第六十七話 中
外から見ることと、
中に立つこと。
その違いは、
思っているよりもはっきりしているのかもしれません。
朝。
空気が違った。
グラウンドに入る前から、分かる。
静かだ。
声はある。
動きもある。
だが――
足が、わずかに前に出る。
身体が、勝手に反応する。
「来たか」
声のした方を見る。
神代。
その隣に、黒崎。
「……ああ」
短く返す。
神代は顎で示す。
「中、入れ」
それだけ。
一歩踏み出す。
フェンスを越える。
その瞬間。
一段、重い空気。
視線が集中する。
しかし、それも一瞬。
すぐに外れる。
歩く。
土の感触。
足裏に伝わる。
知っている。
身体が覚えている。
「こっちです」
黒崎が言う。
少し先を指す。
「あの組、ピッチャー候補です」
視線を向ける。
数人が投げている。
フォーム。
腕の振り。
指のかかり。
――悪くない。
一人を見る。
無理をして投げている。
その投げ方、と思う。
口を開きかけて、止まる。
神代が言う。
「どうだ」
視線を外さない。
「悪くない」
それだけ。
神代は小さくうなずく。
「だろうな」
黒崎が横で笑う。
「ここ、面白いですよ」
次!
声が飛ぶ。
ピッチャーが投げる。
キャッチャーが受ける。
すぐに、返ってくる。
手が、わずかに動く。
握る形。
指の開き。
「やるか」
神代が言う。
神代を見る。
「……は?」
神代は顎で示す。
「入れ」
黒崎が言う。
「いい機会ですよ」
黙る。
視線を落とす。
自分の手。
小さく息を吐く。
それから。
一歩、前に出る。
「すみません」
選手が一瞬だけこちらを見る。
頷く。
場所を空ける。
マウンドに立つ。
ほんのわずかな高さ。
それだけで、身体が理解する。
ボールを受け取る。
重さ。
縫い目。
指に馴染む。
構える。
静かになる。
呼吸を整える。
腕を振る。
投げる。
音が響く。
キャッチャーのミットに収まる。
重い音。
一瞬。
空気が止まる。
口元が、わずかに緩む。
すぐに戻す。
誰も何も言わない。
だが。
空気が、変わる。
小さく息を吐く。
手を見る。
震えていない。
ただ、残っている。
あの感覚。
神代が言う。
「どうだ」
顔を上げる。
「……分からん」
黒崎が笑う。
「いいですね」
神代は何も言わない。
ただ、少しだけ目を細めた。
返ってくる。
もう一度、ボールを見る。
握る。
ほどく。
逃げ場はない。
ここは――
中だ。
入ったからといって、
すぐに分かるわけではなくて。
それでも、
その場所に立つことでしか見えないものがあるのだと思います。




