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第二章 悪役令嬢、容疑者は私ですわ!?

「――アリア・フォン・ヴァルシュタイン」


 名前を呼ばれた。


 けれど、アリアは返事をしなかった。


 できなかった。


 目の前にあるものから、視線を逸らせない。


 血。


 床に広がった、赤黒い血。


 その中心に倒れている少女。


 桃色の髪が、血に濡れていた。


「……リリア」


 アリアの唇から、かすれた声が漏れた。


 つい数時間前。


 教室で笑っていた少女だ。


『アリア様って、思ってたより面白い方なんですね』


 そう言って笑っていた。


 その笑顔が、もう動かない。


「……嘘でしょう」


 思わず一歩、後ずさる。


 胸元には複数の刺し傷。


 制服は赤く染まっている。


 そして、そのすぐそばには一本の短剣が転がっていた。


 血に濡れた刃。


 どう見ても凶器だった。


「被害者はリリア・フローレンス。死亡推定時刻は――」


 教師の声が聞こえる。


 しかし、アリアの耳にはほとんど入ってこない。


 頭の中が真っ白だった。


 前世では、殺人事件なんてテレビの向こう側の出来事だった。


 刑事が現場に入り。


 鑑識が証拠を集め。


 探偵が犯人を追い詰める。


 自分は安全なソファの上でポテトチップスを食べながら、


『あ、この人犯人じゃん』


 なんて呑気に言っていた。


 それが今は。


 自分の目の前に、本物の死体がある。


「…………」


 アリアは震える手を握りしめた。


 怖い。


 当然だ。


 人が死んでいる。


 しかも――。


「……私、容疑者なんですの?」


 その呟きに。


「ええ」


 教師が答えた。


「あなたは第一容疑者です」


「…………」


――その時。


 アリアは、ふと窓の外へ目を向けた。


 中庭にある大きな噴水。


 その奥に広がる薔薇園。


「…………え?」


 見覚えがあった。


 どこで見たのか。


 必死に記憶を探る。


 そして――。


「……ゲーム」


 呟いた瞬間。


 頭の中に、姪が遊んでいたゲームの映像が蘇った。


 この噴水。


 この薔薇園。


 この学園。


 間違いない。


 ここは、あのゲームの世界だ。


「...転生初日からハードモードすぎませんこと?」


「何を言っているのです?」


「こちらの話ですわ……」


 そして教師が、床に落ちていた白い布を拾い上げた。


「これに見覚えは?」


「…………」


 アリアの顔が引きつる。


 白いハンカチ。


 端には赤い薔薇の刺繍。


 自分のものだ。


「……私のですわ」


 周囲から、ざわめきが起こる。


「やっぱり……」


「アリア様が……」


「リリアさんと仲が悪かったものね」


 違う。


 そう叫びたかった。


 確かに、この身体の持ち主――アリア・フォン・ヴァルシュタインは、リリアを嫌っていた。


 少なくともゲームの設定上では。


 ヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢。


 皇太子を奪われたことを恨み。


 何度もリリアと衝突する。


 そして最後には――破滅。


 だが。


 今のアリアは違う。


 そもそも。


「そのハンカチ、三日前になくしましたわ」


「……三日前?」


「ええ。食堂へ行った時に落としたはずです」


「それを証明できますか?」


「…………」


 できない。


 証人もいない。


 アリアは頭を抱えた。


「最悪ですわ」


「何がです?」


「証拠が私を犯人にしたがっていますもの」


「実際、かなり不利な状況です」


「冷静に追い打ちをかけないでくださいまし!」



 アリアは改めて、部屋を見回した。


 旧図書塔。


 長い間使われていない部屋。


 古い本棚。


 机。


 椅子。


 そして、一つの扉と一つの窓。


 それ以外に出入口はない。


「……扉は?」


「内側から鍵がかかっていました


扉の鍵は職員が管理しており生徒が入手するのは不可能です」


「窓は?」



「閉じています。外側からも侵入した形跡はありません」


「つまり――」


 アリアは部屋の中央を見る。


「密室」


 その言葉に、教師が頷いた。


「そうです」


 アリアの背筋を、ぞくりとした感覚が走った。


 密室殺人。


 複数の刺し傷。


 凶器。


 そして自分のハンカチ。


 条件だけなら、まるでサスペンスドラマだ。


「…………」


 その瞬間。


 アリアの頭の中で、前世の記憶が蘇った。


 深夜。


 仕事から帰ってきた自分。


 録画していた刑事ドラマ。


 犯人のトリックに興奮して眠れなくなった夜。


『絶対こいつ犯人だって!』


 テレビに向かって一人で叫んでいた。


 そして――。


「…………」


 アリアの目が変わった。


「……そうですわ」


「?」


 教師が怪訝そうにこちらを見る。


 アリアは拳を握った。


「私、サスペンスドラマをかなり見ていましたわ」


「サスペンスドラマ?」


「つまり――」


 アリアは顔を上げた。


「こういう時のための知識ですわ!」


 だが。


 もし犯人が別にいるのなら。


 このままでは、自分が罪を着せられる。


 そして何より――。


 リリアを殺した犯人を、このまま逃がすわけにはいかない。


「……調べますわ」


「何を?」


「この事件を」


 アリアは床に落ちた短剣を見つめた。


「私が犯人ではないことを証明するために」


 そして小さく呟く。


「ついでに犯人も捕まえて差し上げますわ」



 しばらくして。


 事件当時、現場周辺にいた人物、

被害者と関係の深かった人物が集められた。


 アリアは彼らを順番に見つめる。


 まず、一人目。


 金髪の青年。


 この国の皇太子――エドワード・アルベルト。


「リリア様の婚約者ですのね?」


「あ..ああ」


「事件当時は?」


「王宮にいた」


 即答。


「証人は?」


「執務官、それから数名の侍従がいる」


「なるほど……」


 アリバイがある。


 しかもかなり強い。


「……保留ですわ」


「保留?」


「まだ信用していませんもの」


「君は本当に容赦がないな」



 二人目。


 銀髪の青年。


 リリアの弟――セドリック・フローレンス。


生徒会長でもある。


「姉さんは……」


 セドリックは拳を握っていた。


「本当に殺されたんですか」


「残念ながら」


 セドリックは目を伏せた。


「事件当時は?」


「生徒会室です」


「証人は?」


「生徒会役員が数人」


 こちらもアリバイがある。


「お姉様とは仲が良かった?」


「……はい」


 短い返事。


「殺す理由は?」


「ありません」


 アリアは首を傾げた。


「即答ですわね」


「姉を殺す理由なんて、あるはずがない」


 その声には強い感情があった。


 アリアはそれ以上聞かなかった。



 三人目。


 茶色の髪。


 穏やかな顔立ち。


 リリアの幼馴染――カイル・アシュフォード。


「最後にリリアさんと会ったのは?」


「一昨日です、一緒に下校して少し談笑を」


「彼女に変わった様子は?」


「いつも通りよく笑っていました」


 笑顔。


幼馴染が殺されたというのに。


 優しい笑顔。


 ――完璧な笑顔。


「...そう」



 そして最後。


「トーマス・ベルです!」


「……」


 元気よく名乗った男子生徒。


第一発見者だ


 アリアは彼を見た。


「あなたは?」


「ただの生徒です!」


「事件当時は?」


「旧図書塔の近くを歩いていました!」


「なぜ?」


「散歩です!」


「……」


「……」


「この学園、もっと散歩に適した場所があるでしょう」


「俺だってそう思いますよ!」


 アリアはため息をついた。


「動機は?」


「ありません!」


「アリバイは?」


「ありません!」


「潔いですわね」


「褒められてます!?」


 少なくとも。


 今のところは全員が怪しい。



 四人を見終えたアリアは、事件現場へ戻った。


 誰もいなくなった部屋。


 静寂。


 血の匂い。


 リリアの遺体は運び出されている。


 残された、血痕。


「…………」



 アリアは扉を見る。


 窓を見る。


 そして、天井。


「密室……」


 誰が。


 どうやって。


 何のために。


 そして、なぜ――。


「私のハンカチを使った?」


 その疑問が、妙に引っかかった。


 犯人は私に罪を着せようとしている。


 わざわざ三日前に失くしたハンカチを使って。


「犯人は、私のハンカチを拾った人物……?」


 アリアは立ち上がった。


「なるほど」


 口元に、笑みが浮かんだ。


「面白くなってきましたわ」


 転生初日。


 まさか自分が、殺人事件の謎を追うことになるとは思わなかった。


 けれど。


 悪役令嬢として破滅する未来を変えるためにも。


 そして何より。


 理不尽に殺された少女のためにも。


「犯人さん


この名探偵アリア・フォン・ヴァルシュタインが――」


 ニヤリと笑う。


「必ず暴いて差し上げますわ」


 ――しかし。


 この時のアリアはまだ知らなかった。


 この密室には。


 彼女が想像している以上に巧妙な仕掛けが施されていることを。

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