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第四章 悪役令嬢、貴方怪しいですわ!?

 騎士から渡された紙片。


 そこに残されていたのは、たった一行。


 ――『旧図書塔 十時』


被害者リリアの部屋から見つかったらしい


「これに見覚えは?」


騎士が言う


「知りません」


 アリアはその文字を睨みつける。


 誰が書いたのか。


 誰に向けたものなのか。


 そして――なぜ、こんなものを残したのか。


「リリアさんは、誰かと会う約束をしていた」


 アリアは呟いた。


「それも、殺される直前に」


 だが。


「問題は、誰と?」


 紙を裏返す。


 何もない。


 しかし、アリアはふと鼻を近づけた。


「…………ん?」


 微かな香り。


「薔薇……?」


 紙から、ほんの少しだけ薔薇の香りがする。


「まさか」


 アリアは紙を持って、窓際へ向かった。


「お、おい」


騎士は慌てて立ち上がる


「ちょっと見ててくださいまし」


 光に透かす。


 赤い文字。


 普通のインクではない。


「特殊なインク……」


 その時。


 背後の扉から声がした。


「それなら、心当たりがある」


「!」


 振り返る。


 そこにいたのはカイルだった。


「驚かせないでくださいまし!」


「ごめんごめん、もう日が暮れるから呼びにきたんだ」


 カイルは苦笑した。


「もうそんな時間でしたのね」


「ん?そのインク、王宮御用達のものじゃないかな」


「王宮?」


「ああ」


 カイルは紙を見る。


「薔薇の香りがする特殊なインク。かなり高価だから、普通の生徒は使わない」


「…………」


 アリアの脳裏に、一人の人物が浮かんだ。


「皇太子殿下」


「そう」


 カイルが頷く。


「殿下が手紙を書く時、よく使っているものだよ」


 アリアは黙り込んだ。


「……まさか」


 胸の奥がざわつく。


 皇太子。


 リリアの婚約者。


 そして――。


 「こ、こちらでも再調査してみます」


騎士が走って部屋を出ていく。


カイルのおかげで尋問から解放されたようだ。




「殿下とリリアさんの仲は?」


 アリアは翌日、何人かの生徒から話を聞いていた。


「仲が良いと評判ですが..」


「でもリリアさん、泣いていたとか」


「な、なるほど……」


生徒からの声はどれもバラバラだった。


 婚約者同士。


 さらに部屋に残された紙には――。


 皇太子しか使わないインク。


「…………」


 アリアは腕を組んだ。


「これは」


 口に出すのを躊躇う。


 しかし。


「皇太子殿下が犯人……?」


 その可能性が頭から離れない。




 その日の午後。


 アリアは皇太子の前に立っていた。


「殿下」


「なんだ」


「一つ、伺いたいことがありますわ」


「言ってみろ」


 エドワードは相変わらず冷静だった。


 アリアは一枚の紙を差し出す。


「このインクに見覚えは?」


 皇太子の視線が紙に落ちる。


 その瞬間。


 ほんのわずか。


 彼の眉が動いた。


「…………」


「ご存じですわね?」


「……ああ」


 皇太子は答えた。


「私が使っているものだ」


「では、この紙は殿下が?」


「違う」


 即答だった。


「この文字を書いた覚えはない」


「本当に?」


「ああ」


 アリアはじっと彼を見る。


「では、なぜリリアさんはそのインクを使った紙を持っていたのでしょう?」


「知らない」


「リリアさん、泣いておられたみたいですね?」


 沈黙。


「誰から聞いた?」


「証言人Aですわ!」


「……そうか」


 皇太子は目を逸らした。


「確かに、喧嘩はよくする


婚約者ならよくあることだ。


だが私は、彼女を殺してなどいない」


皇太子が初めて強い口調になった。


「…………」


 アリアは目を細めた。


「では、事件当時はどこに?」


「王宮だ」


「ずっと?」


「……ああ」


「十時頃も?」


「…………」


 やがて皇太子は、小さく息を吐いた。


「……学園に戻っていた」


「!」


「だが、旧図書塔には行っていない」


「では、どこへ?」


「…………」


 また沈黙。


「殿下」


「リリアに会った」


 アリアの目が見開かれる。


「……何ですって?」


「事件当日。私はリリアと会っていた」


 心臓が大きく鳴った。


「何時ですの?」


「七時頃だ」


死亡推定時刻の前だ。


「なぜ?」


「彼女から呼び出された」


 アリアは息を呑む。


「何のために?」


「それは……」


 皇太子は目を伏せた。


「彼女から相談を受けた」


「相談?」


「最近、誰かに見られている気がする、と」


「…………」


 アリアの顔から笑みが消えた。


「監視されていた?」


「ああ」


「それで、殿下は?」


「詳しく調べると約束して


その日は責務があるから王宮へ帰った」


「では、その証明は?」

 

皇太子は応えた


「執務官と侍従が証言できる」




 その夜。


 旧図書塔。


 誰もいないはずの部屋に、一人の人影が入った。


 月明かりの中。


 その人物は床にしゃがみ込み。


 血痕の残る場所を見つめる。


 そして。


 床の隅から、小さな何かを拾い上げた。


「…………」


 指先にあるのは。


 細い透明な糸。


 その人物は、それを握り潰す。


 ――パチン。


 小さな音。


 そして。


「……まだ見つからない」


 低い声が、誰もいない部屋に響いた。


 その人物は何事もなかったように立ち上がると。


 月明かりの届かない闇の中へ消えていった。


 残された部屋には。


 ただ一つ。


 赤い薔薇の香りだけが残っていた。

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