1.7 チャプター1『旧き王の覚醒』
「校舎内には獣が徘徊していて、校門の外には出られませんでした。転移したと理解した時には、私達はすでに学園迷宮に閉じ込められたんです」
話し終えたカエデは、ティーカップを手に取り一口。「やっぱり人が入れてくれたお茶って美味しいですね」と顔をほころばせた。
その幼さを残す顔を前に「獣もいる中でよく生きていたものだ」思わず感嘆に似た言葉がアシュケルから漏れる。
アシュケル自身も対峙したから獣の危険性は十二分に理解していた。
見上げるほどの巨体、強靭な身体能力、なにより転移したのは中学生たちだ。
一般人であり、まだ非力である彼ら彼女が対処できる存在ではない。少なくとも、アシュケルはそう考えていた。
しかしカエデは「それが意外と早く帰れたんです」と訂正を入れる。
「そもそも獣は校舎から出てこなかったので戦ってないんです。それに閉じ込められたって言っても、ちょっとですよ?だいたい一日ぐらいで出てこれましたし」
「意外だな。どうやったんだい?」
「校庭に水晶があって、それが売店みたいな感じで。魔法カードや杖、あと帰還用のアイテムも売っていました。買取も可能で、手持ちの小銭や拾った石や木材とかを入れたら通貨が普通にもらたので、それでアイテムを買って帰還できたんです」
そこまで聞いたアシュケルは一つの確信を抱く。
(安全地帯に転移して、誰かが使う前提の売店があり、帰り道まで用意されてる。それなら……)
「……ふむ。ならば誰かが用意したんだろう。その学園迷宮はあまりに《《準備が過ぎている》》。君たちが迷い込んだのも偶然ではあるまい」
そのアシュケルの考えに、カエデも頷いてみせた。
「私も含めて大半はそう考えていると思います。迷宮には主がいるんじゃないか?って。でもあんまり気にしてませんけどね」
「安全を考えるなら気にするべきだとは思うが、それに気づかぬ訳もない。なら理由があるんだろう?」
「理由というか、執着というか。その、情けなく聞こえるかもしれないですけど、私を含めてみんなアイテムに目がくらんでるんですよ。魔法の他にも才能の種なんてのもあって、好きな才能がもらえるんです。それには人生が変わるぐらいの価値がありますから」
たしかにと、アシュケルは思う。
誰しもが考えるだろう。もし人より物覚えが良かったら、もし運動神経が、もし音楽のセンスが⋯⋯
――もし人より優秀なら。
それが叶うのなら、全てを投げ打つ者がいても可笑しくはない。
それが若人なら尚更だ。
「だから私たちは迷宮を独占しようって決めて、表向き学外サークルってことで活動してるんです」
「ある意味、潔いとも言えるのか。招き入れた誰かがいると理解していても、実利をもたらしてくれるのなら気にもしない、と」
「そうですね。みんな目標があるんです。お金を稼ぎたいとか、部活で優秀な成績を収めたいとか、頭を良くしたいとか。色々。私にもありますよ」
「それはぜひ聞かせてもらいたいものだね」
「秘密です。まぁいくつかはアシュケルさんと出会って叶いましたし、それは教えてもいいですよ」
ふふ、とカエデは微笑んだ。
それは年不相応の妖艶さで、瞳には執着が見え隠れしているように見えた。
(報酬を与え、欲望を刺激し、迷宮へ誘う。まるきりゲームじゃないか。だから若い学生を誘ったんじゃないか?学生たちがプレイを続けるように⋯⋯)
それは確信に近い直感だった。
根拠は薄い。それでもシズクの瞳を見れば、あながち間違いじゃないと、そう思えた。
そしてその先に何があるのか?
(魔女の目的が真っ当である保証はどこにもない。なら生徒たちは?彼女はどうなる?)
アシュケルの頭に、初めて会った時のカエデの姿が――倒れ伏す様が浮かぶ。
それがアシュケルの口を動かした。
「シズク、もしも、もしも私が迷宮に挑むのをやめてほしと願ったら、君はどうする?」
「⋯⋯やめてほしいんですか?」
「仮の話だ。答えて欲しい」
「⋯⋯止めない、ううん、止められないです」
「私の頼みでも?」
「はい」
その言葉は力強い。
カエデもアシュケルが抱いた危惧は理解しているのだろう。
実際に数日前には死を前にしたのだ。
それでも彼女は迷宮を諦めてもいなければ、恐怖に足を止めることもない。
その足は、その願いを叶えるまで止まらないだろう。
そして願いを叶えるかどうかは――
(迷宮の主が決める。悪趣味が過ぎるよ)
まだ見ぬ迷宮の主を思って、アシュケルは表情を歪めた。
カエデの様子を見れば、生徒たちサークルのメンバーが止まることはないと理解できる。
となれば止められるのはアシュケルのみ。
そして失った彼の記憶の鍵も迷宮の主が握っている。
魔法と彼の力。
迷宮龍人。
現代社会で否定される存在が、同時期に、同じ地域に現れた。なら関係は確実にあるはずだ。
(行くしかないか)
何が待っているかは分からない。
アシュケルと関係があるのは間違いないだろうが、それが友好的か、それともその逆か。判断すらつかない。
それでも、だ。
カエデは、姿も、言動も、過去すら怪しい自分に好意を向けてくれてた。共に過ごしてくれた。
(たった一人の小さな友人を見捨てるなんてのは、やっぱできそうにないや)
アシュケルは覚悟を決めると、カエデにその赤い瞳を向け――告げた。
「では迷宮を作った物好きに会いに行くとしようか。カエデ、案内を頼めるかい?」
∞
「ここ数日で一番の驚きだ。君は⋯⋯高校生だったのか」
「⋯⋯幼くて悪かったですね」
二人が立っていたのは、カエデが通い、学園迷宮の入口がある高等学校の裏門だった。
すでに時間は深夜で、人の気配はない。
カエデの嫌味をサラリと流し、アシュケルは彼女を抱える。小柄な彼女は、大柄な彼の腕にぴったり収まり「アシュケルさんっ!」と顔を赤くしていた。
「二度目なんだから大人しくしていてくれ」
「普通に通路、通路がありま――ッッッ!」
彼女が言い切るより先に、裏門飛び越えようとアシュケルは跳ねた。
その巨体は悠々と宙へ浮き上がる。
そして裏口を抜けたその瞬間――河川敷で聞いた誰かの声が、再び彼の脳裏に響いた。
――フラグの回収を確認しました。グランドクエストチャプター1『旧き王の覚醒』がチャプター2『獣の王の黄昏』へと進行します。
展開遅いですが、ようやくあと数話であらすじに書いた部分たどり着きます。
高評価などよろしくお願いします。




