1.11 地球遊戯
「人類の滅亡とは穏やかではないね。どういう意味だい?」
創作物では聞き慣れた、しかし現実ではまず聞かない《《現実味のない》》単語に、アシュケルは思わず聞き返していた。
その言葉に、シズクはわずかに眉を寄せた。
「正確には地球が初期化されるんです。やはり聞かれたということは、これも覚えていないのですね」
「あぁ、すまないがさっぱりだ。迷宮、獣、プレイヤー、チャプター⋯⋯何一つわからない。故に一から説明して貰いたいのだよ」
「了承しました。ただ現代人であるご主人様にとって、あまりに荒唐無稽な話かと思われます。私は真実を口にしますが、それをご主人様が信じられるかは別。その点、ご了承ください」
「今更さ。この顔を.⋯⋯」
アシュケルは自身の龍人を指し示して
「⋯⋯見た時ほど驚くこともないだろうさ」
「ふふ、だと良いですね」
シズクはクスリと笑うと、改めて表情を引き締めた。
「ではご説明させていただきます。今人類に⋯⋯いえ、この地球に何が起こっているのか。始まりははるか昔、人類が生まれる前のことです⋯⋯」
シズクはそう前置きしてから、静かに語り始めた。
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シズクの話によれば、どうやら人類が生まれる前、この地球には所有者がいたらしい。
「彼ら所有者は、地球全土を遊戯版に造り替えて、あるゲームを計画していました」
その”地球遊戯”は、RPGよろしくキャラクターになり切り、攻略側が迷宮制圧を目指していくゲームだそうだ。
大陸を操作し、環境を整え、迷宮を設置し――地球は遊戯板へと生まれ変わった。
「私は地球と同時期に造られた、管理補助を担う人工精霊です。地球が完成を迎え、私が造られ、すべての準備は整っていました。ですが私は⋯⋯いえ地球は、一度も使われることはありませんでした。所有者は忽然と姿を消したんです」
彼らがどこから来訪し、どこへ行き、なぜ姿を消したのか。
それはシズクにも分からない。
ただその結果、残された跡地で生命は進化を繰り返し、いつしか現れた人類が繁栄を謳歌した。
「もし地球遊戯が始まっていれば、人類の繁栄はなかったでしょう。そういった意味では運が良かったと言えます。そしてこのまま何もなければ、地球の寿命が尽きるその時まで、人類は幸運のまま何も知らずにいたはずです。ですが……」
シズクは宙に浮くタイマーが表示された木片へと目を向けた。
「……理由は不明ですが地球遊戯は開始されました。所有者もおらず、プレイヤーもいない、攻略不可能のゲームが始まっているんです。制限時間は約三年。それまでに勝者である『王』を決めなければ、地球は《《人類を含めて》》初期化されます。だから探していたんです。地球遊戯を進行させるのに必要不可欠な地球の管理者――ゲームマスターを」
アシュケルに向けられた青い瞳が語っていた。
シズクが探していたのは彼であり、つまりそれは彼が地球の管理者であると。
「正直に言えば、《《人類に肩入れ》》する私は、公平性を重んじる人工精霊としては失格なのでしょう。それでも、人類を守りたいと、そう思うのです」
そこでシズクは深々と頭を下げた。
「どうかお願いします。私は管理者であるご主人様を補佐する人工精霊でしかありません。どのような決断をなさろうと、私はそれに従うようにできています。ですが、どうかお願いします。人類を救ってください」
その声も、その体も、震えていた。
うつむいたシズクの表情は見えない。それでも彼女の感情を表すように、ポツリ……ポツリ……と雫が床にこぼれ落ちている。
その弱々しい姿を前に、アシュケルは胸の奥に鈍い痛みを感じた。
彼女の話を信じる根拠はない。まだまだ聞かなくてはいけないこともある。
ただそれでも、アシュケルは自然と彼女のそばへ。そして震える肩を抱きとめた。
「⋯⋯ご⋯⋯主⋯⋯人様?」
シズクは腕の中で顔を上げた。
頬に走る涙の跡。
紅く染まった青の瞳には、アシュケル自身の姿が写っている。
醜い姿だ。
とてもじゃないが、少女を抱きとめるには役不足だろう。
(それでも彼女には私しかいないんだろう。だから探していた、だからこうして頭を下げている。ならやるしかない、か。はぁ、なんで僕はこうなんだろう。涙一つでほだされて人類の命運を背負い込むなんてのは、どう考えてもまともじゃない)
自分の甘さに辟易しつつもそれを押し隠し、出来る限り柔らかい声音で彼女に語りかけた。
「君は記憶を失う前の私を知っているかい?」
「な、なにも、知らないです。メインシステムと私は別系統なので、ご主人様が誰なのかも、選ばれた理由も、何も知りません」
「私も私を知らない。過去も、経験も、何もない空っぽなんだ。だからこそ、今持ち得ているものだけは、大切にしたいとそう思うのだよ。そしてそこには、シズク君。君も入っている」
「ぇ、あ、それじゃ……」
「あぁ、いいさ。君が望むのなら」
アシュケルは一呼吸置いて断言した。
「人類を救おうじゃないか」
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「いやぁ、ほんとご主人様が見つかってよかったです。いないと詰みですからね。それに私はずーーーーーっと、ワンオペレーションで頑張ってたんですよ?そもそもそういった機能なんてインストールされてないのに。聞いてます?ご主人様。私頑張ってたんです。ずっと一人で」
「うん、聞いてるよ」
「褒めてくださいよぉ。ほんっっっっっとーーーに、大変だったんです」
「うんうん偉い偉い」
「あぁ癒やされるぅ。肉球の感触がいいです。はぁぁぁぁぁ……」
それからしばらく。
泣き止んだシズクからのレクチャーで、《《自由な言動》》を手に入れたアシュケルは、彼女の思うままに《《撫でられて》》いた。
その姿は龍人から愛くるしい黒猫へと変わっており、今やシズクの腕の中に丸く収まっている。
そしてシズクもまた、先ほどとは打って変わって口調は軽く、口数も豊富だ。
それは孤独の反動なのだろう。
そう考えたアシュケルは、彼女のスキンシップをすべて受け入れていた。
しかし――
「僕に本当にできるのかな。人類を救うなんてたいそうなこと」
「心配はいらないですよ。私がいます。ご主人様が人類にぽっこぽっこにされるよう、全力でサポートします!」
「⋯⋯ぽっこぽこ?」
「ぽっこぽこのギッタギタです!頑張りましょうね、ご主人様!」
「えぇ⋯⋯」
――すでにアシュケルは後悔していた。
過去のない元人間と、創造主に捨て置かれた人工精霊。
人類救済のための自作自演が、人知れずに始まろうとしていた。
今回で一章は終わりです。
正直、一章というより長いプロローグになってしまいました。
もっとシリアスに寄せるべきだった?かな?とちょっとだけ⋯⋯思ったり思わなかったり⋯⋯
良かったら評価お願いします。




