第三章 悪役令嬢、調査開始ですわ!?
旧図書塔。
事件から数時間が経っても、アリアは現場を離れなかった。
机。
窓。
扉。
天井。
何度見ても、何も変わらない。
ただ一つだけ。
どうしても納得できない。
「……鍵」
アリアは扉の前で呟いた。
部屋の鍵は、学園の管理者しか持っていない。
生徒が勝手に持ち出すことはできない。
事件当時、旧図書塔の鍵を使えるのは教師と管理人だけ。
つまり。
「この部屋を施錠することができるのは管理人のみ」
アリアは腕を組んだ。
しかし犯人候補の生徒たちは、誰一人として鍵を入手できない。
「では、犯人は教師?」
可能性としてはある。
だが、教師たちは事件当時、それぞれ授業を担当している。
校内じゃ教師というのは目立つ。
アリバイもある。
「……それとも」
アリアは扉の鍵穴へ顔を近づけた。
「鍵を使わずに、鍵をかけた?」
その時。
「そう考えるのが自然だと思う」
背後から声がした。
「――カイル」
振り返る。
そこにはカイルが立っていた。
事件の被害者、リリアの幼馴染。
彼は少し疲れた顔で笑った。
「まだ調べていたんだね」
「ええ」
「君が疑われているから?」
「それもありますけれど」
アリアは扉を見た。
「リリアさんを殺した犯人を捕まえたいんですの」
カイルは一瞬驚いた表情になった。
「……そう」
「何か思いつきまして?」
「いや」
カイルは首を横に振る。
「僕も、鍵のことが気になっただけだよ」
そして扉を見る。
「生徒が鍵を持てないなら、鍵を使ったとは考えにくい」
「でしょう?」
「だったら、鍵がかかっていたこと自体がトリックなのかもしれない」
「……どういうことですの?」
「鍵をかけたんじゃない
鍵がかかっているように見せた。とか」
アリアは黙ってカイルを見る。
「でも、どうやって?」
「さぁ」
俯いて考えるアリア。
カイルは静かに笑って部屋を出ていった。
「名探偵さん、頑張って」
⸻
◆
「鍵がかかっているように見せる方法……」
アリアは部屋の中を歩き回る。
窓は無理。
扉も無理。
換気口は人間が通れるほど大きくない。
なら。
「犯人はどこから出た?」
考える。
考える。
考える。
「…………」
前世の記憶が蘇る。
密室トリック。
鍵のすり替え。
合鍵。
糸。
針金。
マグネット。
「魔法……」
この世界には魔法がある。
しかし、魔法にも制限がある。
生徒が使える魔法で、遠くから鍵を操作できるものはない。
「では魔法ではない?」
アリアは机を調べる。
何もない。
本棚。
何もない。
床。
血痕以外には――。
「…………?」
細い傷。
床に一本。
扉の近くから、部屋の中央へ伸びている。
「これは……」
アリアはしゃがみ込んだ。
傷はごく細い。
何かを引きずった跡。
だが、普通の靴跡ではない。
「糸……?」
その瞬間。
「アリア様!」
扉の向こうから大声がした。
「うわっ!」
アリアが飛び上がる。
「誰ですの!?」
「僕です!」
「誰!?」
「トーマスです!」
「ああ、第一発見者のモブA!」
「モブAってなんですか!」
トーマスが息を切らしながら入ってくる。
「何ですの?」
「騎士団の人たちが呼んでます!」
「今行きますわ」
アリアは立ち上がる。
しかし、その前にトーマスが口を開いた。
「あ、そういえば」
「?」
「僕、死体を見つけた時――」
アリアが振り返る。
「何か見たんですの?」
「はい」
「早く言ってくださいまし!」
「扉の前に、誰かいました」
「…………」
空気が変わった。
「誰?」
「分かりません」
「顔は?」
「見えませんでした」
「どんな人でした?」
トーマスは必死に思い出す。
「たぶん男です」
「身長は?」
「俺より高かったです」
「髪は?」
「……分かりません」
「服装は?」
「……分かりません」
「役に立たないですわね」
「酷い!」
アリアは考える。
第一発見者であるトーマスが現場へ来た時。
誰かがいた。
その人物は何をしていた。
「……なぜ?」
そして。
「なぜ扉の前に?」
トーマスより先に犯行現場にいたとすれば
第一発見者になるはず。
アリアは再び部屋を見渡した。
窓は閉まっている。
なら。
アリアは呟く。
「..逃げたってこと?」
その時だった。
廊下から騎士団の声が聞こえた。
「アリア・フォン・ヴァルシュタイン!」
呼ばれている。
「行かなければなりませんわね」
アリアは部屋を出る。
しかし。
最後に一度だけ振り返った。
窓。
扉。
床。
そして――。
「……糸」
小さく呟いた。
⸻
◆
騎士団による再度の事情聴取。
アリアは椅子に座り、向かいの騎士を睨んでいた。
「もう一度聞きます」
「どうぞ」
「事件当日、あなたは被害者と何か揉めていませんでしたか?」
「ありません」
「本当に?」
「ありませんわ」
「被害者を嫌っていた?」
「いいえ」
「では、なぜあなたのハンカチが現場に?」
「知りません」
「三日前に紛失した?」
「ええ」
「誰かに拾われた可能性は?」
「ありますわね」
「誰に?」
「知りませんわ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「この尋問、何回やるんですの?」
アリアは机に突っ伏した。
「私が犯人なら、もっと上手にやりますわ」
「自白ですか?」
「違います!」
騎士がため息をつく。
「実は被害者の部屋から、こんなものが見つかった」
差し出されたのは、小さな紙片。
「これは……?」




