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20 二つ名

ドッドッドッドッ…


 佐々倉ビルディングの地下駐車場に独特のエキゾーストノートが響く。三百台は駐められる駐車区画の中、比較的にビルの出入り口に近い区画にそのサウンドの音源は停車した。エンジンキーをオフにすると腹の底に響いていた音が鳴り止み、打って変わって駐車場を静寂が包み込む。

 紀夫はヘルメットを脱ぐと、ルーティンワークの様にサイドミラーを見ながら髪型を整えると出入り口へと足を向けた。

 もうすぐ六月。そろそろスーツでハーレーに跨るのも限界を感じる。国産メーカーがバイク用エアコンを開発していると数年前に話題になった事があるが、実用化されたという情報は聞こえてこない。実用化されたところで、紀夫のハーレーには装備できないだろうが。


『山岸室長に頼んでみるか…』


 出入り口の自動ドアを開け、中に入ると適度な温度と湿度の空気に身を包まれる。


「おはようございます。」

「「おはようございます!」」


 警備員と挨拶を交わして、締まりかけていたエレベーターの扉をこじ開け、ゴンドラに飛び乗る。

 三十二階でエレベーターを降りると、目の前の秘書室に入らず、廊下奥の男子トイレへと向かうのもルーティンワーク。いつも通り、清掃中の看板が立てかけられているのを見つつ中に入る。


「おはようございます。」

「おはよう、紀夫さん。」


 貴美子と挨拶をしてウガイをする。貴美子に捕まり、数分ほど会話をしてトイレを出る時には、


「今日も紀夫さんに口説かれてしまったわね…ポッ…」

「『ポッ』とか声に出して言わないで下さい。」


と冗談?を言われて苦笑いしながらトイレを後にした。


「おはようございます。」


 紀夫は挨拶をしながら秘書室に入る。業務開始にはまだ早い。室内にいるのは三人だけだった。


「おはよう。」

「おはようございます。久保田さん。」

「おはようございます。」


 一人目は室長の山岸香澄。二人目は隣の席の木島洋子。三人目の女性の名前はわからなかった。

 紀夫は自分の席に着くとヘルメットを足元に置いてパソコンの電源を投入した。


「久保田君、佐伯さん。」

「はい。なんでしょうか。」

「はい。」


 香澄に呼ばれて紀夫は立ち上がる。紀夫の席の向かい側に座る女性も立ち上がった。香澄が立ち上がり、二人の机に近づいてきて言った。


「彼女は佐伯貴子さん。会長付き秘書よ。先週は会長と同行して不在だったので紹介しておくわ。彼は久保田紀夫君。役職は室長付なので一応敬うようにね?」


 香澄は悪戯っぽく紀夫を紹介した。


「久保田紀夫です。宜しくお願いします。」

「佐伯貴子です。久保田君、お久しぶりだね。」

「えっ?」


 貴子の挨拶に紀夫は戸惑った。貴子も秘書室メンバーにもれず美女であった。紀夫は目の前の美女とどこで知り合っていたのか思い出せない。


「私の事、忘れちゃったかな。寂しいな…私、まだハンカチを大切に持ってるのに…」

「あっ…」


 紀夫は思い出した。目の前にいるのは高校二年生の時、同じクラスで一緒に学級委員をしていた佐伯貴子だった。


「思い出してくれた?」

「ああ。思い出した。」


 紀夫の表情の変化を見て、貴子は嬉しそうに言った。


「二人は顔見知りだったの?」

「はい。」


 香澄の問いかけに貴子は返事をした。


「高校の同級生です。久保田君は高校時代、百人斬りの久保田って二つ名があったんですよ。私、久保田君の九十九番目の女でした。」


 貴子は紀夫を見てニコッと笑う。


「ちょっと待ってくれ。その言い方は誤解を…」


ガタガタッ…ガコン


 紀夫が貴子の発言を訂正するように言いかけた時、洋子が勢いよく立ち上がったので椅子が転けた。


「く…久保田さん!高校時代、ヤリ○ンだったんですか!」


 洋子が喰いついた。顔がニヘラァと怪しく微笑む。紀夫は見なかった事にした。


「さ…佐伯さん。久保田さんって、ど…どんな感じでした?は…激しかったですか?」


 洋子が涎をジュルリと垂らしながら貴子に問い詰める。


「はいはい、洋子ちゃん。落ち着こうか?」


 香澄が洋子の側まで来て両肩に手を当て、ドウドウと洋子を御する。


「しかし、これはまた凄い事を聞きましたねぇ。久保田君は百戦錬磨の手足(てだ)れだったとは…という事はお嬢様も既に傷モノに…」

「待って下さい、室長。なんだか話が変な方向へ進んでます。」


 香澄が小声でブツブツと言ったのが聞こえた紀夫は慌てて話の修正を試みた。


「いや、それくらいの武勇伝があっても良いと思うな。その方が久保田君に箔がつくでしょ。」


 アハハと笑いながら香澄は自分の席に戻った。


「室長!それ、絶対にアカンやつですから…」


「「おはようございます!」」


 紀夫が香澄に問いかけようとした時に他の秘書達が出勤してきたので、それ以上はこの話題を口にできなくなった。

 貴子が机をクリッと迂回して紀夫の所まできた。椅子に座った紀夫の耳元に顔を寄せ、ヒソヒソと小声で話した。


「久保田君、結婚はまだだよね。」

「ああ、独身だ。」

「付き合ってる(ひと)はいる?」

「楓と付き合ってる。」

「そうなんだ。途中で別れたとかは?」

「無いよ。あれからずっと一緒にいる。」

「そっか。私にも、まだワンチャンありかな?」

「えっ?」

「私、言ったはずよ?待ってしまうって。」

「お…おい!」

「久保田君、オッパイ星人だったよね。私、楓より大きいよ?」


 紀夫が狼狽る様を見て、貴子は口角を上げてウフッと笑った。


「冗談よ、冗談。久保田君、高校の時と雰囲気が変わったね。」


 そう言うと貴子は自分の席に戻り、何事も無かった様に仕事の準備を始めた。


 ちなみに『百人斬りの久保田』と言う二つ名は、その日のうちに佐々倉ビル内に広まった。


 貴子が情婦だと言う噂付きで。

お読みいただきありがとうございました。

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佐伯貴子は短編小説

【女の子からの告白を100人断れば付き合っても良いと彼女が言った】

の冒頭に出演してます。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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