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第五十九話 握り直す

言いすぎた、と思ったあとで。

それでも、手を離さなかった話。



夕方。


グラウンドの端。


練習はひと区切りついていた。


声は少し遠くなり、

ボールの音も、まばらになる。


咲也はフェンスのそばに立っていた。


視線はグラウンドに向いているが、

どこも見ていない。


胸の奥に、引っかかるものが残っている。


――やりすぎた。


分かっている。


それでも。


どうすればよかったのかは、分からない。


――思った通りに、いかない。


視線を落とす。


そのとき。


小さな音が、耳に入る。


押し殺すような、呼吸。


顔を上げる。


ベンチの裏。


さっきの少年がいた。


背を向けている。


肩が、わずかに揺れている。


声は出していない。


ただ。


呼吸だけが乱れている。


咲也は少しだけ立ち止まる。


一度、視線を外す。

そのまま立ち去ろうとして、止まる。


歩き出す。


少し距離を残して、足を止める。


少年はビクッと肩を震わせた。


だが、振り向かない。


肩が、まだ揺れている。


咲也は視線を落とす。


自分の手を見る。


「さっきは」


――言いすぎた。


声にならない。


少年が、袖で顔を拭く。


それでも、振り向かない。


代わりに、出たのは。


「力は、ある」


少年の肩が止まる。


「今、力が乗ってないだけだ」


続ける。


「さっきのは」


少しだけ言葉を選ぶ。


「タイミング」


それ以上は言わない。


言えない。


少年はゆっくり息を吸う。


呼吸が、少しだけ整う。


それでも、顔は上げない。


「もう一回、投げていいですか」


小さな声。


咲也は一瞬、言葉に詰まる。


それから、短く答える。


「ああ」


それだけ。


少年が振り向く。


目が赤い。


だが、逸らさない。


少年がボールを持つ。


一度だけ深く息を吸う。


それから、ベンチ裏を出る。


グラウンドへ戻る。


咲也も、ゆっくりと後を追う。


言葉はない。


ただ、グローブを軽く上げる。


それだけ。


少年はうなずく。


構える。


投げる。


ボールが、まっすぐ伸びる。


咲也のグローブに収まる。


さっきより、少しだけまとまる。


咲也は何も言わない。


だが、目は離さない。


少年はもう一度、ボールを握る。


もう一度、握り直す。


咲也は小さく息を吐く。


――まだ、離してない。


どちらも。


風が、静かに通り抜ける。


グラウンドには、まだ音が残っていた。

うまくいかなくても、

そのまま終わらないこともある。


握り直したその手が、

少しだけ前に進んでいたら、それでいい。

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