよう上司の山岸香澄に無茶振りをしたのだが、意外とすんなり用意された。これも真里の婚約者だというのが利いたようだ。


 シャワーを浴び、ショルダーバッグから替えの下着や靴下、Yシャツを取り出すと身に纏う。『久保田』とネームの入ったロッカーからスーツとプレーントゥを出し、代わりにショルダーバッグと着て来たジーンズやらブーツやらをロッカーに押し込む。スーツに着替え、プレーントゥを履くとロッカールームを出てエレベーターに乗った。ネクタイを締め終わる頃にゴンドラは三十二階に着いた。


「おはようございます。」


 エレベーターホール前にある秘書室に入ると、いつもの通り大きめの声で挨拶をする。既に出勤していた数名から『おはようございます』と返しがあった。

 自分のデスクに座り、パソコンのスイッチを入れて起動を待っていると香澄から声がかかった。


「久保田君、ちょっといいかな。」

「はい。なんでしょう?」


 立ち上がった香澄はついて来いと言わんばかりにクイクイと手招きをしながら部屋を出て行く。紀夫も後に付いて部屋を出た。

 秘書室の隣にはいくつかの小会議室が並んでいる。香澄はすぐ隣の一号会議室に入ると紀夫も付いて入った。会議机を挟んで向かい合って座る。


「わざわざ会議室でお話とは、余程の事なんですか?」

「大した事じゃないよ。久保田君に辞令の内示を通達するだけなんだけどね。」

「辞令ですか?」

「うん。来週の月曜日にうちの株主総会があるでしょ。」

「はい。」

「その総会で役員人事の進退承認があるんだけど、株主の承認を以ってお嬢様が非常勤取締役に就く事になってるの。」

「真里が取締役ですか!」

「ええ。今まで役員人事について株主から否決された事は無いから、ほぼ決まりと思ってくれていいわ。あ、この件はまだ口外しないでね。」

「わかりました。で、その件に俺は関係するんですか?」

「ええ、それでね。お嬢様の秘書を久保田君にして欲しいの。」

「げっ!」

「なに?その露骨な嫌がりは。」

「いや、考えてみてください。俺って真里の婚約者となってますよね。」

「そうね。」

「その俺が真里の秘書に就くなんて、公私混同とか取られかねませんか?」

「その辺は心配ないわ。お嬢様は学校もあるので毎日出社してくる訳でもないし。たまに出社して来たり、たまに出張したりする時にだけ秘書の仕事をしてくれたらいいの。」

「それだけでいいんですか?と言うか、秘書の仕事って何するんですか?会社に来ないんだったらスケジュール管理とかする事も無さそうだし…」

「そういった仕事は不要よ。佐々倉家の執事がしてくれるそうだから。久保田君にしてもらう事は、お嬢様の身の回りのお世話ってところかしら。」

「身の回りの世話?」

「ええ。久保田君、お嬢様がご自分でチケットを手配し、新幹線や飛行機に一人で乗れると思う?」

「いや、想像できないですね。」

「うん、それが正しい認識よ。今までお嬢様が出かける時は佐々倉の執事が手配してたし、同行もしてた。でもね、取締役として業務を遂行するには執事を使う事はできないの。佐々倉の執事は佐々倉家が雇い主であり、佐々倉ホールディングスの社員では無いのよ。」

「室長の言いたい事、わかりました。執事に全て任せる事こそ公私混同という事ですね。」

「物分かりが良くて助かるわ。それにね、お嬢様が久保田君を秘書に指名してきたの。専属秘書ね。」

「真里がですか?」

「ええ、そうよ。まあ、お嬢様が何を考えて指名してきたのかは、想像がつくんだけどね。」


 香澄の顔はニヤニヤとしている。決して良く無い事だと紀夫も分かる程に。


「君は婚約者だから問題は無いと思うんだけどね。」

「どういう事ですか?」

「例えばだけどね。宿泊を伴う出張なんかで、二人部屋を予約させられたりとかね。ツインなら良い方でダブルを取らされる事もあるかもね。」

「それこそ公私混同じゃね?」

「あらぁ、そうでは無いわよ?ホテルの宿泊はプライベートな時間よ?その時間、久保田君は秘書ではなく婚約者という立場になるだけでしょ?」

「き、詭弁だー!」

「詭弁でも方便でも、なんと言おうとお嬢様の意向の方が勝るわ。観念しなさい。」


 香澄のニヤニヤは更に酷くなる。絶対に楽しんでやがると紀夫は思った。


「ところで…お嬢様とはしたの?」

「はぁ?」

「セックスよ、セックス。したの?」

「してませんよ!」

「そう。それならお嬢様、かなり期待してのご指名ってところかしら。なんせ百人斬りですもの。テクニカルなところとか…ね?」

「なに言ってんすか!それデマですから!それに真里はその事知らな…」

「真相なんてどうでも良いのよ。お嬢様も噂について知ってられるみたいだし。」


 香澄は左腕のティファニーの腕時計を見た。


「あら、もうすぐ始業時間ね。朝礼の準備をしなきゃ。」


 紀夫を煽るだけ煽って、立ち上がるとドアに向かった。


「ご指名なので人事部でひっくり返すのは難しいと思うわ。拒否したかったらお嬢様に相談しなさいね。多分、取り合ってくれないとは思うけど。」


 そう言って香澄は会議室を出ていった。


「くそ〜!専属というより隷属じゃねぇか。真里のやつ、やってくれるなぁ。」


 紀夫はハァッと溜息を一つ吐き、会議室を後にした。

お読みいただきありがとうございました。


29話で真里が言った『あの件』はこの件です。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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