1.5 告白
「やはりこの世界は異世界や並行世界の類ではない、か。いっそ異世界なら、そういうものだと納得もできたんだが⋯⋯都合よくはいかないものだ」
PCを前にメモをとっていたアシュケルは、そこで背を伸ばす。
すでに数時間、彼は自身の過去を探るために調べものをしていたが、その結果は芳しくなかった。
龍は絵本の中にしかおらず、魔法は憧れもしくは比喩表現、モンスターは飲み物と人間を指す言葉だった。
判明したことといえば、この世界が彼の認識通り、ファンタジーなど空想でしかない現代社会だということぐらいだろう。
(思い出せたこともなし。ってことは後の手掛かりは彼女だけか)
そこまで考えた彼は、離した両手のひらを向かい合わせる。そして――
「……尖塔雷」
つぶやくと『バチッ』と火花が跳ねた。針先ほどの細い稲妻が右から左へと走り抜ける。
何度目かになるその様子を眺めながら、アシュケルは「やはり同じ、か」とつぶやいた。
先日、獣と対峙していたカエデが放った魔法らしき力。
それと同じことが彼には可能だった。
(同じ呪文で同じ効果。僕が使える魔法が《《万能でなかった》》んだから、無意識に再現したって線もなし。やっぱり根っこは……)
「ただいま帰りました!」
玄関から聞こえてきたカエデの声に、アシュケルは思考を中断した。
(後は直接聞くしかないかな)
そう決めると、アシュケルは彼女を出迎えるべく部屋を出た。
∞
帰宅したカエデに声をかけると「ちょっと待っててください!」と自室へと着替えに向かった。
傍らには紙袋を抱えていたので、新しく服を買ってきたのだろう。
(元気そうでなにより)
数日前の姿を知るアシュケルは、彼女の快活な足音を嬉しく思いながらリビングへと足を運んだ。
帰宅時に渡された茶葉で紅茶をいれ、茶菓子には作り置いた蒸しパンを温め直す。上にジェリー状のチェリーを載せてテーブルへ運ぶと、ちょうどそこでカエデが顔を出した。
「おまたせしました!どうですかこの服?」
予想通り、カエデは初めて見る服を着ている。
上半身を彩るフリルブラウス、それを淡い青色のコルセットスカートが優しく包んでいた。
その装いには品があり、華があった。
「よく似合っている。青が上品で映えるし、爽やかでいいじゃないか」
「そう言ってもらえて良かったです!」
「ではお嬢様、こちらへどうぞ」
アシュケルは恭しく彼女の手を取り、テーブルをソファーに座らせた。そして彼はその向かいへ。
「隣じゃないんですか?」
「すまないが、今回は向かい合ってのほうがいいだろう。さて、食べながらで構わないから聞いてほしい。出会った時、私は君に言ったね。聞きたいことがある、と」
「そう言えば言ってましたね。それで聞きたいことって……もしかしてあの獣と杖のことですか?と言うか、それ以外思いつきませんし」
言いつつ、カエデはそのブラウスの胸ポケットから、一枚のカードを取り出した。
サイズはトランプほどで、表面には青い球体を抱えた女性の姿が描かれている。
アシュケルは差し出されたカードを受け取ると、「これは?」と彼女に聞いた。
「それは最下級の魔法です。ちょっとした水が出せるんですよ。使い方はそこに書いてある文字を読むと、勝手に発動します」
「ふむ、では……」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
カエデは慌てて立ち上がると、キッチンからボールを抱えて戻ってきた。
「はいこれ。思ったより水量があるので、受け止めないとひどいことになります」
「ありがとう。では改めて……水球」
言うなりカードを包むように水球が現れた。それはしばらくすると重力に従い形を崩す。そして下に置いたボールへ水は落ち、カードは光の粒子となって溶け消えた。
その様子を目にしたアシュケルの脳裏に浮かんだのは、カエデと対峙していたあの獣だ。
(声によれば『管理外ユニット』だっけ。このカードも、あの獣も、消え方が同じ。もしかしてあの獣もこの魔法の産物なのか?……いやまずは彼女に話を聞くのが先。考えるのは情報が出揃った後でも出来る)
情報が足りない現状、考えても答えは出ない。そう考えたアシュケルは、すぐに頭を切り替えた。
「その魔法をどこで手に入れたのか、教えてくれるかい?」
「やっぱり気になりますか?」
「言いたくない事情でも?」
「そうじゃなくて、どうして知りたいのかなって。アシュケルさんは流石にファンタジーな存在なので、魔法カードとかに関係あるんじゃないかって薄々は気づいてました。ただ聞いてこないので、触れないほうがいいのかなって思ってて。それで……」
「私が話を切り出したから、この機会に私について聞いておこう、ということかな」
「はい。私はアシュケルさんのことを何も知りませんから」
カエデの真っ直ぐな瞳がアシュケルに向けられていた。
その奥には僅かな不安が見て取れる。
「教えてください、アシュケルさんのこと。どんな過去でも受け止めますから。世界を壊すために異世界から来たとか、実は宇宙人だとか、改造手術を受けてるとか、そう言うのも全部受け止めます」
「……カエデはだいぶ想像力が豊かなようだ」
思わずアシュケルの口から、うめき声に似た笑い声が漏れる。
「まぁそれは構わない。私が聞く以上、私も答えるのは道理だ。ただ、問題があってね」
「問題ですか?」
「私は憶えていないのだよ。私が誰で、どういった理由でこの世界にいるのか。なにも憶えていないのだ。せいぜいが魔法らしき力の使い方や、自身が旧き煤の王を呼ばれていたこと。それぐらいでね」
アシュケルは言うなり、両手のひらの間で尖塔雷を発生させた。
「私の力と君の言う魔法は同質のものだ。同じ言葉で同じ効果が生み出せる。ならば繋がりがあると考えられるだろう。私は知りたいのだよ。私が誰で、この力は何なのか。旧き煤の王とは何か?だから教えてほしい、その魔法カードはどこで手に入れた?あの獣はなんだ?私について間接的にでもなにか知りはしないか?」
しばらく視線を交差させていると、次第にカエデの頬が赤らんでくる。頬から耳へ、そして顔全体が赤らんだところで、彼女はその手で顔を覆い隠した。
「わ、わ、分かりました。分かりましたから!ちょっとそっち向いててください」
「あ、あぁ?」
「アシュケルさんは自身の顔が魅力的なのをもっと自覚してください」
「私が言うのもあれだが、カエデは趣味が悪いな。私の顔など人からすれば化け物だろうに」
「そんなこと言わないでください。格好いいです。趣味だって悪くないですよ」
カエデはそこでカップを手に取り紅茶で唇を濡らす。次第に落ち着きを取り戻すと、彼女は再び口を開いた。
「ふぅ。それで記憶を取り戻すのはもちろん賛成ですし、協力もします。だけどこのままじゃ駄目ですか?」
「このままとは?」
「このまま私と暮らしていけばってことです。記憶を無理に取り戻さなくたって、この生活は続けていけますよ」
「いつまでも君の世話になるわけにもいかないさ」
「私はいいですよ。蓄えだって十分にありますから」
「君は中学生だ。未来がある。未来とは自由であるべきだと私は思うよ」
「もう私は十八歳です」
再び視線が交差し、彼女の顔がまた赤らみ始めた。
しかし今度はすぐに彼女は視線をそらす。
「……私も大したことは知らないですよ?」
「構わないさ。手がかりは他にないんだ」
「じゃぁいいですけど。まず私はアシュケルさんについては、本当に何も知りません。ただ私に⋯⋯正確には私達サークルに関係しているのかなって、そう思ってはいました」
カエデはひと呼吸を置いて――
「始まりは一年前のことです。当時は夏季休暇が始まったばかりの頃、校内にいた生徒たちは、気づいたらそこにいました。獣がいて、奇妙なアイテムが手に入るそこを、私達は『学園迷宮』と呼んでいます」
ヒロインの年齢は18。
主人公の認識では中学生。
そしてヒロインの学年は伏線です。




