第六十六話 中へ
外に立つか、
中に入るか。
その違いは、
思っているよりも大きいのかもしれません。
夜。
部屋は静かだった。
照明は落としている。
窓の外に、街の明かり。
咲也はソファに座っていた。
肘をつく。
手を見る。
指先。
まだ、残っている。
ボールの感触。
あの重さ。
縫い目。
目を閉じる。
思い出す。
投げた感覚。
返ってくる音。
リズム。
――楽しかった。
「……違う」
顔をしかめる。
そうじゃない。
しかし、言葉が続かない。
息を吐く。
ソファにもたれる。
――中に入れ
分かっている。
でも。
言葉にはならない。
代わりに浮かぶ。
グラウンド。
少年たち。
笑い声。
自分の声。
目を閉じる。
あの瞬間。
自然に、力が抜けた。
あの感覚。
ゆっくりと息を吐く。
天井を見つめる。
しばらくして。
ぽつりと。
「……中、か」
ローテーブルの上。
一枚の名刺。
しばらく、それを見る。
手に取る。
携帯を取り上げ、番号を打つ。
呼び出し音。
静かな部屋に響く。
一回。
二回。
三回。
やがて。
『……もしもし』
低い声。
咲也は、少しだけ時間を置いて。
「……高宮だ」
すぐには返らない。
『ああ』
短い返事。
それで、十分だった。
咲也は、息を吐く。
そして。
「……行く」
それだけを告げる。
小さく、笑う気配。
『そうか』
短く一言だけ。
通話が切れる。
部屋に、静けさが戻る。
咲也は携帯を置いた。
手を見る。
さっきまでと同じ手。
でも。
少しだけ、違う。
小さく息を吐いた。
決める瞬間は、
いつも静かなのだと思います。




