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25 焼け木杭

「責任取れと言われても。それより許婚はどうするんだい?」

「婚約解消してもらいます。」

「解消できるんだ。」

「いえ、できません。」

「では僕と付き合ってはダメだろう。」

「いいえ、お付き合いします。」

「それ、僕が傷つく…別れる事が決まっていて付き合うって…」

「私、先輩の事を傷つけたりしませんよ。約束します。」


 咲恵の目は秀夫を真っ直ぐに見つめていた。覚悟を持った目だった。


 次の日、咲恵は再び実家に帰っていった。その三日後、戻ってきた咲恵は秀夫のアパートに来ていた。大きなボストンバッグを二つ抱えて。


「先輩。私、今日からここに住みますので、宜しくお願いします。」

「なんでそうなるの?」

「勘当されました。」

「え?」

「許婚の件、解消して欲しいと粘りました。解消してもらえましたが、親子の縁を切られました。今住んでいるマンションの家賃支払いも仕送りも全て止めると言われました。だから私は先輩と一緒に住みます。」

「大学はどうするんだい?その様子なら、学費も止められるんだろ?」

「はい、止められます。でもそれは心配ありません。本家筋の叔母が学費を出してくれると言ってくれましたので。」

「そうか。」

「でも、生活費は自分で稼がなくてはなりません。だから…」

「分かったよ。家賃、光熱費その他経費は折半で。」

「ありがとうございます。先輩。」

「食事はどうする?」

「私が台所を預かります。こう見えて料理は得意ですから。」

「それは知っているよ。いいのかい?」

「言ってるじゃないですか。私は先輩と結婚するんだって。なんでしたら今から役所に行って婚姻届を出してもいいのですよ?」

「流石にそれは気が早いよ。」


 こうして咲恵は秀夫のアパートに押しかけ女房となった。


 秀夫が就職活動を始めた頃は、就職氷河期の初期に当たり、なかなか決まらなかった。咲恵が学費を世話になっている四葉美也子の口利きで、秀夫はなんとか佐々倉電気販売へと就職できた。




「…と言う経緯があった。それ以来、母さんは四枝とは疎遠なんだよ。」

「そうだったんだ。」


 秀夫は缶ビールをゴクゴクッと飲み干した。


「と言うか、親父。」

「なんだ?」

「プロポーズは母さんからだったのな。」

「そういう事になるな。でも、なんだ。紀夫も今、似た状況だろ。」

「なにが?」

「お嬢様だよ。」

「あー、確かに。親子揃って金持ちのお嬢様に好かれるとか、笑い話になるのかな?」

「そうだな。」


 秀夫は苦笑いした。


「どうするんだ?楓さん。」

「うーん…親父は佐々倉会長から何か聞かされてない?」

「なにを?」

「いや、なんでも無い。」

「そうか。で、紀夫はどう思ってるんだ?」

「と言うと?」

「お嬢様と楓さん。どっちを選ぶのかって事だ。」

「当然、楓だなぁ。親父には悪いけど。」

「そうか。わかった。父さんの事は気にするな。」


 秀夫はそう言うと立ち上がり、風呂に入ると言ってダイニングを後にした。


 紀夫は泡がなくなったビールを一気に飲み干した。少し酸化したビールの後味にゲンナリとした。

 缶に残っているビールをグラスに注いでいると、リビングのローテーブルに置いていたスマートフォンが鳴り出した。

 紀夫はリビングに行ってスマートフォンを手に取る。

 佐伯貴子からの電話だった。紀夫は通話ボタンを押した。


『こんばんわ、久保田君。』

「こんばんわ。どうした?」

『どうした?って相変わらずつれないのね。と言うか、それ、私が言いたいセリフよ。』

「なにが言いたい?」

『どうして昨日の夜、部屋に来てくれなかったの?私、待ってたのよ。しかも裸で。』

「待ってるのは君の自由だ。俺は行くとは言ってない。と言うか、最後の一言は要らない情報だ。」

『これを言うと、少しは罪悪感を感じてくれるかなぁって。』

「感じないよ。なにを考えてんだか?」

『そんなの決まってる。久保田君の事を考えてるよ?』

「それだよ、それ。君こそなに考えてんの。」

『まあ、いいわ。堂々巡りになりそうだし。それよりも…』


 貴子は少し間を置いた。これから話す事を頭の中で整理しているようだ。


『会長が言われてた事なんだけど。』

「あ、その件についてはノーコメントだ。」

『私、まだ何も言ってないよ?』

「いや、会長ってだけで分かるよ。」

『だったら教えて欲しいな。三番目ってどう言う事なの?』


 紀夫はどう答えるべきか考えた。


『黙秘かしら?』

「…」

『私は久保田君の一番になれないって事だよね。久保田君には既に結婚相手が決まってる。それを私がわかった上で久保田君とお付き合いすると、私は二番目の女になるのよね。でも、会長は私を三番目と言った。私が三番目になるという事は、結婚相手と私の間にもう一人、女の人がいるって事になるわ。』


 紀夫は黙って聞いた。


『仮に名前を入れると、結婚相手は楓という事になるね。会長なら久保田君の結婚相手の事を知っていてもおかしくない。二番目の女についても会長は知っている。そして、二人とも会長に近しい人。違うかしら?』

「…」

『黙ってるという事は、私の推理は間違っていないようね。楓と会長の接点がよくわからないけど。』

「なぁ、佐伯さん。」

『何かしら?』

「君は本当に俺の事を好きなのか?」

『ええ、好きよ。初恋の人ですもの。』

「もう十年近く前の話だぞ?」

『そうね。大いに拗らせてるのは自覚してますよ。だから、久保田君…』


 貴子は間を置く。


『諦めて。』

「いや、諦めるのは佐伯さんの方…」

『何度も言わせないで。拗らせてるから。こうして再会できたのも縁だと思うの。これ、腐れ縁って言うのかしら。』


 確かにそうだ。腐れ縁とは、好ましく無い関係の人と縁が切れない事を言う。悪い意味の言葉だ。

 貴子にとって紀夫との再会は腐れ縁でしか無い。拗らせた初恋が更に拗れてしまったのだ。


『話を元に戻します。三番目の件について、教えてくれないの?』

「すまん。今は言えない。」

『そう。わかったわ。でもね。理由もわからずに三番目とか、私は嫌よ。楓から奪う事になるけど、全力で久保田君を落としにいきます。覚悟して下さいね。』


 紀夫はハァと溜息を吐いた。


「佐伯さんは最近、楓とは会ってないのか?」

『そうね、大学出てからは会ってないね。就職して仕事が忙しいから。』


 貴子は佐々倉に就職してすぐ、秘書室に配属された。頭脳明晰で容姿端麗な貴子だ。当然の配置だろう。

 秘書の仕事は担当する役員の出張に随行する事も多い。なかなか旧知の友達と会う時間がとりにくい。


『いい機会かもしれない。』

「なにが?」

『久しぶりに楓に会おうかな。』


 紀夫は嫌な予感がした。


『久保田君。お願いしていいかな。』

「なにを?」

『楓に私が会いたがってるって繋いでくれないかしら。』

「わかった。後で楓に伝えておくよ。」

『ありがとう。よろしくね。』


 礼を言うと貴子は電話を切った。


 紀夫はガリガリと頭を掻くと、またも泡の無くなったビールを一気に飲み干した。

お読みいただきありがとうございました。

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☆☆☆☆☆評価もお願いします。


咲恵が台所を誰にも預けない決心をサラッと流してみました。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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