29 私…イッちゃった
真里の誕生日パーティーはホテルの催事用ホールで行われた。参加人数が三百人を超えるので、ホール内は人、人、人とごった返している。人数が多いのでパーティーは立食形式で行われた。
「本日はお忙しい中、私の誕生日パーティーにお集まりいただき、誠にありがとうございます…」
真里が会場から一段上がった仮設のステージに立ち、来場者に挨拶をした。
「真里さん。誕生日おめでとうございます…」
総理大臣がお祝いのスピーチをした。
「佐々倉真里さん、誕生日おめでとう…」
経団連会長がスピーチをした。
その後も衆参両議院議長、野党党首、国内トップ企業の社長や会長のスピーチが続いた。
真里はステージの端に立ち、スピーチが終わるたびにお礼を言っていた。
「大変だなぁ。」
紀夫は会場の後ろの方で壁にもたれかかりながら、ぼんやりとステージを見ていた。
政財界の重鎮達が勢揃いしている。ここにテロリストでも乱入しようものなら、この国は大混乱に陥るなと不吉な事をふと考えてたりもした。周りを見渡すとパーティーにそぐわない人もいる。おそらく警視庁のSP達であろう。よく見ると片耳にイヤホンをさしているので判別できる。
そんな、どうでも良い事を考えていると、近づいてきたウェイトレスが勧めてきたのでトレイにのっていたシャンパングラスを一つ手に取り、薄く黄金色をしたスパークリングワインをゴクッと喉に流す。
「こんなところにいたのね。」
紀夫が声の主を見ると山岸香澄が立っていた。ドレス姿ではなかったが、胸周りの大きく開いた白のカットソーに赤のタイトなスカートスーツ。胸ポケットに白いバラを一輪さしていた。
「ああ、室長も来ていたんですね。」
「ええ、会社関係者としてね。」
「毎年来てるのですか?」
「私が室長になってからだから、今年で三回目ね。でも…」
香澄が会場を見渡して言った。
「今年の参加者の年齢層が去年までと違うわね。」
香澄の言った事に紀夫は理解ができないでいた。
「若い男性の参加が多いの。しかも、ほとんどが御曹司と言われる様な方々。」
あれはどこそこの三男、あれは国会議員の孫、そこにいるのが大手メーカーの社長の次男…香澄は人に見えない様に指差しながら紀夫に教える。皆、見た目ではあるが二十代の様だ。
「お嬢様を結婚相手にと顔を売りに来たのね。」
真里と結婚する事は佐々倉の次期当主となる事を意味する。真里も明日で十八歳になる。佐々倉家として、そろそろ婚約者を立ててもおかしくない年齢なのだ。
「そう言えば、久保田君。お嬢様との婚約発表っていつになるの?早くしないと今日集まっているイケメン君の誰かに盗られちゃうよ?鳶に油揚げを攫われてからでは遅いからね。」
香澄に言われて紀夫の視線は真里を探した。既に来賓のスピーチは終わっていて、ステージを降りた真里を視線が捉えた。
真里の周りには若い男達が集まっていた。皆、自分の売り込みに必死なのだろう。積極的に声をかけているようだ。真里も慣れている様でニコニコしながら応じている。が、遠目で見ていてもわかる。あの笑顔は営業スマイルだと。
『私に近づく人は、私を"佐々倉真里"として接してきます。私の後ろの"佐々倉"しか見ていません。』
砂浜で海を見ながら呟いた真里の言葉が紀夫の脳裏をよぎった。
真里の周りにまとわりつく男達に対し、イラッとした感情が紀夫に生まれる。
『紀夫さんは違います。紀夫さんは私を"真里"というひとりの女として扱ってくれてます。』
真里が言った言葉を思い出し、紀夫は己の持つ感情を肯定した。
真里を一人の女として好ましく思っていると。
真里に連れられテイラーに行ったり、キャバレーに行った時に感じた違和感。
メイドの山下の件を他人事に思ってしまう感覚。
真里といると楽しい。真里といる時に表に出てくる『佐々倉』という家。それに関わった自分が他人事に思えてしまうくらいに、佐々倉の家を抜きにした真里を一人の女として見ている自分がある。
だが今の紀夫は楓を愛している。楓との付き合いは長い。お互いの良い所、悪い所も全て知り尽くしていると自負している。いずれは楓と結婚し、子供をもうけ、平穏に暮らしていくのだと漠然とした未来予想図は描いているつもりであった。
「当分は発表をしないと思いますよ。」
「それはどうしてかな?」
「俺が優柔不断だからでしょうかね。」
香澄の問いに対し、紀夫はこう答えるのが正解な気がした。
「お嬢様以外にも気になる女性がいるって事かしら?」
「そうですね。」
「ま、久保田君ならそうなるのも仕方がないのかもしれないわね。なんと言っても『百人斬り』ですもの。」
香澄はプププと笑った。
「私も斬ってくれて良いのよ?」
「何を言ってんすか?」
香澄の目が一瞬だけ獲物を狙う目になった。が、すぐに悪戯っ子の様な顔をした。
「冗談よ、冗談。」
「冗談でもやめて下さい。万が一、室長とそんな関係になったら仕事がやりにくい。」
「あら、私みたいなオバサンでも少なからず、そういう目で見てもらえるって受け取れる発言ね。」
「お願いですから、揶揄うのもその辺で勘弁して下さい!」
紀夫は香澄に懇願した。香澄はフフフと笑うばかりだった。完全に紀夫を弄って遊んでいる。
「楽しそうですね。」
声の主は真里だった。ニコニコと笑顔だが、目が笑っていない。
先ほどの取り巻いていた男達が真里の後ろにゾロゾロとついてきている。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます。」
香澄は姿勢を正して深くお辞儀した。
「ありがとうございます、山岸さん。ところで、あの件は紀夫さんに話してくれましたか?」
「いえ、まだです。正式な辞令が出てからで良いと考えてましたので。」
「そうですか。わかりました。」
真里はそう言うと紀夫に視線を移した。
「紀夫さん、山岸さんとは何を話していたの?」
「普通に世間話とかだ。」
「嘘ですね。山岸さんに口説かれてましたか?」
「お嬢様!聞いてたのですか?」
真里の発言に香澄は慌てた。
「いいえ。何も聞いてませんよ。なんとなく言ってみたのですけど、当たっていたようですね?」
真里のブラフに香澄が踊ってしまった。香澄はしまったと言う顔をしている。
「真里、室長をあまり苛めるなよ。単なる冗談だったんだ。」
「だって私は困ってたのに、紀夫さんは離れた所で相手が山岸さんとはいえ、仲良さそうに話をしてたんですもの。やきもちの一つや二つくらい焼きます。」
真里はプーッと頬を膨らませた。紀夫は真里を見て可愛いと思うと同時に、周囲の視線にハッとなった。
「真里、皆んなが見てる。」
「フェッ!」
真里がキョロキョロと周りを見渡す。後ろにいた男達が唖然としていた。
「真里さん、そちらにいる男性とはどのようなご関係ですか?真里さんの名前を呼び捨てされていますが。」
一人の勇者が皆を代表して尋ねた。
「そうですね。良い機会ですのでご紹介します。」
真里の口角がクイッと上がった。それを見逃さなかった紀夫は、真里が何を言おうとしているのかわかった。
「真里!それは言うな!」
「こちらは久保田紀夫さんと言います。私のフィアンセです。」
賑やかだったパーティー会場が一瞬にして静まりかえった。
一拍置いて会場がどよめく。
『ええええええーーー!』
紀夫は眉間に寄ったシワを揉みほぐしながら言った。
「真里さんや…何をやらかしてくれちゃってるのかな?」
「えへへ…言っちゃった!」
真里はテヘッと笑うとペロっと舌を出した。
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