第六十九話 馴染む場所
少しだけ、言葉にした夜。
Bar Haven。
低い照明。
グラスの音。
静かな夜。
カウンターの奥で、湊がグラスを拭いている。
扉が開く。
ベルが鳴る。
何も言わずにカウンターに座る。
グラスが置かれる。
氷が鳴る。
酒が注がれる。
「お疲れさまです」
「……ああ」
短く返す。
沈黙が落ちる。
グラスを傾ける。
それでも。
残っている。
指先の感覚。
ぽつりと、グラスを見たまま言う。
「……投げた。全力で」
湊の手が、わずかに止まる。
すぐに戻る。
「そうですか」
それだけ。
続きを促さない。
「久しぶりだった」
湊はうなずく。
「はい」
小さく息を吐く。
「分からなくなった」
「何が、ですか」
「……何がいいのか」
言葉が途切れる。
「戻るのか」
「このままか」
「どっちがいいのか」
ぽつり、ぽつりと。
湊は何も言わない。
ただ聞いている。
「……でも」
続ける。
「分かったことはある」
湊が顔を上げる。
視線が合う。
「はい」
一瞬だけ目を逸らす。
それから。
小さく言う。
グラスを見たまま。
「中にいた時のほうが」
「……しっくりきた」
静かに。
氷が鳴る。
湊は小さくうなずいた。
「……そうですか」
グラスを持つ。
一口、飲む。
少しだけ。
呼吸が軽くなる。
言葉は続かない。
だが。
それでよかった。
湊が静かに言う。
「分かれば、十分ですよ」
柔らかく。
わずかに眉が動く。
「……そうか」
小さく返す。
湊はそれ以上言わない。
グラスを拭く。
いつもの動きに戻る。
Bar Havenの夜は、静かに続いていた。
答えは、もう出ているのかもしれない。




