第六十一話 分からないまま
選んだあとも、
すぐに分かるわけじゃない。
夕方。
グラウンドの端。
練習は、終わりかけていた。
音は、まばらだ。
ベンチ。
あの少年が一人、座っている。
ボールを手の中で転がしている。
前より、落ち着いている。
だが、先ほどまでのピッチングを見れば、
うまくいっていないのは分かる。
咲也は近づく。
少し間を空けて、隣に腰を下ろす。
何も言わない。
少年は軽く頭を下げる。
風が抜ける。
グラウンドの音が、遠くで鳴る。
やがて。
「……どうして、ここに来た」
少年の手が止まる。
少しだけ考える。
「……声、かけてもらって」
「……やれると思ってたんです」
「でも」
視線を落とす。
「……全然、ダメで」
ボールを握る手が、わずかに強くなる。
「周り、すごくて」
途切れる。
「……俺だけ、置いていかれてる感じで」
咲也は小さくうなずく。
「……野球、好きか」
少年はすぐに答えない。
指の中で、ボールが止まる。
「……好き、でした」
小さく。
それから、続ける。
「でも……今は、よく分かりません」
風が抜ける。
咲也はうなずく。
「……そうか」
好きだった、という言葉が残る。
――父が亡くなったのは、十七のときだった。
――そこから、家を支えることになった。
――野球で。
苦しかった。
それでも。
楽しかった。
好きだった。
――今は、分からない。
何も言わない。
少年も何も言わない。
ただ、そこにいる。
やがて。
少年がボールを握り直す。
少しだけ強く。
咲也は立ち上がる。
「……投げるか」
少年が顔を上げる。
一瞬、迷う。
それでも、うなずく。
二人で、グラウンドへ戻る。
答えはまだ出ていない。
それでも、少しだけ前に進む。




