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おっさん、三国志の世界で軍師をやる 〜200回読んだ知識と計略で気づけば英傑が集まっていた〜  作者: ライディーンたけ


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おっさん、三国志の世界で軍師をやる 第十二話 ─ 趙、村に到る

【前回までのあらすじ】

林徳は田家村の改革に着手した。土の色の違いから連作障害を見抜き、輪作・水路・布の生産という三本柱の戦略を立てる。村の老婆との対話では命令ではなく問いで気づかせる営業話法を駆使。雪麗は林徳の正体に気づきつつも「あなたが誰であれ、行いは本物」と受け入れた。銭弼は収支書類の作成を引き受け、雪麗は女手の布作りを率いると約束。だが村の改革には男手十人が必要。林徳は淮陽の趙に手紙を書いた。



【主な登場人物】

林徳(りん とく)    主人公。十歳。中身は四十歳の元法人営業マン

関明慶(かん めいけい) 主人公の最初の家臣。元・玄朝近衛将軍家の三男

雪麗(せつれい)    亡国の姫。村の女手で布を織る計画を率いる

銭弼(せん ひつ)    元・玄朝戸部の三等官。村の収支書類を作成中

田の(でんのおう)  田家村の長老。村の采配を林徳に託す

(ちょう)      元山賊の頭領。今回、村に到着

(じょ)       趙の元手下。淮陽から村へ

(とう)       趙の五歳の娘

(りゅう)      趙の同僚だった女。村で布作りに加わる

(ちん)()   趙の元手下。今回、村に到着

夏明国王       明国の若き君主(未登場)

袁派(えんぱ)     玄朝中央の最大派閥



五日後の昼。

田家村の入り口に六つの影が現れた。

大柄の男が四人。その後ろに桃を背負った趙。そして桃と手をつないだ、もう一人の女。

林徳は家の前で薪を割っていた。鈍く重い斧の音が、十歳の体に響いていた。前世で十六年、ジムも続けられなかった社畜が、いま毎朝、薪割りと水汲みをこなしている。一週間で全身が悲鳴を上げていたが、二週目で慣れた。三週目の今、わずかに腕に肉がついていた。


「徳殿!」


声に振り返ると、街道の方角から趙が片手を大きく振っていた。

林徳は斧を置いた。


「趙さま」


「来たぜ、徳殿。男手四人、女手一人、子供一人、合計六人。約束通りだ」


趙は誇らしげに笑った。

淮陽で別れた時より、彼の顔つきは引き締まっていた。十日の倉庫業者勤めと、林徳の手紙を受けてから村への支度の慌ただしさが、彼に新しい光を与えていた。


「桃!」


林徳は趙の背中の桃に声をかけた。

桃は二月前の青ざめた頬とは別人のように、頬に赤みが戻っていた。楓老師の手当てと毎日の温かい粥が、五歳の小さな体をしっかりと立て直していた。


「とくにいさま」


桃が覚えたての言葉で林徳を呼んだ。

趙が照れくさそうに頭をかいた。


「あいつ、楓堂で世話になってる間に『徳兄さま、徳兄さま』とずっと言ってた。徳殿の村に行くんだ、と聞かされて、毎日待ってた」


「ありがとうございます」


林徳は桃の前でゆっくりと膝をついた。

十歳の体は五歳の子供にとっても、まだ目線が近かった。


「桃、よく来てくれました。これからこの村で、皆と一緒に暮らしましょう」


「うん」


桃の小さな手が林徳の頬に伸びた。

林徳の中で、四十歳の魂がまた温かいものに触れた。



◇ ◇ ◇



趙の後ろの女が、丁寧に頭を下げた。

二十代後半、痩せていたが芯のある立ち姿。


「徳殿。──私は柳と申します。趙どのの倉庫業者の同僚でございました」


「柳さま」


「徳殿のお話を趙どのから幾度も伺いました。──私の家族は五年前の北方の旱魃で全員亡くなりました。一人で生きておりましたが、徳殿の村で人々と共に生きたいと願いまして」


趙が横で頭をかいた。


「徳殿、勝手に一人増やしちまった。すまねえ」


「いえ、ありがたく」


林徳は柳に丁寧に頭を下げた。


「柳さま、ようこそ田家村へ。雪麗さまがちょうど女手で布を織る仕事を始めようとしておられます。お力を貸していただけますか」


「……はい。ありがとうございます」


柳の目にわずかに光るものがあった。

林徳の戦盤がすでに、柳の駒を白として配置していた。──彼女の手の動き、姿勢、声の落ち着き。何か手仕事の経験者だ。布作りに使える人材だ。



◇ ◇ ◇



その夜、林徳の家の囲炉裏端は、初めて十人で囲まれた。

林徳、母、関明慶、雪麗、銭弼、趙、徐、桃、柳、そして趙が連れてきた残り二人の元農夫──(ちん)()

粥の土鍋は二倍の大きさに新調されていた。雪麗が淮陽から戻る前から、銭弼の銀で買い揃えてくれていた。


「皆さま」


林徳は粥を口に運ぶ前に、ゆっくりと口を開いた。


「本日より田家村は、新しい一歩を踏み出します。皆さま、よろしくお願い申し上げます」


全員が頭を下げた。

趙は元山賊だったとは思えないほど、深く頭を下げていた。徐も陳も李も、緊張した顔で続いた。柳は静かに桃の頭をなでた。母は隅で、息子の様子を優しい目で見ていた。


「明日から男手は水路の工事に入ります。趙さま、徐さま、陳さま、李さま、そして関どの。──私も見習いとして加わります」


「主、あなたが現場に出るのは」


「関どの。私は現場を知らねば判断を間違えます。社畜……いえ、前世の上司で、現場を知らずに指示を出した者の末路を、私はよく存じております」


関が深く頷いた。

趙が横でわずかに眉を上げた。


「徳殿、社畜とは何だ?」


「……あ、いえ、ある国の昔の言葉でございます。組織の中で低い地位の働き手のことを、自嘲してこう申します」


「ふうん」


趙はそれ以上追及しなかった。

雪麗が口元をわずかに緩めるのが、林徳には見えた。

──雪麗だけは、また「四十年の癖」の続きが口を滑ったことを見抜いていた。



◇ ◇ ◇



翌朝。

日の出と同時に男手六人が、村の北の丘へ向かった。

関、趙、徐、陳、李、そして林徳。

道具は銭弼が淮陽から取り寄せた新しい(くわ)(すき)、それから縄と杭。林徳が頭の中で設計した水路の経路に沿って、まず杭を打って線を引いた。


「主、ここから始めて、よろしいですか」


「はい、関どの。お願いします」


関が最初の鍬を、土に打ち込んだ。

硬い土がぼろっと崩れた。

その後ろから、趙が、徐が、陳が、李が、一斉に土を掘り始めた。

四人の男手は北方旱魃で畑を失う前は、ずっと農夫だった。土を掘る動きは武人の関よりも、はるかに洗練されていた。


(……ああ、彼らは本物の職人だ)


林徳はしばらく見ていた。

社畜時代、彼は「営業の頭脳」を誇りにしていた。「現場の労働」を心のどこかで軽視していた。そのことを深く恥じた。


(俺、頭で考えるだけだった。手を動かして、土に触れて、汗をかいて、それで世の中が回ることを、四十年知らなかった)


林徳は自分の小さな鍬を握り直した。

そして土に振り下ろした。

ガツンと、十歳の腕に衝撃が走った。


「いてっ」


「徳殿、無理しないで」


趙がすぐに駆け寄った。


「徳殿はまだ十歳の体だ。重い鍬は向いてねえ。──こっち。子供用に、軽いやつ、作ってきた」


趙が小さな鍬を、林徳に手渡した。


「……いつの間に」


「淮陽で街の鍛冶屋に頼んだ。徳殿が現場に出るって、手紙に書いてただろ」


林徳は深く頭を下げた。

四十歳の魂がまた十歳の体の中で揺れていた。


(……気にかけてくれる人がいる。これがこんなにありがたいことだとは)


社畜時代、誰も気にかけてくれなかった。

いま、元山賊の頭領が、十歳の子供のために、わざわざ淮陽の鍛冶屋に軽い鍬を注文していた。

林徳は小さな鍬を握り直した。

そして土に振り下ろした。

今度は子供の腕でも振れる感触だった。



◇ ◇ ◇



工事は初日から順調に進んだ。

関が土を掘る速さで、趙たちにわずかに及ばないことに、心の中で苦笑していた。──宮中の近衛将軍家の三男が、農夫四人の前で汗を流していた。だが関は誰よりも丁寧に作業を覚えようとしていた。

昼休みに男手六人は、雪麗が用意した握り飯を食べた。

米と麦の合わせた、簡素な握り飯だった。

だが汗のあとに食べる飯は、林徳の前世の最高級の弁当より、何倍も美味しかった。


「……徳殿」


徐が握り飯を食べながら、ぼそりと言った。


「俺、淮陽で日雇いをしてた頃、毎日夜になっても、何か心が満たされなかった」


「……」


「ここに来て半日、土を掘って。──なんでだろうな、もう満たされてる」


趙が横で笑った。


「徐、お前、ようやく農夫の感覚を取り戻したな」


「……ああ。たぶんそうだ」


林徳は何も言わずに、握り飯を噛んでいた。

四十年の社畜の頭の中で、ある言葉が響いていた。


(人は土に触れて、汗をかいて、誰かと飯を食えば、それでほぼ満たされる)

(……俺、それを四十年、知らなかった)



◇ ◇ ◇



その日の夕方、林徳が家に戻ると、雪麗が土間で糸を紡いでいた。

すでに村の女手六人が、雪麗の周りに座っていた。

柳もその中にいた。


「徳殿、お帰りなさい」


「ただいま戻りました、雪麗さま」


「明日から布の生産を始めます。まずは麻から。──柳どのが麻を扱う手付きをご存知でございましたので、皆で習いに入っています」


「ありがとうございます」


林徳は女手たちに深く頭を下げた。

村の女手六人は最初こそ、十歳の領主の少年に頭を下げられて戸惑った顔をしていた。だがすぐに自然に礼を返した。


「徳殿」


柳がふと口を開いた。


「私、宮中の話を雪麗さまから伺いました」


「……」


「雪麗さまの織り方は見事でございます。私は村で習った素朴な織り方しか存じませんでしたが、雪麗さまから学べば、もっと上等な布が織れます」


「左様でございますか」


「徳殿、淮陽の市場で上等な布はどれくらいの値で売られるか、ご存知でいらっしゃいますか」


林徳は頭の中の戦盤を回した。

万書の眼が前世の経済書の頁を運んできた。


「……並の麻布が一反、銅銭二十文。上等な麻布ならその三倍から五倍。絹に近い最上等の物なら、十倍から二十倍、と聞いております」


柳が目を見開いた。


「徳殿、そこまでご存知でいらっしゃるとは」


「四十年の癖でございます」


言ってしまってから、林徳はまた固まった。

雪麗が横で、口元をわずかに緩めていた。

柳は二十代後半の生活感のある女の感覚で、その「四十年」を深くは追及しなかった。


「徳殿。──私、頑張ります。雪麗さまと一緒に村で、本物の布を織ります」


「ありがとうございます」



◇ ◇ ◇



その夜、林徳は家の縁側で銭弼と二人で話していた。

銭弼の手元にはすでに、戸部のやり方で組み上げた、収支の書類がほぼ完成していた。


「林徳どの。今年の収穫の見込み、こちらでございます」


銭弼は書類を林徳の前に広げた。


「水路ができれば米の収穫は確実に一・五倍に。輪作の畑で麦の収穫を追加。豆は来年からの土壌改良が主な目的で、初年度の収穫はわずかでございます」


「ふむ」


「布の生産は雪麗さまと柳どのの率いる六人で、月に麻布五反。並のもの三反、上等なもの二反。──淮陽の市場で売れば、月に銅銭五百文、いえ、品質次第では一貫文(かんもん)に届くやも」


「銭弼さま」


「はい」


「一年後の村の収入は、いま、いくらでしたか」


「いま、村全体で、年に銅銭三貫(かん)、銀でいえば三両ほどでございます」


「一年後、これを十両に持っていきます」


「……銀十両、ですか」


「左様でございます」


銭弼はしばらく書類を見ていた。

そして深く頷いた。


「林徳どの。──戸部の高官でも、ここまで具体的な計画を地方の貧村で立てた者を、私は見たことがございません」


「……」


「明国の南で一つの村が年に銀十両を稼ぐ、ということが何を意味するか、ご存知でいらっしゃいますか」


「……銭弼さま、お聞かせください」


「明国の若き君主の目に入る、ということでございます」


林徳の顔色がわずかに変わった。

戦盤が瞬時に未来の地図を書き直した。

彼はただ母を救い、村の人々を養いたかった。

しかしその願いを淡々と実行するだけで、彼の名は明国の宮中に届くことになる。


(……一歩、一歩、引きずられているな、俺)


林徳は夜の田家村を見渡した。

貧しい村に薪の煙が上がっていた。

まだ彼は知らない。

水路工事が半分まで進んだ、五日後の朝。

村の入り口に、馬に乗った男が五人現れること。

近隣の豪族の使い。

貧しい村が栄える、その兆しを潰しに来る男たちの足音が、すでに街道の彼方から聞こえ始めていることを。





─ 第十二話 了 ─


次回、第十三話「豪族の使い、馬上より」

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