23 ダークホース
衝撃的な告白だった。紀夫は兼吉が言った事が理解できなかった。
「真里と楓が異母姉妹…ですか?」
「ああ、そうじゃ。」
兼吉は経緯を話しだした。
兼吉には一人息子がいた。名前は佐々倉真一。
今から二十八年前。真一が高校生になった時、国立大学生を家庭教師のアルバイトに雇った。名前は吉田明美。明美は大学一年生だった。
明美は聡明で快活で容姿端麗だった。明美が家庭教師になって真一の学力は目を見張る様に向上した。模試の結果も希望する国立大の合否予想はAランクだった。兼吉はその結果に喜び、明美を高く評価していた。あくまでも家庭教師として。
だが真一は違った。真一は明美を家庭教師ではなく、一人の女性として見ていた。明美も真一の情熱に押されて、次第に男として見るようになっていった。二人が恋人関係になるのに時間はかからなかった。
真一が高校三年の時、佐々倉家に変化が訪れた。真一の婚約話であった。伊集院愛理。真里の母親である。
伊集院家は旧華族で家格があったが、商売に関しての素質は代々無く、経済的にはボロボロの家だった。
佐々倉家は先の大戦後のゴタゴタ期に闇市で儲け、その後の朝鮮特需・高度成長期で大きくなったいわゆる成り上がりであり、家格は無いに等しい。社交界でもそれなりの扱いはされていたが、家格が無いので陰で小馬鹿にされていた。
真一と愛理が結婚する事により伊集院家は佐々倉から経済的支援を。佐々倉家は伊集院家と親戚となり家格を得る。両家の利害が一致した政略結婚であった。
婚約発表は真一が大学入学後とし、それまでは真一、愛理には極秘にして準備が進められた。
そうとも知らず真一は大学の合格発表後、兼吉に明美と恋人関係である事を告白し、明美と結婚したいと言った。
兼吉は猛反対をした。翌日、明美を呼び出し真一と別れる様に言った。大学四年になる明美に就職先を斡旋し内定させた。大学でかかった学費全額分を払った。そして佐々倉家の置かれている状況を話し、これに見合うだけの貢献ができるのなら真一との交際を認めようと持ちかけた。
明美の家は一般のサラリーマン家庭であり、当然ながら貢献などできるはずもなかった。明美は泣く泣く真一と別れる事を飲んだ。
兼吉は真一にも説明をして力ずくで納得させ、愛理と婚約をさせた。
それ以後、明美と佐々倉家の接点はなかった。この春までは。
真里と紀夫が出会った事により紀夫の身辺調査が行なわれた。当然、楓についても調べる。結果、楓が明美の娘だとわかった。
楓の出自を調べた。明美は未婚であった。楓が生まれたのは、明美が真一と別れてからわずか半年後だった。兼吉が明美に別れを強要していた時には妊娠していた事になる。真一は明美の妊娠について一言も話した事がなかった。妊娠している事を明美は真一に話していなかったのだろう。真一が知っていれば明美との別れを受け入れるはずが無かった。
明美が真一以外の男と通じる事はありえなかった。何故なら明美は大学へ行く以外の時間、休日も関係なく佐々倉の家に通い、真一と過ごしていたからだ。
兼吉は明美の大学時代の友人などにも聞き取り調査させた。明美の大学生活で親密な男がいたと言う事実は確認できなかった。
得られたいずれの情報も、楓が真一の子である事を示唆していた。
「明美さんから直接に聞いたわけではない。だが儂は楓が真一の娘であると確信しておる。」
兼吉の話を聞き終える。紀夫はカクテルを飲んだ。カクテルはグラスの半分までなくなっている。先程までの甘みはなくなり、ほろ苦い味に変化していた。
「儂はの。楓が孫だと知った時、なんとも言えん後ろめたさに打ち拉がれた。真一は素直な子じゃったから、親である儂の言う事に反抗する事なく聞いてくれた。愛理さんとも仲睦まじくやってくれ、真里という可愛い孫もできた。」
兼吉は一旦口を噤む。
「じゃがな、ふと思うたんじゃ。儂の敷いたレールを走らせるのではなく、真一の思う様にさせてやっても良かったのではないか?と。」
兼吉は気持ちを落ち着かせるかの様に、グラスを口にする。
「じゃから、真里が嘘をついてまで見合いを嫌がった事を咎めたりはせん。真一の轍は踏ませられん。真里には好きな男ができたのなら、思う様にさせてあげようと決めたのじゃ。流石に相手の男が佐々倉を背負って立つ器量が無ければ反対はするがの。」
「さて、君の質問への答えじゃ。」
「はい。」
「真里をふるという事に関して、儂は一切踏み込まん。何故か分かるの?」
「はい。」
「真里は君の事を好いておる。だからと言って君が真里を好きになるとは限らん。リスクは何にでも起こり得る。真里も馬鹿ではないから心得ているはずじゃ。心得ていなければ佐々倉の女として心配になる。」
「わかります。」
「それにの。君が真里をふるという事は、楓を選ぶという事じゃろ?」
「そうです。先程も言いましたが、それ以外に理由はありません。」
「なら、それはそれで儂は歓迎する。楓も儂の孫なんじゃから。」
「会長の口振りだと、俺だからというニュアンスが感じられるのですが…」
「言わんかったか?儂は君を買っておると。」
「それは真里の相手としてですよね。」
「そうじゃ。だから楓の相手としても安心できるという事にならんか?」
「そうなりますか?」
「君は似ておる。」
「誰にですか?」
「真一にじゃよ。容姿が似ているとかではない。君の醸し出す雰囲気が真一によく似ておるんじゃ。」
「褒められてるんでしょうか。」
「褒めてはおらん。感性の問題じゃからな。おそらく楓も真里も同じように感じてるんじゃろ。同じ男を好きになるとは、さすが姉妹じゃな。」
「それって二人がファザコンなだけでは?」
「何か問題でもあるかの?まぁ、楓は真一に会った事が無いのだからファザコンとは言えんじゃろ。」
「本能的な憧れ?」
「かもしれんな。それを言えば真里も同じじゃ。君に一目惚れしたんじゃからな。二人の本能が同質なんじゃろ。」
ワハハと兼吉は笑う。紀夫もフフッと笑った。
『笑い方も真一に似ておるな…』
「さて、君は自分の事について知らないようじゃし。儂が君を買っている別の理由も教えておこうかの。今後のためにも。」
「俺のことですか?」
紀夫は兼吉がこれから話す事に、全く予想がつかなかった。
「君の母方の姓はなんといったかの?」
「四枝です。」
「その四枝の家に行った事は?」
「ありません。」
紀夫はそう答えた。母親の実家に行ったことがない。問われて気がついた。何故、母親の実家に行った事がないのだろうか。
「まあ、その辺りについてはご両親に聞いておくほうが良かろう。行った事が無いのなら知らなくて当たり前か。」
「どういう事でしょう。」
「四枝家は四葉家の分家筋じゃよ。東北地方で鉄道会社をメインとしてバス、タクシーなどの交通産業や百貨店など流通産業を経営しておる中堅の実業家じゃ。」
知らなかった。母親の実家が実業家であり、四葉の分家だったとは。
本家となる四葉も佐々倉と遜色無いほどの規模を誇る大企業グループ宗家だ。紀夫がいた四葉商事は四葉グループ内では規模の小さな企業だった。
「君は四葉商事に希望入社したのか?」
四葉商事に入社したのは希望では無い。大学三年で就職活動を始めたが、なかなか内定がもらえずにいた。四年の秋に母親から、世話になった方が四葉商事にいて紀夫を欲しがっているから四葉商事に就職しなさいと言われて入社した。
「違いますね。言い方が悪いですが縁故に近いです。」
「だろうの。なんせ君は四葉商事の後取りになるはずじゃったのだから。」
「本当ですか?初耳ですよ。」
「四葉の会長に直接聞いたのだから間違いないのぉ。」
「それでなんですね…」
紀夫は四葉商事で出向を命じられた時に違和感があった。ヒラ社員の人事発令を会長が行った事。そして四葉美也子が発した言葉。
『ウチとしては痛手なんだけどね。』
単に業績の良い社員を引き抜かれたという意味ではなかったのだ。
「しかしですよ、会長。それなら四葉の会長もよく俺を佐々倉に出しましたよね?何かあったんですか?」
「それはその…」
「あったんですね?」
「ほら、それ、なんぢゃ…」
「か・い・ち・ょ・う?」
「すまんの。その話は勘弁してくれんか。」
兼吉の顔が赤い。単にアルコールのせいではない赤さだ。
兼吉と美也子の間にも何かあるのだろう。紀夫はそれ以上のツッコミはやめた。今後、兼吉を牽制するためのネタとして。
「さて…」
兼吉が気を取り直して話を進める。
「儂は言ったの。『佐々倉を背負って立つ器量が無ければ反対する』と。」
「言われましたね。」
「儂は佐々倉家当主じゃ。楓や真里が君の事を好いているだけでは納得できん。真一に似ているというのは多少プラスになるかもしれんがの。だから二人が好きになった男が久保田紀夫でよかったと内心、胸を撫で下ろしとる。君が四葉の縁戚というのが、君を買っている理由の一つじゃ」
家柄というのは付いてまわるらしい。紀夫は真里に同情した。
「じゃから真里には君を堕とせと命じた。これは真里の気持ちだけでなく、儂の願いも入っておる。」
「はぁ…」
「儂としては楓にも真里にも幸せになって欲しい。」
兼吉の願いは当然であろう。
「儂の願いと楓、真里の想いをまとめて叶えるとしたらの…」
「会長の意図がわかりました。俺が真里と結婚して佐々倉を継ぐ。楓は妾さんとして側にいても良い。という意図が。」
「わかってくれたかの。」
「理解しましたが納得してませんよ。」
「そうじゃろうの。」
「そこに俺の意思が入ってません。」
「君のいう通りじゃ。じゃから真里の奮起に期待しておる。君に無理強いはせん。」
「わかっていただけているのなら構いません。」
「無理強いはせんが…お願いじゃ。楓も真里も等しく接してやってくれんか?」
「それは言われなくとも。」
「それと、二人に姉妹という事は黙っておいてもらえんか?」
「分かってます。」
「すまんの。」
紀夫は残っているカクテルをグイッと一気に飲んだ。口の中に広がったのは、心地よい甘さとほろ苦さが入り混じった味であった。ベースはウォッカだろうか。顔がホワッと上気するのはアルコール度数が高いせいだろう。
お読みいただきありがとうございました。
1話で兼吉がダークホースと言った真の理由。
おわかりいただけたと思います。
強引な伏線回収ですが…
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(`-ω-)y─ 〜oΟ




