21 After the second, everyone is a mistress.
サブタイトル変更しました。
セントラルホテルは佐々倉ビルディングから車で三十分ほど離れた場所にある。
ホテルの歴史は古く、大正期に創業した老舗ホテルで格式も高い。一般のサラリーマンが出張で泊まれる様な価格ではない。シングルでも一泊数万円は必要だ。
ホテルのエントランス前にある車寄せに一台のハイヤーが停車した。入り口に立っていたドアマンが近づいて後部座席のドアを開ける。貴子が車から降りた。後から紀夫が降りるとドアマンはドアを閉めた。ハイヤーの運転手は後部座席に忘れ物が無いか確認してから車を発進させた。
「いらっしゃいませ。」
ドアマンの挨拶に二人は軽く会釈して自動ドアを抜け、エントランスロビーに入った。
「ちょっとだけ待っててもらえる?」
紀夫が頷くと貴子はフロントへと向かった。貴子はフロントで二言、三言話して紀夫の元に戻ってきた。
「お待たせ。いきましょ。」
貴子はエレベーターに向かって歩きだした。紀夫は初めて来るホテルで勝手がわからないので、貴子の後について行った。
エレベーターに乗ると貴子は最上階のボタンを押す。ドアが閉まりゴンドラが上に向かって加速しだした。
ゴンドラは定速運動になり減速へと動きを変え、最上階で停止した。
二人はエレベーターを降りて目の前にあるバーラウンジへと入っていった。
「いらっしゃいませ。」
入り口にいたウェイターが出迎える。
「佐々倉会長は?」
「いつもの席にいらっしゃいます。」
貴子の問いにウェイターが答えた。ウェイターの様子から兼吉はここの常連客で、貴子も兼吉と一緒に何度か来ている事がうかがえる。
「ありがとう。」
貴子はそう言って店内に入る。紀夫が続いて入る。「ごゆっくりとお寛ぎください。」とウェイターが言った。
兼吉は一人、バーカウンターに座っていた。カウンターテーブルには琥珀の入ったロックグラスが置かれていた。先に飲んでいた様だ。
「会長。お連れしました。」
ここまでの経緯は、昼休みが終わってすぐの事だ。紀夫のところに貴子がきて小声で言った。
「久保田君。今夜の予定は空いてる?」
「取り立てては無い。何か用事か?」
「会長が久保田君をご指名なの。」
「会長が?なんだろう。」
「理由については私もわからないわ。ご指定の時間は十時なので、その前に私と夕食でもどう?」
「いいけど…」
「けど?私とではご不満?」
「そんな事は無い。」
「ではそういう事で。」
と言ったやりとりがあり、紀夫は貴子と夕食をとってから、ここにやってきた。
「おお、忙しいのにすまんかったな。」
兼吉は紀夫の顔を見て言った。紀夫は貴子の顔を見た。貴子は頷く。紀夫は兼吉の右隣に座った。
「会長。私も一杯、頂いても?」
「ああ、構わんとも。」
「ありがとうございます。」
貴子は兼吉の左隣に座った。
「いらっしゃいませ。」
二人が着席するのを待って初老のバーテンダーが挨拶し、二人の前にコースターを敷いた。
「何にいたしますか?」
バーテンダーが紀夫に尋ねた。
「エライジャ・クレイグの12年は置いてますか?」
「ございます。」
「では、それをシングルロックで。」
「畏まりました。佐伯様はいかがなさいますか?」
「そうですねぇ。ギブソンにしようかしら。」
「畏まりました。」
バーテンダーはギブソンを作り始めた。ジガーでドライ・ベルモットの分量を計りシェーカーに注ぐ。
隣にいた若いバーテンダーが十センチ角の角氷をアイスピックで削り始めた。
兼吉が紀夫に顔を向けた。
「久保田君、聞いたぞ。」
「何をですか?」
「武勇伝じゃよ。」
「あ〜。それですか。」
「やるではないか。高校生で百人斬りとはのぉ。」
ウォッホッホッと兼吉は笑う。貴子は黙っている。紀夫は誤解である事を訂正すべきか悩んだ。
誤解を解くにはあの当時、楓との約束を実行した結果である事を説明しなければならない。真の理由は、快楽目的の体の関係を持つ事よりも非道な仕打ちかも知れない。そう考えると、世間一般的なスラングのままの方が良いかもと腹を据える。真実が必ずしも正義では無い場合もある。 性戯としておく事にした。
カシュカシュカシュ
初老のバーテンダーがシェーカーを振り始めた。
「君は若い。若いうちは、そう言った武勇伝を積み上げるのも良いと儂は思うぞ。」
「痛み入ります。」
「淑女を喜ばせるテクニックは若いうちに得ておいて損は無い。男の甲斐性じゃて。」
コポコポコポ…
バーテンダーはシェイクを止めるとシェーカーの蓋を開け、カクテルグラスに注ぎ移した。カクテルオニオンをカクテルピンに刺してグラスに飾る。
「お待たせしました。」
貴子の前のコースターにカクテルグラスを置いた。
「ありがとう。」
貴子はカクテルグラスを持つと兼吉に乾杯の仕草をして、グラスを口にした。
「ところで佐伯君。君の噂についても聞いておきたいの。」
「どの噂でしょうか?」
「久保田君の情婦と言う噂じゃよ。」
貴子はチラリと紀夫を見た。紀夫は真っ直ぐ前を見ていて視線を合わせなかった。
「その件については微妙なところです。」
そこはしっかり否定するところだろ!と紀夫は思ったが口にしなかった。
「含みのある答えじゃの。」
「真実で無かったとしても、嘘から出たまことになりうる事もありますので。」
貴子はもう一度グラスに口をつけて飲む。
「お待たせしました。」
紀夫の前にエライジャ・クレイグの注がれたタンブラーグラスが置かれた。削られていた角氷は綺麗な球体に変貌していた。
「チェイサーになります。」
水の入ったグラスが添えられた。
紀夫はタンブラーに口をつけ、琥珀を喉に流した。
「九十九番目の女という事じゃったが…」
兼吉はグラスを持つとグビッと一口飲んだ。
「一番目になりたいと言う望みはあるのかの?」
兼吉は貴子を見た。貴子は言葉を選んでいる様だった。
「私は久保田さんに対して、あの時も、そして今も想いは変わりません。」
貴子にとって紀夫は初恋の人であった。高校卒業後、紀夫との接点が無くなってしまったのだが、初恋を浄化できず拗らせたまま、今まできてしまった。
浄化できなかった原因は紀夫にあるのだが。
「一時期は諦めようと努力した事もあります。」
紀夫も兼吉も貴子の告白を黙って聞いた。貴子は感情が昂らないよう、声を抑えるようにして話す。
「でも、再会してしまいました。私はこのチャンスを無駄にしたくありません。一番になりたいです。」
貴子はグラスに残っているカクテルを一気に飲み干した。
「会長。申し訳ありません。感情的になってしまいました。これにて失礼します。」
貴子が立ち上がろうとした時、兼吉が思いがけない事を口にした。
「三番目の女はどうじゃ?」
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(`-ω-)y─ 〜oΟ




