第六十五話 外と中
外から見えるものと、
中に立たなければ分からないもの。
その境目は、意外と近いのかもしれません。
夕方。
グラウンドの熱が、ゆっくりと引いていく。
少年たちは帰り支度を始めていた。
遠く、手を振る声。
「バイバーイ!」
弾むような声に、思わず視線が向く。
双子が大きく手を振っている。
その手を引く夏希も、手を振りながら
「じゃあねー、また家に来てよねーー!」
大きな声で言う。
「声でかいな」
苦笑する。
その少し後ろ。
湊が、静かに目を細めてこちらを見ていた。
やがて、小さく頭を下げた。
そのまま背を向けた。
――久しぶりだったな。
こういうの。
妹の家に行くことも、しばらくなかった。
日常のやりとりが、どこかくすぐったい。
やがて、その姿も見えなくなる。
笑い声。
土を払う音。
すべてが、ゆっくり遠ざかっていく。
その中で。
咲也は一人、ボールを手にしていた。
手の中で、ボールを転がす。
残っている感覚。
さっきまでの余韻。
小さく息を吐く。
そのとき。
「……よう」
声。
振り向く。
神代が立っていた。
少し距離を置いて。
「……何だ」
短く返す。
神代はグラウンドを見たまま言う。
「終わったみたいだな」
「見てたのか」
「ああ」
隠さない。
神代が言う。
「楽しそうだったな」
「……何の話だ」
神代は淡々と続ける。
「いい顔してた」
静かに。
まっすぐに。
咲也は視線を逸らす。
何も言わない。
神代は一歩だけ近づく。
距離は詰めすぎない。
「なあ」
低い声。
「楽しいなら、それでいい」
咲也がわずかに顔を上げる。
神代は続ける。
「だが」
「それで終わらせるのか」
空気が変わる。
咲也の指に、力が入る。
神代は目を逸らさない。
「教えてるだけで」
「満足か」
責めてはいない。
ただ、問う。
咲也は何も言わない。
「外からでもできる」
視線を向ける。
「教えるのもな」
短く続ける。
「だが」
「中は違う」
空気が、わずかに沈む。
咲也の喉が、わずかに動く。
「背負う位置だ」
短く。
逃げ道はない。
風が抜ける。
神代はそれ以上は押さない。
「見て、やって」
「それで決めればいい」
静かに言う。
押しつけない。
神代は一歩引く。
「じゃあな」
背を向ける。
呼び止めない。
足音が遠ざかる。
残るのは、風と。
グラウンドの匂い。
咲也はその場に立ったまま。
動かない。
手の中のボール。
ゆっくり転がす。
止まる。
「……中、か」
ぽつりと。
それだけだった。
一歩踏み出すかどうかは、
誰かに決められるものではなくて。
ただ、その問いだけが、
静かに残ることもあるのだと思います。




