1.10 精霊
「私の名前はシズク、地球の管理者たるご主人様をサポートする人工精霊です」
そう名乗った彼女――シズクは、人とは思えないほどに美しかった。
年の頃、十代半ばに見える。
月光を編み込んだような銀髪、蒼穹のような青い瞳、陶器のような白い肌。
フリルブラウスに、それを包み込むような青いコルセットスカート。
その姿には品があり、華がある。
まるでアンティークドールのような、完成された美しさを持つ少女だった。
「詳しい話がしたいのですが、ここだと色々面倒なことになりそうなので、場所変えますね」
シズクは言うなりアシュケルの手を引いて歩き出した。
その唐突な展開に、思わずアシュケルは彼女の手を振りほどく。
「待て、待ってくれ。急すぎて話についていけないのだ。そもそも、君は誰だ?スバルという少年はどこへ行った?君がスバルなのか?」
「それ含めて話したいんですけど、まぁ仕方ないですね」
シズクはそこで一度振り返った。
「スバルってのはあくまでNPCなんです。ほらゲームとかでいる運営側が用意した非操作キャラクター。それがスバルで、私がスバルを担っていました。これでいいですね。というわけで行きますよ」
先程より強い力でシズクはアシュケルの腕を掴んだ。
歩き出した彼女に引きずられる形で、アシュケルもその後を追う。
振り返れば獣もついてきていた。
(なんなんだ彼女は?迷宮の主?いや自分がそうなのか?と言うかこの獣はなんだ、まるでペットじゃないか)
困惑しつつも、結局、アシュケルは腕を引かれるがまま歩き続けた。
少なくともシズクに害意はないだろうし、話をするつもりなのはアシュケルも同じ。
そう考えてのことだ。
しばらくするとシズクは廊下の片隅、そこに貼ってあるポスターの前で足を止める。
「えっと確かこのあたりにしまったと思うんですけど⋯⋯あ、ありました!」
シズクは薄い胸元からチェーンが付いたカードを取り出すと、それをポスターに押し付けた。
その直後、カードを中心に楕円形をした光の渦が現れる。
それは天井に円周が触れるまで広がると拡大が止まり、少しずつだが縮小を始めた。
「ささ、消える前についてきてくださいね」
その渦へシズクは迷うことなく飛び込んだ。続いて獣もその後を追う。
アシュケルはその光景を眺めた後、しばし考えてから渦へと飛び込んだ。
一瞬の浮遊感。そして目が眩むほどの光。
その光に慣れて目を開くと――
「ようこそ、地球の管理室へ!」
――そこは小さな書斎だった。
六角形状の部屋の壁には、所狭しと本が並べられており、いくつか出窓も確認できた。
そのガラスの向こうは、森林、砂浜、山岳、草原、雪原、小川⋯⋯窓ごとに違った風景がのぞいている。
そして何より目を引いたのが、部屋の中央に置かれたアンティーク調の書斎机、その上部、天井付近に浮かぶ地球儀だった。
直径数メートルはあろうかという巨大な地球儀は、ゆっくりと自転しており、仄かに光を放っていた。
まるで月から見た地球のような美しさであり迫力である。
「さぁこちらへどうぞ、今お茶を用意しますね。職員室から《《くすねて》》きたのがあるんです」
シズクは書斎机に納められていた椅子にアシュケルを座らせると、先ほどとは別のカードを取り出して光の渦を出現させる。そこへ入ってからしばらく。彼女はヤカンと湯飲みを持って現れた。
「お待たせしました。それじゃこれどうぞ」
彼女は茶を注いだ湯呑をアシュケルに渡すと、彼の正面に置かれた椅子に座った。
「では改めて聞きますが、ご主人様はどこまで覚えておいでですか?」
記憶喪失を知っているからこその言葉に、アシュケルは笑みをこぼした。
目の前にいる少女は過去を知っている。学園迷宮を知っている。彼を知っている。
真実を語る保証はないが、少なくとも話をするつもりはあるのだから、まるきり虚言というわけでもないのだろう。
そこでふと不安が頭をよぎる。
シズクはアシュケルを《《探していた》》。
それはつまり彼が必要だったということだ。
獣を従え、生徒たちに超常の力のを与えることができる少女が、だ。
(もっと面倒なことにならなきゃいいけど。まぁなるんだろうな)
アシュケルはため息一つ、まずは一つ疑問を解消しようと口を開いた。
「君の言う『ご主人様』は私でいいのかい?ここには私しかいないが、一応確認しておきたい」
「そうですよ。貴方は私の主で、この星の管理者です」
「管理者、ね。まぁいい。あとで説明してくれるのだろうし、まずは私から話そう。先の返事だが、私が人間であったこと、一般的な現代の常識、そして力の使い方。それだけだ」
「なるほど。それじゃより詳しく確認したいので、この単語のなかで⋯⋯」
シズクが人差し指を振ると、空中に単語が書かれた木板らしきものが現れた。
「⋯⋯思い出せることがあれば教えてください」
「わかった」
宙に浮かんだ単語を順に読んでいく。
『管理者』『キャスト』『地球遊技』『アストラル』『人狼族』⋯⋯見知らぬ単語を眺めていたアシュケルの視線が、ある木板で止まった。
そこには文字ではなく数字が描かれており、まるで時計のように刻一刻と変化を続けていた。
ただし時計とは違い、その数字は減少している。
「―――これは?」
シズクに目を向けると、彼女は微笑みながら告げた。
「あぁそれですか。タイマーですよ」
「タイマー?何を表しているんだい?」
「――人類滅亡までの時間です」
ようやく序盤の終わりが見えてきました。次回ぐらいに説明回です。




