第六十八話 残っている感覚
答えは、
すぐに言葉になるとは限らなくて。
夕方。
屋上庭園。
風が抜ける。
街の音は遠い。
フェンスのそばに立つ。
視線は空。
だが、どこも見ていない。
足音。
振り向かない。
分かっている。
「……ここにいたか」
神代の声。
少し距離がある。
「……ああ」
短く返す。
沈黙。
空気が動く。
「どうだった?」
すぐに答えられない。
視線を落とす。
手を見る。
指先。
「……さあな」
神代は小さく息を吐く。
「で」
「どっちだ?」
指先がわずかに動く。
「外か」
「中か」
風が強く吹く。
葉のざわめきが強くなる。
答えられない。
神代は続ける。
「見ただろ」
「やっただろ」
「感じただろ」
言い切る。
手に、力が入る。
神代は続ける。
「それで」
「どこに立つ?」
言葉は強くない。
だが、重い。
俯く。
浮かぶ。
グラウンド。
音。
感覚。
そして。
あの一瞬。
神代は待つ。
急かさない。
逃がさない。
「……別に」
ようやく出た声。
「決めてない」
神代はわずかに息を吐く。
「お前ならそう言うと思った」
足音が近づいて止まる。
「だが」
「もう分かってるだろ」
喉がわずかに動く。
神代は続ける。
「お前」
「野球の外にいる顔じゃなかった」
静かに。
確信を持って。
何も言えない。
否定できない。
神代はそれ以上言わない。
「決めろ」
やがて足音が遠ざかる。
残るのは風だけ。
その場に立ったまま。
動かない。
握り込んだ手をゆっくり開く。
指先。
残っている。
あの感覚。
ゆっくりと目を閉じる。
息を吐く。
楽しかった感覚だけが、残る。
決めきれなくても、
残るものはあるのだと思います。
その感覚が、
きっと次に繋がっていく。




