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26 タキシード・ジャンクション

5話で真里は誕生日を紀夫に教えていた事を忘れていました。

話の辻褄を合わせるために一部改稿しました…

『紀夫さん、次の土曜日の午後、ご予定はありますか?』


 そんなメッセージが真里から来たのは木曜日の夜だった。


『特には無い。』

『では私とショッピングに行きませんか?』

『いいよ。』

『ありがとうございます。では、午後二時にお迎えにあがりますね。』


 というメッセージのやり取りがあり、土曜日の二時きっかりに迎えの車が紀夫の家にやってきた。

 運転手が車を降りて、インターホンの呼鈴ボタンを押す。暫くして、紀夫が家から出てきた。


 紀夫はヘインズの丸首白Tシャツにグレーのチノパン。生成りの麻ジャケット。茶色のプレーントゥといった出で立ちだった。


 運転手が後部ドアを開けると、紀夫は滑り込むようにして後部座席に乗り込んだ。


 後部座席には真里が座っていた。六分袖の白のワンピースに薄手の水色のカーディガン。白のハイヒールパンプスという出で立ち。紀夫の服装と並んでもおかしくは無いチョイスだった。紀夫の服の好みを真里が分かってきたと言っても良い。


 運転手は後部ドアを閉めると運転席に乗り込み、車を発進させる。


「ごきげんよう、紀夫さん。」

「ごきげんよう…って言い慣れないからこっぱずかしいな。」


 ばつが悪そうにする紀夫を見て、真里はウフフと笑った。


「お会いして早々で申し訳ないのですが、一つ質問してもいい?」

「ああ。」

「紀夫さんはタキシードをお持ちですか?」

「持ってないな。」

「だと思いました。」

「分かってたのなら訊くなよ。」

「ごめんなさい。」


 真里が恐縮してしまったのを見て、紀夫は自分の物言いがきつかった事を反省した。

 楓だったら謝らずにサラッと流せる気の利いた一言を言ったのだろうなと、紀夫は思った。


「すまん。言い方がきつかった。」

「いえ、私が一言多かったのです。紀夫さんの気分を害してしまいました。以後、気をつけます。」


 真里は俯いたままであった。握られた手は膝の上でワナワナと震えていた。紀夫は右手を真里の左拳の上にそっと被せる。

 真里はハッとして紀夫の顔を見た。紀夫がフッと笑ったのを見て、まりの硬くなっていた表情が和らいだ。


「で、タキシードと今日の買い物とは関係あるのか?」

「はい。実はですね。六月九日にパーティーがありまして、それに紀夫さんに出席していただけないかと。」


 紀夫はスマートフォンを取り出すと、スケジュールアプリを起動して確認する。


「土曜日か…空いてるな。」

「では、出席してもらえますね?」

「断りたいのが本音だ。」

「どうして?」

「タキシードとくれば、どのようなパーティーか予想はつく。庶民の俺としては避けたい催しだな。」

「私の誕生日パーティーだと言ったら?」

「先にそれを言え!」


 紀夫は真里の頭を軽く叩いた。


「痛いっ!」

「痛くない!と言うか、六月九日が誕生日だったのか?」

「いいえ、違いますよ。と言うか、紀夫さんは忘れてしまってるんですね?六月十日が誕生日だと教えてたはずなんですが…」


 真里は紀夫が自分の誕生日を忘れていた事にしょんぼりとした。


「すまん…覚えてなかった。」

「ひどいですぅ…」


 真里は紀夫の腕をドスドスと握り拳で小突いた。ツボに入ったのか、微妙に痛いのを紀夫は我慢した、


「まあ良いです。覚えてる事にあまり期待はしてませんでしたから…でですね。パーティーは土曜日の方が招待する皆さんの都合が良いだろうという事で前日になりました。紀夫さん、来てくれますか?来てくれますよね?来てくれると嬉しいな…来るよね?来なさい!」

「なんだ?その活用法は。」

「どうなんですか?」

「はいはい、行きます。」

「面倒臭そうですね。」


 真里は唇を尖らせた。


「そんな顔をするなよ。せっかくの美人が台無しだぞ。」

「は、はぅあぅ…紀夫さんはズルい…」


 真里の頬に赤みがさした。発した言葉は尻つぼみに声が小さくなり、紀夫は聴き取れなかった。


「なんか言ったか?」

「何もございません。プン!」


 真里は紀夫とは反対方向へと顔を向けた。真里の仕草があまりにも可愛かったので紀夫はクククと笑った。


 車は高速道路を走ったりしながら、一時間半後に目的地に到着した。

 運転手が後部ドアを開け、紀夫と真里は車を降りた。目の前に古い一件の店があった。


「ここは?」

「テイラーです。腕が確かな職人の営むお店なんですよ。お爺様もこの店でよく仕立てて貰ってます。」


 真里が店のドアを開けて中に入っていく。紀夫も後に続いた。

 紀夫は店内を見渡す。間口二間ほどの店は奥に長く延びていた。壁の両側にあるオープンクロゼットにはスーツやタキシードからコートまで他種に渡る紳士服が所狭しとかけられていた。


「いらっしゃいませ。」


 銀髪をオールバックにまとめた高齢の紳士が店内で待っていた。


「片山さん。お久しぶりです。」

「お久しぶりです。佐々倉のお嬢様。」


ガチャ


 店の奥にある扉が開き、小太りの老女が出てきた。そのまま真里に突進してきて、真里をギュッと抱きしめる。


「真里ちゃーん!いらっしゃい!」

「お久しぶりです。おばさま。」

「少し見ない間に、美人具合がアップしてるわねぇ。」


 老女は真里を抱いたまま、ヤンヤンと右へ左へと体を揺する。


「これ、やめんか。お嬢様が困られてる。」

「あら、やだ。私ったら、ついつい…」


 そう言って老女は真里を解放する。アハハと真里は苦笑いした。

 片山は紀夫に視線を移した。


「こちらのお方は?」

「私のフィアンセです。」


 真里が紀夫を紹介した。


「久保田紀夫と言います。」

「片山宗介と言います。この店の主です。」

「片山の妻の聡子と言います。」


 紀夫と片山夫妻は簡単に自己紹介をした。


「紀夫さん。片山さんは厚労省の『現代の名工』の称号をお待ちの職人です。聡子さんも、お針子として凄腕の方ですよ。」


 真里が紀夫に二人を紹介している間、聡子は紀夫を品定めするような目で上から下まで観察する。聡子が口を開いた。


「フィアンセだなんて…貴方、このおてんば娘を良く手懐けられましたねぇ。」

「おばさま?おてんば娘とは誰の事ですか?」

「ここにいる中で娘と言われそうな人は一人しかいないわよ?」

「むぅ…」


 真里の頬が河豚のようにプーッと膨らむ。紀夫は又もクククと笑ってしまった。


「久保田様のお仕立てのご依頼でしょうか?」


 宗介が尋ねた。真里が答える。


「ええ。タキシードを仕立てて欲しいのです。六月九日までに間に合いますか?」

「オーソドックスなデザインでしたら十日もあれば仕立てられますよ。」

「それで構いません。」

「では久保田様。採寸をいたしますので、こちらへ。」


 そう言って宗介は紀夫を連れて、試着室へと入っていった。採寸には小一時間かかった。

 その後、使用する布の素材、色などを決め、全作業が終わったのは夕方五時を回っていた。


「本日の作業はこれで終わりです。お疲れ様でした。」


 宗介が言った。紀夫は店に入ってから抱いていた疑問を宗介に訊いてみる事にした。


「片山さん。一つ訊いても良いですか?」

「はい。なんでしょうか?」

「こちらはオーダーメイドのお店なんですよね?」

「はい。左様で。」

「所狭しと吊るされている、この服は売り物なんですか?」

「いいえ。こちらに展示しているのは全てレンタル用になります。」

「貸衣装ですか。」

「ええ。最近は洋服をオーダーメイドなさる方は少ないですから。食べていく為ですね。」


 ニコニコしながら宗介は答えた。


「お嬢様。仕上がりは六月四日になりますので、その日に試着にお越しいただければ。」

「わかりました。紀夫さんも四日の夕方はスケジュールを空けておいて下さいね?」

「わかった。」


 お願いしますと宗介に言って、真里と紀夫は店を出た。


「紀夫さん。ご飯に行きませんか?」

「ああ、異論は無いな。」

「では、お店の予約をしますので少々お待ちを。」


 真里はスマートフォンを鞄から取り出すと、先ずは運転手に電話をして車を回してくる様に言った。その後レストランへと電話をして予約を取った。


 車に乗って予約したレストランへと向かう。一時間ほど車は走って、繁華街の外れにあるキャバレーの前で停まった。

 車を降りた紀夫はキャバレーの外観を見上げた。ネオン管やLEDなどで派手に飾られた店だった。


「真里。ここってキャバレーだよな。真里が店に入って問題にならないのか?」

「キャバレーと言うと一般的には聞こえ悪いですが、このお店は正統なキャバレークラブです。ある程度の地位のある方達の社交場として利用されているお店なのですよ。」


 真里が店へと入っていく。


「いらっしゃいませ。」

「予約をしている佐々倉です。」

「お待ちしておりました。佐々倉様。こちらへどうぞ。」


 入り口に立っていたウェイターに予約している旨を伝えると、店の中へと案内される。紀夫が後からついて入ると、クロークで止められた。


「お客様。当店はドレスコード指定させていただいております。お客様のお身なりではお引き取り頂くか、当店にてお貸しします着物にお着替えいただくことになります。」


 クロークの係員が紀夫に言った。先に進んでいた真里が戻ってきた。


「貴方。このお店の責任者をお呼び下さらない?」

「はい。少々お待ちを。」


 係員の一人が店の奥に入って行く。しばらくして中年の男がやってきた。


「支配人の松井と申します。お客様。如何なさいましたか?」


 支配人が真里に問い合わせる。


「私の連れですが、この服装のまま入店したいのですが。」

「申し訳ございません。当店は格式を重んじておりまして…」

「おいくらですか?」

「おいくらと申されますと?」

「その格式と言うのはおいくらになりますか?」


 真里は鞄から財布を取り出すと、財布から一枚のクレジットカードを抜き出して松井に渡した。


「格式を重んじてらっしゃるのなら、このカードの意味がお分かりですね?言い値で格式を買い取らせて貰います。」


 支配人はしばらく考えた。


「失礼いたしました。そのままご入店ください。」


 支配人はカードを真里に返すと、深々と頭を下げた。

 ホール担当のウェイターが店内へと案内してくれる。


「ご予約いただいた席は二階席になります。こちらへどうぞ。」


 案内された席はオペラ座などにあるバルコニー観覧席の様な造りになっていた。四人掛けのテーブルに向かい合わせに席に着く。下を覗き見るとステージがあり、金管楽器がメインのジャズ・オーケストラがスタンダード・ナンバーを演奏していた。


 紀夫はこの様な店に来るのは初めてでキョロキョロとしていた。まるで田舎から都会に出てきたおのぼりさんだ。紀夫の様子を見ていた真里はご満悦でウフフと微笑んでいた。


「落ち着きませんか?」

「ああ、本物のキャバレーって初めて来たからな。女性客もけっこういるんだ。」

「ええ、そうですよ。様々なショーを観ながら飲食するレストランやバーみたいな場所ですもの。今日はジャズ演奏みたいですが、以前お爺様に連れられて来た時はフレンチカンカンを踊ってましたね。」


 ふーんと相槌をうちながら、紀夫のおのぼりさんは続いていた。

 どのテーブルも女性連れが多い。向こうに見えるテーブルには小学生の様な子供もいる。家族連れだろうか。

 そうしているうちに、紀夫は自分がこの空間にいてはならない異分子の様な気がしてきた。


「紀夫さん。どうしました?」

「あ、ああ…客は皆、それなりの服装なんだなと。」


 特に男の服装は紀夫以外はほとんどがスーツを着ている。タキシードも少数ではいた。女性もカクテルドレスなどドレスを着ている人が多い。真里の着ているワンピースは最低ラインと言ったところか。


「そうですね。私達は悪目立ちしてしまいますね。」


 真里はニコリと笑った。その笑顔は悪戯に成功した子供の様であった。


「一つ訊いてもいいか?」

「ええ、私が答えられる事なら。」

「何故、俺を着替えさせなかった?」

「このお店は格式を重んじています。本来であれば、そのルールに従うのが私の住む世界なのです。ですが、この程度のルールなどは絶対的なモノではありません。佐々倉にはそれを否とできる力があるのです。」


 先ほどの真里と松井のやり取りを紀夫は思い返した。


「紀夫さん。私と結婚すると、その力というものが紀夫さんにも備わるという事です。」

「ああ。」

「そして、その力というものは紀夫さん。貴方にも備わっていたはずの力…」

「真里、それは…」

「お爺様に聞きました。お前は鼻が利くと笑われました。」

「そうか…ちょっと待て。楓の事について会長から何か聞いたか?」

「いいえ、何も?何かあったのですか?」


 真里はコテンと首を傾げた。紀夫はその仕草を見て、サッと首を横に向け視線を外す。


「そうか。それなら良い。」

「紀夫さん?」

「なんだ?」

「楓さんがどうかしました?」

「な、何もない…」

「何か隠してません?」

「隠してなど無い…ぞ?」

「夫婦の間で隠し事はよくありませんよ?」

「まだ夫婦じゃねぇよ!」

「ウフフ。照れちゃって〜」

「照れてない!」


 紀夫を手玉にとる真里。既に尻に敷かれている感が否めなかった。


「楓さんの事は置いておきます。いずれにせよ、今後も今日の様な事があると思います。紀夫さんにも慣れていただかないといけないのです。」

「わかったよ。」

「質問のお答えになりましたか?」

「ああ、十分だ。ありがとうございました。真里先生。」

「その言い方、小馬鹿にされた様で好きではありません。」


 真里がムッとした顔になる。紀夫はアハハと笑った。紀夫の馬鹿笑いに、真里もフフフと笑顔になる。


「紀夫さん、このお店は鴨料理が美味しいのですよ。」

「へぇ、それは良いな。では、それをいただこう。」

「ええ、そうしましょう。」


 真里が手をあげると近くにいたウェイターが寄って来た。真里がメニューを開けて料理を注文していく。

 紀夫はその様子を、目を細めて眺めていた。


 In the Moodを演奏し終えたオーケストラが次の曲を演奏し始めた。


 Tuxedo Junctionの演奏が始まる。テノール・サキソフォンの奏でるメロディが店内に響き渡った。

お読みいただきありがとうございました。

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【Tuxedo Junction 】


タキシード・ジャンクション

Joe Garland作曲


 スウィングジャズのスタンダード・ナンバーです。

 グレンミラー楽団の代表曲の一つです。



 米国アラバマ州西バーミンガムにはナイトクラブやバーが立ち並ぶ通りがあります。

 1920年代から1940年代にかけて、黒人奴隷の多かったその当時は、この通りは黒人の社交場としての中心地となっていたそうです。

 その通りに面してTuxedo Junctionという名前の一軒の洋服屋があり、パーティ好きな人々は仕事が終わると仕事着のままやって来てTuxedo Junctionでタキシードを借り、正装してからクラブに入ったそうです。


 バーミンガムは1960年代にはマーティン・ルーサー・キング牧師が率いる人権隔離政策廃止のデモ隊の終結地点として有名ですね。



 「ジャンクション」は一般に高速道路の分岐点を指しますが、人々の集まる場所の意味もあるそうです。


 作中のキャバレーもタキシードを着て人が集まる場所と設定してみました。



以上、タキシードをキーワードにしてみた回でした。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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